人間、年を取ると色々な症状が出てくるもの。まして多少の痴呆がある人は、周囲がよほど注意していないと、その症状がボケなのか、あるいは内臓疾患によるものなのかの区別がつきにくい。高齢者に多い「肝性脳症」も、そんな病気の一つだ。
■豊岡一志さん(仮名)のケース
父(79)は若い頃は大酒飲みで、60代前半で肝機能障害を指摘されました。5年前には肝硬変と診断され、それ以降は年齢的な衰えから量は減ったものの、毎晩何かしらのアルコールを口にしない日はありませんでした。
最近は痴呆が出始め、コミュニケーションはおおむね問題ないものの、物忘れは顕著になりました。昔のことは覚えているのに、新しい知り合いや、昨日や今日の出来事をきれいに忘れる感じです。
そんな数カ月前のこと、父が母に反抗するようになったのです。酒好きでも優しい性格で、特に母を怒鳴りつけたりすることは絶対になかった父が、声を荒らげて母を怒鳴りつけたり、口答えをするようになったのです。私も私の女房も驚きましたが、母は冷静でした。
「これはボケじゃない。何かおかしい!」
そう感じた母は、父が肝硬変の治療で通院しているかかりつけ医に相談。医師も不審に思い、脳のMRIなどの検査をしたところ、「肝性脳症」であることがわかったのです。
少し前に腹水がたまり出したので利尿剤を使っていたのですが、それが効きすぎていたらしく、尿として排出されるべき老廃物が脳に流れてトラブルを起こしていたというのです。
たまたま早期で見つかったからよかったものの、放置すれば昏睡(こんすい)に陥り、そのまま肝不全で命を落とすこともあると聞き、冷や汗が出てきました。
ひと月ほど入院して点滴治療を受けた父は、痴呆の症状はそのままですが、以前の「母には優しい父」に戻っていました。
怒鳴りつけられながらも、「ボケとは違う」と感じて医師に相談した母の冷静さに、夫婦の絆を感じさせられた思いです。
■専門医はこう見る
キッコーマン総合病院(千葉県野田市)院長代理・三上繁医師
肝硬変になるとアルブミンという血清タンパクの濃度が低下します。すると血液が薄まって水っぽくなり、血管壁を通過して外に漏れ出してしまいます。この現象が脚などで起きると「むくみ」、おなかで起きると「腹水」となります。
肝硬変の人でアルブミンの値が落ちてくると、余計な水分を体内にためないようにするため利尿剤を使うことがありますが、その効果が強すぎると、血中の不要な物質が蓄積されて、その一部が脳にも流れていく。
そこで脳がダメージを受けるのが「肝性脳症」です。
初期症状としては「ちょっとリアクションがおかしい」「話がかみ合わない」といった感じで、これは痴呆の症状に似ています。
これが進展すると命に関わる状態になるので、豊岡さんのお母さんが見抜いたのは見事としか言いようがありません。
もう一つ特徴的な症状に「羽ばたき震戦」といって、手の先がピクピクと震えるものがあります。
肝機能が悪い人が利尿剤を使った後、急に性格が変わったり、手の先の震えが見られる時は、すぐに主治医に相談して下さい。特に痴呆の症状がある人は、その判別が難しいので、注意深い観察が不可欠です。
頻発する地震や竜巻など近ごろ大災害の懸念が尽きない。災害時の被災者に注意が呼びかけられているのが、強烈な精神的ストレスによって誘発される「たこつぼ心筋症」と呼ばれる病気だ。災害時以外でも起こる場合があるので注意しておこう。
■心臓の形がタコツボ
たこつぼ心筋症という病名は、心臓の動きが悪くなり、心臓の根元がくびれて「たこつぼ」のような形になることからつけられたものだ。
原因について、内科・循環器内科「さかい医院」(川崎市)の堺浩之院長は「突然、強いストレスがかかるとカテコールアミンなどの興奮に関係するホルモンの分泌が一気に増加する。自律神経が極度に興奮することで心臓の筋肉の一部が動かなくなると考えられています」と説明する。
心臓が収縮しにくくなり、血液を送るポンプ機能が低下するために胸の痛みや圧迫感などの心筋梗塞に似た症状が現れるのだという。
■閉経後の女性に多い
この病気は、1990年に日本で初めて報告され、2004年の新潟中越地震の時、多く発症したことで注目された。東日本大震災でも発症例が報告されたが、まだ解明されていない部分が多いのが現状だ。
症例報告からみた発症しやすい人の傾向について、堺院長は「中高年女性に多い」と話す。
「年代は男女とも60歳代後半が多いが、全体の8割は閉経後の高齢女性が占めている。これもエストロゲンなど女性ホルモンの分泌と何らかの関係があるのではないかとみられています」
