最近蒸し暑くなってきましたね~~~!!

庭の紫陽花が、元気に育ってきています♡

 

紫陽花大好き♡

我が家は、息子の小学校が毎日登校になり、新生活に家族みんながバタバタしています、笑。

(なんか最近こんな書き出しばっか、笑)

子も慣れない、親も慣れない、笑。

ドタバタしながら、気が付いたら一日あっという間、、、、、。

あれ??今日何やったっけ、、、、という日々が続いています、笑。

 

しかしながら、最近よく思うのが、

あんまり『運勢』に振り回されなくなったな〜〜、ということ。

 
昔はめちゃくちゃ振り回されてました、笑笑。
 
め○ましテレビの星座占いランキングの順位に一喜一憂し、笑。
ana○の星座占い特集に一喜一憂し、笑。
細木数○さんの本に恐怖し、笑。
 
まさに、私の幸せ運勢次第、笑。
 
12年に一度の大幸運期!!
今年こそ運命の人に出会えるかも!!とか、笑
 
その年に出会いがないと、12年に一度のチャンス逃した!とか笑い泣き笑い泣き笑い泣き
大学受験の年が大殺界でめちゃくちゃ恐怖したり、笑
 
とにかく、『運』というものがまずあって、
人間はそれに翻弄されるしかないのだと思っていました。

『運』とはコントロールできるものではなく、翻弄されるもの。
 
おとぎ話とか、道徳的な話でよく
「調子にのってたら転落した」とか
「平凡が一番」的なものを、素直に信じていた、というのもある。笑
 
 
私は、ずっとずっと
波がない、安定した人生を探していました。笑
ドラマティックとか、本当〜〜に興味がないし耐えられないと思っていた。
 
それは、何でもかんでも人一倍敏感に反応する自分の性質の影響でもあるのですが。
 
エンターテイメントなんか要らない。
ワクワクドキドキなんて要らない。
どうせ後でガッカリするくらいなら。
期待して、期待通りに行かないなら。
 
苦しいことも、痛いことも、何にも要らない、
と思うクセに
いいことがあると、また苦しくなる。
いいことの後には悪いことが必ずある。
人生ってそういうものだ。
ガッカリするのは嫌だ。
ぬか喜びするのは嫌だ。

波が下がるくらいなら、波の上も要りません。
 
どんだけ…笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き
 
いいことがあると、どうせこんなの続かない、と心が喜び過ぎないように身構える。
悪いことがあると、運が悪い〜〜と嘆く。
 
自分で人生は選べない、と思い込んでいた。
親がかなりキャラが濃くて、親の示す道以外は選べないと思い込んでいたのもある。
 
大人になって、本当は何でも自分で選べるんだよ、と気づいてから。
怖がりながら、反抗しながら、それでも自分で自分の道を選び始めてから。
 
自分で人生をつくる喜びを知った。
同時に、自分が選んだ道に伴う責任、というものを知った。
選んだものに伴うすべてを、引き受ける、ということ。
 
でも、今までレールの上を歩いてきた人生を、おもいっきり反対にかじ取りしたもんだから、
『自分がコントロールできないもの』がとても恐怖に感じていたのかもしれません。
大人になってからも、しばら~~~く、『運勢』に振り回されていました、笑。
 
そんな私が徐々に変わってきたのには、様々な出来事がありますが、
一つはやはり、ヨガの練習が大きかったなあ、と思います。
 
毎日、マットの上に立つ。
『私は、毎日毎日、旅行中でもいつでもどこでも練習したよ』という憧れの先生の言葉をまるっとうのみにして、笑
私も、できる限りですが、少しずつ少しずつ、毎日の練習を習慣にしていきました。
 
私が練習しているアシュタンガヨガは、ポーズの順番も、呼吸のタイミングも、視線の位置も、すべて決められています。
毎日毎日、マットの上で、同じポーズの流れを、黙々と練習していく。
私はもともと超絶!!!!!体が硬かったので、
このヨガ、永遠に進まないんじゃないか、、、、と思うくらい、ポーズの習得は亀の歩みでした、笑。
(そして今も笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑)
 
でも、毎日毎日マットの上に立って、同じポーズをしていると。
本当に当たり前のことなんですが、
同じ練習、って1日もないってことに気づきました。
それどころか、一回の練習中のコンディションでさえ、ずっと同じではない。
 
練習を始めたときは、頭が重くてこれは最悪の練習になるぞ、と思っていても、
練習の終わりころには体がかる~~~くなっていたり。
調子よくはじめた練習が、最後でエネルギー切れになったり、呼吸が続かなかったり。
 
1日のうちでも、いや、数時間のなかでも、こんなに変化する。
 
そして、
最悪のコンディションで臨んだ練習が、最悪とはやっぱり限らない。

もちろん「やらなければよかった、、、、」とあとでゲロゲロする日もありますが、笑

「ああ、頭で考えすぎて練習飛ばしすぎたな、無理しすぎたな」とか、
ちゃんと見つめれば、
やっぱりすべて自分の糧になる。
 
そんなことを繰り返していくうちに、
自分の嫌いなことがある
=1日がダメになる、ではない、と気が付いた。
 
そうすると、自分の好みではない事象があることが、ダメな日、と結びつかなくなった。

もちろん、運やバイオリズムを否定する、とか
私に運は関係ない!!いつでも私は絶好調♡
とかではなく。笑
 
ただ、波がある、という事実を受け入れられるようになった。
波が直視できるようになった。
波の下に恐怖する事がなくなった。
バイオリズムの中で、自分で在れることを知った。
 
もちろん、タイミングが悪いことが続いたり、
それらに対して
ゔあ〜〜〜〜ムキームキームキームキームキー!!
となることも多々ありますが、笑笑

単純に
『嫌なことがあった日=ダメな日』
『いいことがあった日=良い日』
としなくなった。
 
ついでに、
『波』というものがどこに行っても逃れられないものだと知った。
知った、というより、
諦めた、笑。
降参した、笑。

そして、ノートと感謝ワークが日常になってくると、
1日の終わりに
『今日の素敵な知らせは?』と自分に聞くと、
『素敵な知らせ』が全くない日はないのです♡


 
これは、毎日のマットの上、そしてマットの外での自分の観察と、
『感謝ワーク』というフィードバックのたまもの。
これが、一つの『お稽古』だなあ、と感じています。
 
新しい習慣、視点、考え方。
それを自分の取り入れるには、お稽古が大事。
それを、身をもって体感しています。
 
毎日毎日マットの上で、昨日と今日はあまり代り映えしないように見えても。
細かく、丁寧に知覚していく。
そうすると、日々の『変化』に、必ず気づく。
 
気が付いたら、『運勢に振り回されない自分』がいました。

『運勢』に翻弄されるでもなく
『運勢』に対抗するのでもなく
『運勢』という波を眺めながら、その波に乗る。
波を読んで、人生を泳ぐ。
 
まだまだ未熟だけれど、そんな感覚が、自分のなかですくすくと育ってきています。