書評:凍りついた瞳が見つめるもの | 雑学大典

書評:凍りついた瞳が見つめるもの

児童虐待の被害にあった人の手記をまとめたもの。私は家庭教師として子供と向き合う上で子供の心理について知っている必要があることと、まぁ私自身が軽い抗不安・睡眠導入薬をときどき飲んでいることを公言しているような人間で、多少危なっかしい(家庭環境は比較的恵まれていた方ですが)という事もあり、この分野にはいくらか興味を持っています。古本屋にて、100円で購入。

凍りついた瞳が見つめるもの―被虐待児からのメッセージ
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そもそもはこの本の編者・椎名氏が、以前に児童虐待について著書を出版したところ、それを読んだ、今は大人になっている、かつての被虐待児童が手紙を寄せた所から話は始まる。その数、数百通。それを纏め、専門家からの寄稿なども得て、あらためて一冊の本にしたのが本書です。1995年刊行。文庫版は97年初版。
今どき児童虐待の話ならどこででも聞ける、などというと不謹慎ですが、そういう世の中になってしまいました。以前より増えたのか、以前は埋もれていた事例が明るみに出るようになっただけか、そのへんは不明だけれども、虐待の果てに殺されてしまった子供のニュースは、毎週だか毎月だか、とにかく途切れる事なく聞こえてきます。最近は児童相談所の対応に問題のあったケースなどが特に報道されるようになっているところを見ると、特徴のない虐待死の事例は、だんだん報道すらされなくなっていくのかも知れません。一方で、「虐待」というテーマが知れ渡るにつれ、精神科の間では「実際には虐待と言うほどの扱いを受けたわけではないのに、自分は虐待を受けていたと考えてしまう」というケースが広範に存在することも認識されるようになり、まったく奇々怪々の様相を呈しています。

ま、それはそれ。この本の話に戻りますと、虐待とか精神障害とか、そういうケースについて通り一遍の知識しか持っていない、実態を良く知らない人に、ちょっとめくってみてほしい本です。文庫版38ページから載っている事例が出色です。

 第一章 言葉と暴力による虐待
 第二節 実の父親または両親から
 CASE4 不思議なこと

「……友達と仲良くなるにつれて、不思議なことがわかりました。ほとんどの人は私のように親や兄弟から暴力を受けたことはないようなのです。……私のように包丁を持って向かってくる親から逃げ回ったり、頭を殴られて次の日までいたかったり、ということは、誰もないようなのです。……私は驚きました。愚かなことに私は、子どもはどこの家庭でも暴力を受けているのだ、親は子どもの敵で家庭生活は戦いなのだ、と思っていたのです。成長するにつれて私の家庭が異常で、他の友達の家庭が普通なのだと気づきました。」

もう何をか言わんや、であります。唖然としますが、恐らくこういう勘違いは、被虐待児においてはそう珍しいことではないと思われます。幼い子供にとって家庭は全世界ですから、そこで戦争が起きていたら、世界中で戦争が行われていると考えてもおかしくないわけです。さらに、こういう家庭は両親も含めて外の世界から自閉する傾向があるので、この手記を書いた人は、中学生になるまで我々が持つ「家族」というものの一般像を知らずに育ってしまった。
こういう内容でなくても、家庭内ルールが社会では実は非常識だった! ということは良くありますよね。大半は笑い話で済むわけですが、この事例ときたら……

ついでに言えば、人は皆、多かれ少なかれ生まれた家庭での人間関係をモデルに自分の周囲の人間関係を形成しますから、虐待や夫婦喧嘩が横行する家庭に育った子は、我々が当たり前と感じる親和的な人間関係をなかなか取り持てない事になります。
緒形拳の最新主演映画「長い散歩」のワンシーンで、虐待されていた子供が、緒形演じる優しい老人が夜店で買ってきてくれた焼きそばを、景気良く「すぽーん」とアッパーカットですっ飛ばし「嘘つき。置いてけぼりにせんってゆーたやん。」と呟くシーンがあるんですが、このシーンは親和的な人間関係をなかなか取り持てない被虐待児の行動を活写した名シーンだと思います。まさにこんな感じで、幸せに暮らしてきた人間には予想もつかない仰天痛撃アグレッシブ・アクションで、好意を景気良くふっとばしてくれたりします。一度こうなってしまったら、本人も周囲も、本当に大変。もちろん、いちばん苦しんでいるのは本人です。
絶対に虐待など許してはいけない、と思います。

ちなみに、本書第3章は「我が子への虐待」かつての被虐待児が自分の子供を虐待してしまう、どうしたらいいのだろう、という悩みが語られます。また全体を通じて、この本に収録されている手記は既に大人になった被虐待児であるため、かつて虐待を受けてしまった人が親になる不安が繰り返し語られ、また虐待の世代間連鎖が繰り返し言及されます。ニュースだけ見ていると「罪のない子供を虐待するなんて、人でなしだ!」と単純な怒りを抱いてしまいがちですが、加害者側の複雑な事情にも想いを馳せられる一冊です。

類書と比べてどれくらい優れているかと言えば、類書をあまり知らないので何とも言えませんが、実に恐ろしい、一冊。

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