私の自己紹介です。
良かったら読んでくださいねチュー


過去の私はとにかくネガティブでした。
たいした闇ではないですが、私にとっては深刻でした。




闇があるから光に感謝。

yellow 光、希望、明るい見通し、自立など






保育園の頃 
同じ年頃の子が怖かったんです。
なぜかというと、図々しいから。
容赦なく言いたいことをいうしワガママで。
保育園なんて行きたくなくて毎日泣いてました。
今でいう、HSC(超敏感すぎる子供)でした。
子供らしくない子供でした。5歳頃から既に周りに気を使ってました。






小学生の頃
引き続き、子供が怖い子供。今で言う、陽キャが苦手でした。人のココロにズカズカ入ってこないで欲しくて、大人しい優しいお友達と一緒にいました。
平和が一番です。
授業中に、当てられて分からない時は泣いてしまうほど、涙腺は弱いです。
やはり学校は嫌いで、家に帰ってひとりになりたかったです。ズル休みもよくしました。
現在であれば不登校になっていたかもです。
ちなみに娘が一時期不登校になりました。
復学支援していただき数年前に解決済みでございます。






中学生の頃
友達なんていらない、誰も信用出来ない、一人が楽と内心は思いながら、一人でいたくないという不安定な時代。
流されて入った部活でもクラスでも平和を願い過ごしていました。どうせ私なんて、、、と思っていました。






高校生の頃からは少しずつ変わりました。
変わりたかったから頑張りましたがやはり根暗でした。
人に嫌われないように内心ビクビクしたり、本心を言えずに強がってしまったり。何でもできるふりしたり。
そのせいか強く見られ相談は多かったです。





人の事なら見えるのですが、私自身は見えず、認められず、肯定感が低いまま大人になりました。
過保護過干渉で育った私は自立したくて、親に一人暮らしを望みましたが叶いませんでした。






親にまで信用されていないと感じました。
どうせ私なんて何もできない、、、。






卑屈っぽいですね~。ネガティブです。






そして一番苦労したのが、社会人になてからでした。
23歳頃、引きこもりました。
人生辛く、生きるのがしんどくて、、、





それでも生きてこれたのは、
親、友達のおかげでした。




1人の方が楽だと思っていたのに、結局は、人に助けられるということに気づくのですが、生きづらさは残ったままでした。





生きることを自分の為ではなく、友達や親の為にと考えたからだと思います。





恋愛に関しても、仕事にいつもビクビクしていました。
対人関係が苦手でコミ障と思っていました。






そんな私にも娘が生まれましたが、大人しくて自分のような子です。
私のようになってほしくはないと厳しく育てましたが、
いつしか肯定感が低い子になっていったのです。





当時の私に育てられたのが原因です。
思春期にはいり不登校になりました。
先程も書きましたが、復学支援の恩師との出会いがあり、本当の優しさは強くなければいけない事を学び、子育ての事と、私が自立したお母さんになるために指導して下さりました。そして一番大切な感謝の事も。






おかげさまで大成功です。
娘も私もそれぞれが自分の人生を歩み出しました。





きっかけは娘の不登校で、行き着いたのは私の生きづらさをとる事でした。





娘の人生の邪魔をしないように。
私の人生を楽しめるように。