キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…
●気を付け!礼!
おんしゃーっす
○えーと、東南アジアの戦後史を勉強していきましょう。基本的に、人物が分かれば解ける…んだけど、インドネシアはそうもいかない。なので、インドネシアは特に気合を入れて勉強しましょう。
●ジャカルタ!
○なんで首都?…まぁいいや、さてミャンマーはイギリスから独立します。ミャンマーと言えばタキン党の指導者であり、のちに反ファシスト人民自由連盟を率いたアウンサン。親日から反日に転じたことは前にも話したよね。ただ、独立する時には暗殺されて亡くなっている。よって、初代首相は、ウーヌー!ネウィン政権を挟んで、その後は軍部独裁。この軍部に対抗する女性がスーチーさんですね。ロヒンギャ族の問題はまさに今ホットですから。時事問題が出る人は要チェックやで。
●スーチーさんが今後どういうリアクションをとっていくのか、気になりますね。
○ですね。沈黙は黙認…と捉えられてしまうからね…。さて、タイは1932年の立憲革命から。タノム政権以後常に軍部と学生が争っている感じ。基本的には親米ですね。ただ、軍部と学生がもめると必ず国王が出てきて調停する。それがラーマ9世(=プミポン国王)だ。
●タクシン首相で安定するかと思ったのに、やはり軍部の力も根強いですね。
○次はマレーシア。マレーシアもイギリスから独立です。第二次大戦後にマラヤ連邦(イギリス連邦内独立≒自治)
ができるわけだけど、ここにはある場所が含まれていない。…シンガポールと北ボルネオ(ブルネイは除く)です。この3つが重なることによってマレーシア連邦と呼ぶ。しかしその2年後…シンガポールがマレーシアから分離独立する。シンガポールに住んでいるのは中国系の人が多い。マレーシアと一緒には居られない。シンガポールってめっちゃ小さい島。独立したら生きていけないって泣いて訴えたけど、シンガポールは結局独立を選択。泣いて頼んだ人が初代の首相となった。それが華僑のリー゠クアンユーという人。もう一度言うけど、シンガポールはイギリスから独立したわけじゃなく、マレーシアから独立したんだからね。
●北ボルネオのうち、ブルネイは除いてマレーシア連邦ですよね。ってことは1984年に独立したブルネイ゠ダルサラーム国は、イギリスから独立したということか!
○そういうこと!さて次はフランスから独立した国々です。フランスはいなくなり、そこへ入ってきたのがアメリカでした。まずラオスですが、ルアンプラバンを首都とするランサン王国が14~18世紀にかけてあったことは、早稲田志望者は覚えておこう。ちなみに征服したのはトンブリ―朝というタイの王朝。
●…あれ、先生。タイって、スコータイ→アユタヤ→ラタナコーシン朝じゃなかったですか…?
○実は、ラタナコーシン朝の前にたった15年間だけの王朝があったんです、それがトンブリ―朝。かなりハイレベルです。王様は一人しかいない。タークシンです。
●めっちゃタクシンみたい!
○で、アメリカと結びついたプーマ首相を倒すのが社会主義のゲリラ部隊であるパテト゠ラオ。ラオス愛国戦線だね。そして1975年、ベトコン戦争の終結とともに王政廃止となります。以上。
●スファヌボンさんは、パテト゠ラオの代表だった人なのですね。
○そういうこと。さてフィリピン。フィリピンはばっちりアメリカ側。マルコスが大事。バックにアメリカがついていて、どんどん貧富の差が拡大していった。そこで民主化を求めてベニグノ゠アキノという人が登場するんだけど…飛行機から降りてきたところを銃殺…。結局マルコスを倒すことになったのは妻のコラソン゠アキノという人でした。1986年の出来事。「ピープル゠パワー」が合言葉として世界で流行りましたね。
●今の大統領のドゥテルテさんは、麻薬対策がかなり過激ですよね。
○かなりね。はい、じゃあ今日のメインのインドネシアにいこう!インドネシアはオランダから独立宣言をするんだけど…オランダはこれを認めずに49年まで独立戦争になる。これをムルデカ(インドネシア語で独立)戦争という。
…まぁ勝てないでしょ。でも勝つんだよ。それは日本兵がバックアップしてたから。2000人くらいオランダに残っていたんです。本当はマッカーサーから帰還命令が出てました。でもインドネシアから帰らなかった。
「我々はアメリカと戦ったのではなくオランダと戦ったんだ」って言ってる。つまり、理論としての大東亜共栄圏という発想ですよ。結局この独立戦争で1000人に日本兵が亡くなった。その人たちは、ジャカルタの国立墓地にインドネシア兵とともに眠っている。だから、スカルノ大統領も親日なんです。三番目の奥さんがデヴィ夫人ですからね。
●なるほど。
○ちなみに、スカルノは反共組織には入りません。どちらかと言えば社会主義寄りなところがあるかなーと僕は思います。1955年にバンドンで第1回アジア゠アフリカ会議をひらき、反植民地主義を掲げ、米ソに屈服しないことを表明しました。
●先生!ナサコム体制ってなんですか?
○NASAKOM体制は、挙国一致体制なんです。インドネシア語の民族=ナショナリズム(Nasionalisme)、宗教(Agama)、共産主義=コミュニズム(Komunisme)の頭文字をくっつけた造語です。民族主義政党として、スカルノが属するインドネシア国民党、宗教政党としてのイスラーム政党、そしてインドネシア共産党のみが存在を許され、大統領を支えるという体制でした。この体制のもと、1960年からは国会議員選挙が行われず任命制となり、民主政治は形骸化しました。さて、そんな社会主義寄りなスカルノに対して、アメリカは揺さぶりをかけてきた。何か。
●国連…ですか?
○そう。国連の安全保障理事会には非常任理事国ってのが10カ国ある。これは比較的中立の国が選ばれる。日本は…たくさん資金を出しているから選ばれたりする。そんな中、明らかにアメリカ寄りのマレーシアが選ばれた。これは、インドネシアへの明らかな圧迫ですよ。そこでスカルノ大統領のインドネシアは国連から脱退した。まもなくスカルノは倒れて入院です。チャンスだと思ったんだろうね、65年に共産党軍人によるクーデタ未遂が起きた。これが九・三〇事件。国民党を倒しに行ったんです。でもこれは返り討ちにあってしまい、逆に共産党が全滅して非合法化。スハルトのバックにはアメリカが付いている。独裁しながら経済発展させた人物。こういうのを開発独裁と呼びます。しかし、97年からのアジア通貨危機を乗り切れずに、98年にスハルトは退陣。新たに女性のメガワティ(スカルノの娘)が登場してきて民主化します。ちなみにインドネシアでは、分離独立を掲げている人たちがいる。例えばスマトラ島のアチェや、東ティモール(02年:既に独立)です。
●最後に、SEATOとASEANの違いを教えてください!
○ほい、東南アジア条約機構(SEATO)…これは反共組織で東南アジアはフィリピンとタイだけ入ってます。後はイギリス・フランス・パキスタンとアメリカ・ニュージーランド・オーストリアの合計8カ国だね。対して東南アジア諸国連合はASEAN10とも言われる。東南アジアは全部入っています。まずは67年の発足時の5カ国。それに84年にブルネイ、95年にベトナム、97年にミャンマーとラオス、そして99年にカンボジアが加盟している。テストによく出るのはカンボジアかな?以上そこまで!おやすみなさい
●おやすみなさーい