他にも発症は「夏、朝に多い」傾向の報告もあるという。
■災害時以外でも発症
ただし、発症は災害時ばかりとは限らない。通常の日常生活でも強烈なストレスを経験すれば誰でも起こる可能性があるから要注意だ。
例えば肉親や友人の死、交通事故、激しい議論や口論、慣れない人前での講演など。また、ダイビングや激しい運動、病気の検査や手術など身体的なストレスでも起こる場合があるという。
堺院長は「発症前48時間以内に約70%が大きなストレスを経験。女性は心因的、男性は身体的なストレスが引き金になりやすい」と指摘する。
発症しても、一般的には入院して治療することで1-2週間で心筋の機能が回復するケースが多い。だが、不整脈や心不全によって突然死を招く恐れもあるので自己診断は禁物だ。
堺院長は「特に持病がある人は、我慢しないで必ず受診することが重要です」と忠告する。
■「たこつぼ心筋症」の概要
【症状】胸の痛み、胸の強い圧迫感、呼吸困難
【きっかけ】災害時、肉親や友人の死、激しい口論など
【原因】突然の強烈なストレスにより、心臓の筋肉の一部が収縮しにくくなり、起こる
【治療】ストレス要因の除去と安静が重要
【予後】多くは2週間以内に改善するが、重症では不整脈や心不全などで死亡の恐れもある
汗をかく夏季はトイレ(尿)の回数が減る。しかし、50歳を過ぎて朝一番の尿の出が悪く、息まないと尿が出にくいようなら、前立腺肥大症の疑いがある。老化現象と軽く考えていたら突然、尿閉で救急搬送ということも。十分、注意したい。
【酒や薬の作用で尿閉】
慶應義塾大学医学部泌尿器科の菊地栄次講師が指摘する。
「夏、大量にビールを飲み、尿意をもよおしてトイレに駆け込んだものの、少ししか出ない。徐々に膀胱がパンパンに張り、下腹部の痛みに襲われる。夜間の救急外来に運ばれて来る患者さんは珍しくありません」
これは前立腺肥大症を放置していて、“尿閉”を起こしたケースだ。
「アルコールの刺激とむくみで尿道の圧迫が一気に進むことがある。抗ヒスタミン剤や一部の風邪薬の服用でも同様なケースが起こりえます」
【夜中3回以上は注意】
前立腺は、膀胱の出口で尿道を取り囲むようにある直径約3センチの洋ナシ形をした男性特有の臓器。精液の3分の1を占める前立腺液を分泌する働きがある。
「50歳前後になると、分泌が減った男性ホルモンを前立腺が取り込もうとするため肥大すると考えられています」
肥大すると尿道が圧迫されて、尿が出にくい症状が現れてくる。
「出し切れない尿が膀胱に残り、その刺激で過敏になる。初期症状の多くは夜間頻尿から始まります。就寝中、3回以上トイレに起きるようになったら要注意です」
別項の症状が常時4つ以上なら、重症の前立腺肥大症が疑われ、尿閉を起こす恐れがあるので早めに受診した方がいい。
【手術は内視鏡で削る】
治療の第一選択肢は内服薬。即効性があり、前立腺の緊張をゆるめる「α1ブロッカー」が基本。半年飲むと前立腺の肥大が25~30%縮小する「5α還元酵素阻害剤」を併用する場合もある。他にも、抗男性ホルモン剤や生薬がある。
「薬が効かず、生活に支障をきたす場合には手術を検討します。尿閉や尿路感染を繰り返す、腎機能低下や腎不全、膀胱結石や血尿がある場合には手術を勧めます」
手術の主流は、尿道から内視鏡を挿入して前立腺を削り取る「経尿道的前立腺切除術(TURP)」。慶應大をはじめ施設によっては、内視鏡で前立腺の外側(外腺)を残して中身(内腺)だけを丸ごとくり抜く「経尿道的前立腺核出術」を行っている。
「排尿障害には前立腺がんが隠れている可能性もあります。夜間頻尿が続くようなら早めに受診してください」
【前立腺肥大症を疑う主な症状】
★就寝中に3回以上、トイレ(尿)に起きる
★排尿後、残尿感がある
★排尿後、2時間以内にまたトイレに行きたくなる
★尿が何度も途切れる
★尿の勢いが弱くなった
★尿を我慢できない
★尿をし始める時に、お腹に力を入れないと出ない
■親が認知症になる前にしておくべきこと
中高年になり、親が認知症になることを心配している人も多いだろう。認知症になって大変なのは介護だけではない。お金のことについては事前に対策が必要だ。たとえば銀行口座から預金をおろせず困ることがある。生活費や介護費が必要な場合でも預金は引き出せない。認知症になってから慌てないために、あらかじめ対策をしておくべきことととは?
