第十話『失格教師』 後編
数学の教師吉田は無口で決して明るい性格ではない。授業はいつも淡々と進み、先生はほとんど質問しないし、生徒の顔を見る事もしない。授業の終了のベルが鳴ると、話の途中でも電源がプツリと切れるように話は終わる。先生が教科書等をまとめて教室を出て行こうとすると、女子の鈴木翔子が近づいて何かを質問しているように見えた。少し前からマサトは気付いていた。吉田先生の授業の後、翔子は必ず教室を出て行こうとする先生に話しかけている。それに気付いているのは自分だけかもしれない、とマサトは何となく思った。
そんな事に気をとられていたマサトには、教室の校庭側の窓から、超怪人0(ラブ)が見ていたと気づけるはずもなかった。
マサトは翔子が先生と話している隙に割と席が近かった翔子の席を見た。カバンが開いていて中にあるコンビニのアルバイト証が見えた。
駅裏のコンビニの前のベンチでマサトは翔子がバイトを終えて出てくるのを待った。携帯で時間を見ると19時半だった。
「お疲れ様でした」
と小さな声が聞こえ、コンビニから私服の翔子が出てきた。きっとコンビニ内で着替えたんだろう。
翔子はマサトに気付かず電話をしながら歩き去った。電話で話す翔子の声が少しだけ聞こえた。
「うん、わかった、じゃあ先生いつものところでね」
マサトは翔子を追いかけた。
商店街の外れのカフェ。翔子は小走りになって店に入っていった。
中で待っていたのはやはり数学教師の吉田だった。2人はカフェの席で向い合って座った。それはまるで恋人同士のようで、翔子はとびきりの笑顔を見せていた。
10分が過ぎた。予想以上に席を立つのが早かったのでマサトは少し慌てた。と同時に、自分は一体何を何をやっているのか?と情けなくもあるマサトだった。
2人が席を立ち表に出てくると手を組んで商店街と逆方向に歩いていった。ここまで来た以上続けるしかない、そう思いマサトはさらに尾行を続けた。そしてマサトはやはり2人をつけて来た自分の勘は正しかったと思った。
2人はラブホテル街に歩いて行き、そのうちの一軒に入ったのだった。
(あの翔子が数学の吉田と付き合ってるなんてね・・・)
別のカップルがホテルから出てきてマサトの横を通り過ぎようとした瞬間声が聞こえた。
「お互いが好きなら教師と生徒でも問題はないだろう、それとも教師には有るまじき行為とかダサい事を云うのか?」
通り過ぎて行ったカップルの背中をマサトが振り返って見ると、そのカップルの男だけがマサトを見た。それは『超怪人0』だった。0は笑いながら歩き去った。マサトは何も云い返せず0を見送った。
その夜マサトは部屋のベッドに寝転んで考えていた。(教師だって恋愛するさ、それがたまたま自分の教え子だったっていうだけの話じゃないか・・・まぁ発覚しないでくれればいいが・・・それにしても気になるのは0だ・・・)
その時マサトの携帯が鳴った。電話はサキからだった。
「大変なもの見つけちゃった」
サキの話の内容にマサトは驚いて飛び起きると机のPCを起動した。
アダルト系のサイトに貼られた小さなバナー。本物の女子高生の盗撮映像30秒無料、とそのバナーに書いてあった。マサトは早速バナーをクリックした。ベッドの上で服を着た若い女の子が笑っている。それは紛れもなく翔子だった。やがて男が画面に映り込んだが男の顔にはモザイクがかかっている。やがて2人がキスし始めたところで‶コレ以上見たい方は下をクリック〝と矢印が出て、有料画像を見る、とウィンドウが出た。
「チッ」
するとPC内のスカイプのウインドの中のサキが
「チッって何よ、イヤラシー」
「ち ちがうよ、ショウコが可哀想にって意味で云ったんだよ」
「本当かなー、本当はショウコのエッチを見たかったんじゃないの?」
「ちがうよ バカ」
そう云ってマサトはスカイプを閉じた。するとすかさず携帯のメール受信音が鳴って開くと‶バカマサト、キライ!〝とサキからメールがきた。‶オレはスキだよ〝までメールを打ちかけて
(何考えてんだオレは) とメールを消した。
マサトはもう一度無料動画のバナーをクリックした。そして翔子の背後に映っている窓にはめこまれたステンドグラスの模様を記憶した。それからベッドの翔子に近づいて来た男の服装も覚えた。
(コレは・・・・)
試した事はない。もちろん怖い。しかし翔子が心配だった。マサト決意した。そして初めて自分の記憶へとサイコダイブした。
今日一日の記憶を逆回転するニューロン。バイト先のコンビニから出てくるショウコの場面まで戻し過ぎ、記憶回路を少し先に進めた。あのラブホテルの前だ。吉田の服装はあの画像にそっくりだったが、チノパンとポロシャツはどこにでもあるデザインだから決め手にならない。2人がホテルに入った後すぐに壁面から明かりのもれた部屋があった。ニューロンはビューパワーを上げた。その瞬間激しい頭痛がニューロンを襲った。しかしその痛みに耐えて壁面の奥にある窓ガラスの模様を見た。それはステンドグラスで模様は間違いなくあの画像のモノだった。しかしさらに激しい痛みに襲われついにニューロンは記憶回路から離脱した。
マサトは自分の部屋に戻った。ベッドに倒れ込んだマサトは今までに経験のない異様な疲労を感じていた。マサトは汗だくだった。 そしてマサトはすぐに眠りにおちた。
夢という認識はマサトにはない。とにかくそこは暗闇だった。その深い場所から声がする。
『自分の中にサイコダイブすると自己パラドクスがおきて、それは酷い苦痛を伴うし、それを続けるとお前の精神は破壊されてしまうぞ』
それが誰の声だったのかはわからないが、頭痛と共に目覚めたマサトの記憶にあの声ははっきり残っていた。
その日も数学の吉田の授業があった。授業が終わると案の定翔子が吉田を追って教室の扉に向かった。
マサトは学校を出るとホテル街の入り口辺りで待った。やっぱりその日も吉田は翔子を連れてやって来た。
「ショウコ!」
翔子は一瞬息をのんだ。
「マサト君、お願い、秘密にして、お願い!」
しかしマサトは沈黙した。そして翔子にサイコダイブした。
暗い場所。で宙に浮かんだPCの画面をニューロンは指差した。
「これを見ろ」
ニューロンが問題のバナーをクリックした。
「ウソ・・・」
翔子の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれた。
「調べてみた、A組のミドリ、それから吉田が勤めていた前の学校の女子2人の画像も撮ってに売ってたんだ」
翔子は暗闇に崩れ落ちた。
後編へ 続く