いだてん(9) | 長崎 川谷歯科の院長ブログ

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小江原消防署 斜め前にある 歯科医院です。 

ストックホルムへ 出発! なんで 福井県敦賀へ?

 

今だったら 考えられる 飛行機での 旅は 1950年代

に入ってから・・・ 1912年(明45)当時は まだ 船か

鉄道の時代。

 

という事で ヨーロッパには ユーラシア大陸を 横断する

シベリア鉄道を利用。 17日間、8000Kmの 長旅だった。

 

新橋を 出発して 翌 5月17日に 敦賀着。 

 

敦賀港駅舎。

ロシアの ウラジオストクの航路に 接続する

欧亜国際連絡列車が 新橋ー敦賀港を結ぶ。

 

そこから 対岸の ロシア ウラジオストクへ 2日かけて

船で。 

 

ウラジオストク駅

シベリア鉄道の 東端の終着駅。

モスクワより 9288Km。

ウラジオストクは 19世紀まで 清国の 支配下、

1860年 北京条約により 帝政ロシア領となる。

ウラジオストクは 「ウラジ(支配)」 と 「ヴォストーク(東)」

つまり 「東方を支配する町」 という意味。

 

シベリア鉄道といえば 人見絹枝さんも 遠征時には

何度も 利用している。

 

ウラジオストクから やっと シベリア鉄道の 寝台

列車に乗り込む。 そして ついに ストックホルムへ 到着。

実に 東京を 発ち 17日目の事だった。 

 

途中、1894年の 日清戦争、1904年の 日露戦争などの

あとの長旅とあって 「こいつ 日本人だ」 と  取り囲まれ

た場面が ドラマの中で あったが  大いに 想像出来た。

平和の 大切さを  あらためて 考えさせられたものだ。