●口座から預金をおろせなくても困らないか確認する
実は口座の名義人が認知症になったことを銀行が知ると、その口座の取引は制限されて預金を引き出せなくなる。本人や家族でも預金はおろせない。法定後見制度を使えば預金を引き出せるが、裁判所で行う手続きに3~4ヵ月ほどかかる場合がある。預金を引き出せない間、子が親の生活費を立て替えるだけのお金があるか、事前に確認しておきたい。
また両親がどんな認知症対策をしているのか、子も共有しておけば、仮に親が認知症になっても対処しやすくなる。たとえば両親それぞれの名義の口座に資金を分けて、一方が認知症になり預金がおろせなくなっても困らないようにしているか、確認してみよう。
●認知症になる前に利用できる制度の活用を検討する
親が認知症になったときに子が代わりに財産を管理できるように、親が元気なうちに検討しておきたいのが任意後見制度や家族信託の活用だ。親が認知症になった後だと、任意後見制度や家族信託は利用できない。
任意後見制度では万が一認知症になったときに自分の財産の管理を任せる人を事前に指定でき、家族信託では元気なうちから信頼できる家族に財産を託して管理を任せられる。
また銀行によっては、事前に代理人を指定すると本人が認知症になったときに家族が預金を引き出せる場合がある。
こんな夫婦は「熟年離婚」する?50代夫婦がチェックすべき3つのNG行為
■看護師に聞いた!認知症の人にかけてはいけない言葉
家族が認知症になった……頭では分かっていても、これまでできていたのにという気持ちが先行してしまうため、どうしても理解しにくいものだ。イライラしてキツイ言葉を投げかけてしまうことも……。ここでは認知症の人にかけてはいけない言葉を、元看護師に取材した。
●物忘れを責める言葉
認知症症状が進み、ご飯を食べたことも忘れてしまう80代の女性。ご飯を食べた直後でも四六時中食べてないと言い張る。面会に来た家族が、「さっきご飯食べたでしょ!」と何度も伝えるが、話は平行線。最後には喧嘩になり、帰ってしまう。患者はさっきまでいた家族が帰ってしまったことが理解できず、看護師に何度もどこに行ったのかと聞き、寂しそうにしていたという。こんな人が「老後破産」する!破産する人の現役時代、3つの特徴
●無理だと決めつけたり焦らせたりする言葉
徘徊がひどい80代女性は、排尿後もすぐに尿意を訴え、1日に何十回もトイレへ。歩行が不安定のため、その都度ナースコール対応でトイレ介助が必要な状態だが、ほかの業務が立て込んでいると毎回付き添うのは困難だ。族が付き添いを担当してくれた際、ずっと付き添わなくてはならず徐々にイライラが募った様子……。「さっきもったでしょ!」「行ってもどうせ出ないんだから!」と喧嘩に発展。
しかし、否定されるほど尿意を強く訴えるようになってしまった。
文/編集・dメニューマネー編集部
睡眠の質を高めるには、規則正しい生活や運動習慣、夜にはスマホやパソコンを見ない、朝、太陽の光を浴びるなどさまざまな方法がある。さらに加えたいのは、15分ほどでできる「筋弛緩法」だ。不眠症患者にこの方法を指導する東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科の岡島義(いさ)准教授に聞いた。
睡眠は、「量」とともに「質」も重要だ。睡眠不足が続くと、高血圧、糖尿病、肥満、うつ病などのリスクが高くなる。日中の仕事や勉強のパフォーマンスが落ち、事故を起こしやすくなる。アルツハイマー型認知症の発症に関係していることも指摘されている。
