世界最高の虚光俊
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ヒラリー・ハーン孤高のシベリウス(3/19横浜「みなとみらいホール)

 結論から言おう。

私は今まで何度も彼女の演奏に接してきたが、今回はバッハの無伴奏ソナタに並び立つくらいの、

超異常凝縮演奏と言えよう。ここまで私を震撼させ、そして恐怖させた演奏は他に思い浮かばない。

とにかく突き抜けまくっている。もう凄いとしか言いようがない。
「凄い」なんて子供の感想文みたいで気が引けるが、仕方ない。だってほんとに凄いものは凄いとしか言いようがないんだもん。
 まず、テクニックの高さが半端じゃない。ハーンのスーパーテクについては、既に散々あちこちで述べているが、また今回も述べずにはいられない。全ての音がオケから完全に分離して、クリアに鳴っているのが物凄い。ハーン使用のヴィオームはせいぜい二千万~三千万の相場、ストラドの一割以下。しかし、ストラドを使う神尾真由子やヤンセンが、ライブで今一つ音が通らないのを耳にすると、ハーンのテクニックの凄さがわかろうというもの。
 また、単によく弾けるという次元にとどまらず、一音、一フレーズがいちいち考え抜かれており、強い力で聴衆を金縛りにするだけの「何か」を生み出している。それが何なのか、私にはわからない(まるで許光俊のような言いっぱなし)。とにかく音色が透徹しきっており、孤高とも言うべき高みに達している。

ちなみに、一月に聴いた某女流ソリストは、若いのに卑屈なステージマナーに嫌悪感すら抱いたが、ハーンはステージマナーも堂々たるものだ。極めて正直な話、聴衆はハーンの凝縮演奏に疲れはて、後半のオケ演奏は聴かずに帰ってしまうのではないかと心配になったほどだ。
もし私がヒラリーハーンの師なら(何という傲慢な仮定)、二十代にしてこれだけの演奏を成し遂げる才能と、その裏に隠された酷薄な運命を思い、この弟子の為に惜しみない涙を流すであろう。

私がアマオケのコンチェルト演奏に冷淡なのは、こういう突き抜けた演奏を知っているからに他ならない。ハーンやレーピンをF1ドライバーとすると、アマオケのソリストはタクシーの運ちゃんだ。私は世界最高レベルの演奏に徹底的にこだわる。昔から二番手、三番手にはすぐに興味を失ってしまう(何をもって世界最高と言うのか、なぜ私が世界最高にこだわるのかは、またの機会に述べる)。
ちなみに、指揮のジャナンドレア・ノセダは特に良くない。というか悪い。とにかく、盛り上げる場面が乱暴で表面的、金管の吹かせ方も下品。弱音もただ弱いだけ。ハーンの演奏とは水と油。鈴木敦史なら「許光俊なら、馬鹿、下品、下手と言って切り捨てるだろう」と言って切り捨てるだろう。
と言っても、これは酷な要求かもしれない。ここまで異常な高みに達しているハーンのバイオリンに付けられる指揮者など、誰もいないのは明らか。シベリウスは日本ライブに先立ち、CDがリリースされているが、あえて薦めないでおこう。シベリウスに限らず、ハーンの録音は細部重視型のものばかり。よく弾けていることはわかるが、なぜそのように弾いているのかは全くわからないからだ。結果として、刺々しい音色、ただ速いだけ、うまいだけ演奏に聞こえてしまうのだ。会場だからこそ伝わる、あの透徹しきっ異常な雰囲気は録音には収まり切らない。おろかな録音技師の仕業と言えよう。

実際、彼女のシベリウスを家に帰ってCDで聴く、これは聴衆・演奏者お互いにとって幸福とは言えまい。むしろ鈍感とも言える、蛮行であろう。私は、彼女のライブに行くと数日間は何も聴く気が起こらない。たとえ彼女の録音であってもだ。憧れのアイドルと握手したら、数日間は手を洗わない、というのと似てい
るかもしれない(まるで鈴木敦史みたいな例え)。

今日のライブでは、アンコールでバッハのラルゴが演奏された。私は今回で三回目だが、単純なメロディが悠々淡々と流れて行くだけなのに、なぜだかそれがとてつもない奇跡に聞こえる。私は彼女の弾くラルゴを毎回、目を瞑って虚心に聴いている。今度こそ目を開いて聴いてみようと思ったが、やはり目を瞑ってしまった。音色はあたかも天国の調べのように移り変わり、静かな祈りを奏でる。人間の存在や生きる意味をも問うているような、孤高のバッハである。
 こうした異常体験を味わいたければ、もうありとあらゆるハーンのライブに行く決意をするしかないだろう。彼女のライブを聴いている瞬間というのは、「世界はこれしかあり得ない」「この音楽と共に死んでもいい」、それくらい人間の思考を麻痺させる。極めて毒の強い、異常な演奏なのだ。こんな演奏を人に薦めていいのか、私にはわからない。
 音楽は人間を癒す、幸福にする、というのは極めて鈍感な意見である。真に優れた芸術は人間を惑わせ、滅ぼす。それゆえ、もしかしたら鈍感な方が幸せなのかもしれない。こんなことを言っては身も蓋もないかもしれないが。