それでも世界はまわってゆく
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2010年の労働力調査では非正社員率は高まったが、派遣社員の人数は減った。


結局のところ増えたのはパート・アルバイト。


派遣禁止法など掲げたって派遣が減ってパート・アルバイトが増えるだけ。


企業の人件費が増えるわけではないので正社員は別に増えたりはしない。


これは2009年あたりから多くの経済学者が指摘していたこと。


民主党が労働組合の支援を受けている限り雇用形態は変わらない。

「方便」発言で揺れる民主党。


「疎い」菅さんは「私の考えと違う」と強調。


こうなるともう鳩山さんはわざとやってるんじゃないかと思いたくなる。


ちなみにこれほど叩かれている鳩山さんだが、昨年東大の学園祭に講演会に来たときは妙に人気だったな。


どうでもいい話だけれど。


ちょうど失われた10年についてまとめる機会があったのでここでも書いておく。


80年代後半のバブル期に銀行が不動産を担保にお金を貸していたので、バブル崩壊とともにその担保価値が下がり、不良債権化してしまったことがそもそもの発端である。


90年代初めには不良債権という言葉の定義も曖昧で、銀行の破産も想定されていなかった。


92年に大蔵省が不良債権の言葉の定義を行うがその後何度か変更が加えられている。


また企業の倒産も銀行がさらに追い貸しすることで実質的に破綻していても延命することができたので不良債権処理は大きく遅れることになる。


さらに問題は査定を行うのが当時は大蔵省で金融機関は自己査定が行うことができずこれもまた不良債権処理の遅れにつながったといわれる。


徐々に上記のことに対して法整備がなされていくが、やはり最後まがいなりにも決着をつけたのは2002年の「金融再生プロジェクト」だろう。


特に資産査定の厳格化によって半ば強制的に不良債権を処理することが可能になり、これによって2005年には主要行の不良債権比率は2002年の半分以下を達成することができた。


不良債権の処理が進み、過剰債務がなくなり流動性も十分に供給されていたことから2003年ごろからようやく企業の設備投資が活発になる。


その後は米国・中国特需の効果もあり2003年からサブプライム問題が起こる2008年まで息の長い景気拡大局面に入ることになったのである。

未だに「牛丼の値下げ競争でますますデフレが進む」みたいなことを言っている人がいるので、ちょっとデフレについて書いておこうと思う。


デフレは物価の持続的な下落である。


牛丼という価格が下がったからといってすぐデフレと叫ぶのは違和感がある。


ちなみに現在物価が下がっているように見えるが総務省ホームページで相対価格を確認すると耐久消費財の価格下落が激しく、サービスに関しては横ばい、もしくは少し上昇している。


これは貨幣の供給量の問題ではなく耐久消費財の価格が下がりやすいこと(新製品がでても2、3年ですぐ安くなる)、また新興市場で製造された安い商品がと競争しなければならないことからの下落と考えられる。


これはハイパワードマネーとストックマネーの問題もあるが、日銀では解決できない価格下落である。


では、このままデフレを放置しておく(打つ手がない)と景気が回復しないかと言われればこれはまた別の問題で、2003年からリーマンショックまでの息の長い景気拡大局面があったがあの間、物価はほぼ横ばいから少しマイナスで推移していた。


デフレでは景気はよくならないというのはもうすでに反証されている。

2月10日にはエジプト総合情報庁長官を務めたスレイマンが副大統領に。


このスレイマン、CIA長官ジョージ・J・テネットとは特に仲良しらしい。


2000年から2001年にはパレスチナとイスラエルの武力衝突終結への仲介も。


さらにその後2月11日には大統領辞任で権限は軍最高評議会へ。


ついにムバラク辞任で、実際問題どうか別にして叫ばれるのは「民衆の勝利」と「SNSなどのネットメディアによる革命」か。


この火はどこか、次の国へと飛び火するのか。


エジプト近隣の中東以外にも気にしている国があるはず。