多くのみなさんが、日々、医療機関を頼って生きているのではないだろうか。それは、ともかく、今回執筆したいのは、医療機関の医師の診察の現状です。医療機関の医師と書いたが、もしかして、訪問診療の医師もそうなのかもしれない。一定の第三者から聞いた話ではそのように感じました。執筆者は、現代になって医師から訪問診療を受けた経験がないため、漠然とそうではないかと思うにすぎません。診察を受けるために診察室に入った方なら、きっと多くの方が感じている、把握しているのではないかと思う。
診察室の中の医師が何をしているかーーーーーー
まだご存じない方や認識されていない方は、次に診察室に招き入れられた際に、顔を上げて医師の様子、その態様を見るといいと思う。
現代社会の、現代の医療機関の医師は、診察をしていないのです。
これは患者からの見方としてです。きっと、医師は、診察しているとみんな言うでしょう。
執筆者が知る診察とは、視診、聴診、打診、触診なのですが、今の医療機関の医師の中で、これを行う医師に会ったためしがありません。全国のどこかにはまだ存在しているのかもしれませんが、存在していたとしても、そんな風に言わなければならないほど稀有だということです。
視診、聴診、打診、触診、これに問診がありますから、これらを診察行為というのではないかと思うのです。問診でさえ、問診になっていません。今では、触診をする医師は見なくなりました。もっとも、けがの場合は別です。
みなさん、診察室で医師からなんと言われますか?毎回、同じセリフなのではないですか?
「どうしました?」「どうですか?」「その後、調子はいかがですか?」
患者が、「変わりありません」と言うと、医師は「そうですか、じゃあ、また薬を同じように出しておきますんで・・」と言う。患者が、「眠れないんです」と言うと、医師は、「うーん、ではもうしばらく同じ薬を出しておきますんで、続けてください」と言う。
もちろん、一字一句がこの通りではないが、内容はこのようなものなのではないだろうか。そして、患者が話さなければ、話を聞く医者でなければ、診察室にいるのは、ほんの数分間です。
このような状況ではないですか。
素人から見ても、問診にさえなっていません。専門的な定義はわかりませんが、素人が知るレベルでも、“医師らが病気の診断や治療方針を決めることを目的として、患者から現在の症状、過去の病歴、生活習慣(食週間、運動習慣など)などを聞き取る行為”ではないかと思うのです。
ところが、問診のはずが、「どうですか」としか言わない。症状など聞かれないし、ましてや、生活習慣のことなど患者の方から積極的に話さない限り、医師のほうから積極的に聞くことはないように思います。
少なくとも、患者の状況を積極的に知ろうとして尋ねる行為はないように思います。
診察室で医師が何と向き合っていますか?多くの方は知っているかと思います。そう、医師が向き合っているのは患者ではありません、人間ではありません。パソコンです。
パソコンのデータを見て判断し、パソコンへデータ化したり、記録化したりにしか意識がありません。患者の体を見て、触ってなどの行為は全くしません。つまり、患者の実際の体で判断する、専門家にしか認識し得ない症状を察知するということなどは行わないのです。
データに現れなければそれまで、現れれば相応に通知し、対症療法をする。現代の医師は、検査を進めることが非常に多くありますが、視診、聴診、打診、触診をしませんので、検査をしないと何も分からない状態になっていると感じています。
このような診察室での行為が、いや、不作為が、診察と言えるのか、大いに疑問でありますし、問題であると思います。このようなことがなぜ、まかり通るのかと考えます。人々は、他の取引であるならば、納得いかないと苦情になりますが、医師へは患者は何も言いません。そのことが当たり前になっていて、胡坐をかいている状況になってしまっているのかもしれません。
言ったところで、ルールや規制がある以上仕方ありませんが、願わくば、正当な医療と呼べる診察をしないのであれば、医療費の6割、7割は支払わせてはいけないと切望したくなります。診察に名を借りた手抜き、詐欺・・・これと変わらないのではないかと、そう思います。
近年、ある老齢の女性が、こんな話をしてくれました。
女性:「先生、いつ治りますか?」
医師:「一生だから・・・」
女性:「先生、なら、来てもしょうがないねえ」
医師:「来なかったら悪くなるよ」「脳梗塞になるよ」「知らないよ」
女性:「先生、治ると思って、そう思って来てるもんで、来ても治らんならもう来ないわ」
女性は、そう言って、依頼、医療機関に行っていないそうです。
幸い、元気に過ごしています。
しかし、この女性の様な方は非常に少なく、多くの方は医師の言いなりです。それに、服薬を続けないと悪化するという己の思い込みも働きます。
執筆者は、様々なジャンルの現役医師の本、薬剤師の本、疾病ごとの本、日本医師会についての取材本などを読んできました。多くの著者が記した内容が、でたらめなどとは到底言えません。書いたものは間違ってましたでは済まれず、書かなかったことにはできません。新聞もそうですが、活字にして表現することは、根拠もなしに書けないと思います。多くの本から様々な学びを得ています。本は、あるテーマに関して体系的な学びをくれます。本の情報量は、インターネット上のザッピングな情報とはその質が違います。書物からわかる話を実際の諸問題と交えて、機会あるごとに記していきたいと思います。またの機会に譲ります。
執筆者は、最近、医師は何をしているのかと考えるようになりました。医師は、医療機関は、しょせん商売なんです。医療機関の商売は何か・・・多くの患者を通院させることです。入院もそうですが、入院は必要もないのに入院しろとは言えません。しかし、簡単に通院状態を作ることは可能です。検査や診断を行って、何かの値がはみ出ていれば、「薬を飲まないとねえ」「治療が必要だねえ」と言えばいいのです。人間は医師から言われると、知識がないのでそのまま受け入れます。ここがスタートです。そして、これは、始まりにすぎません。ここからが本番です。服薬を始めると、ほとんど一生の通院生活となります。薬をもらうために定期的に医療機関に行くような習慣になります。患者が自分で判断して、検討して態度を決めることをしない限り、ほぼそうなります。ここが医療機関の商いです。医療ビジネスとも言われることもあります。
典型的には、新型コロナウイルス感染症のワクチンもそうです。1回の摂取で、かなりの商売になったようです。医療機関は、患者の症状や病を治すこと以上に、商いなのではないかと思わずにはいわれません。診察室や医療機関における医師の対応や態様がそう思わせてしまいます。
また、同様のテーマでざっくばらんな思考などを書きたいと思います。