筋弛緩法は、不眠に対する認知行動療法のひとつ。正式には「漸進的筋弛緩法」といい、1930年代に米国の神経生理学者が考えたリラクセーション法がもとになっている。岡島准教授が言う。
「緊張とリラックスはてんびんの関係になっています。筋弛緩法は体に力が入っていることを自覚し、その力を抜き筋肉をリラックスさせる方法。海外の研究になりますが、筋弛緩法で寝つきと睡眠の質が改善されることが証明されています」
24~79歳の慢性不眠症患者50人(男女の割合は半々)を対象にした筋弛緩法の研究では、4週間後、寝つきにかかる時間が63分から28分に減少し、睡眠時間は5.3時間から6.2時間へと長くなった。最大7点の熟睡感は、3.3点から4.9点へと上昇した。
■操り人形になったイメージで
やり方は別項の通り。寝る前に一通り行う。途中で眠くなったら、中断して眠っていい。就寝前に加え、日中にもできれば理想的だ。日中の場合は、どれかやりやすいものを一部抜き取ってやってもOK。「操り人形になったイメージで行うとやりやすい。
体が糸で引っ張られている状態、糸が切られて力がストンと抜ける状態を意識してください。最初は誰かに腕を持ち上げてもらい、それに体を委ね、ストンと落としてもらうようにして、体の力が抜ける感覚をつかむのもいいかもしれません」特に、「昼間の緊張が抜けない」「日中の出来事をいろいろ考えてしまう」「ストレスが強い」といった人に効果が期待できる。
■ストレスフルの人に特にお勧め
「筋弛緩法には即効性の効果と持続的な効果があります。筋弛緩法を行うとすぐにリラックスできます。それは時間の経過とともに元に戻ってきてしまいますが、筋弛緩法を継続して行うことで、リラックス感が深くなり、戻りも弱くなります。持続的な効果を目指し、まずは1週間続けて行ってください」
睡眠の質が改善するだけでなく、血圧の低下、緊張性頭痛の改善、イライラ解消、集中力向上などの効果もみられている。わずか15分。今夜から取り入れてはどうだろう。
■力を入れて抜く筋弛緩法
【準備】
静かな場所で椅子に座り、アクセサリー、ベルト、時計などは外す。
【筋弛緩法】
体のさまざまな部位に順番に「力を入れて、抜く」。力を入れる時間は5秒ほど、抜いた後の時間は20秒ほど。
①手のひらを握り、力を抜く②こぶしを握り肘をぐっと曲げて脇を締め、太ももにストンと落とす③背筋を伸ばし頭をゆっくり下に傾ける。次に顔を上げ天井後方を見る。顔を正面に戻し、頭を左右にストンと傾ける④肩をすくめるようにして上げ、落とす⑤肩のリラックス(④)と腕のリラックス(②)を組み合わせて行う⑥ペンギンのようなイメージで腕を後ろに引き、胸とお腹を前に突き出し、ストンと力を抜く⑦両手を重ねておへその下に当て、息を口から「ふーっ」と吐き出し、鼻から吸う。息を止め、手でお腹を押し、それを止めるように腹筋に力を入れる。苦しくなったら、息を吐くのと一緒にふーっと力を抜く⑧椅子に深く腰掛け、両膝をつけて脚を伸ばし、つま先は手前に向け、その後、足の力をストンと抜く⑨背もたれに寄り掛かって座り、②④⑧を同時に行う。
【役に立つオモシロ医学論文】
否定的な感情から意識をそらすことは、抑うつ症状の緩和に効果的です。その意味で、旅行は抑うつ症状の改善が期待できるかもしれません。これまでに報告されている研究でも、旅行に行く機会の多い人は、生活の満足度が高いだけでなく、前向きな気分と関連していることが報告されています。
一方で、旅行に行くことができる人は、そもそも生活の満足度が高く、うつ病を患っている人も少ない可能性を指摘できます。そんな中、旅行とうつ病リスクの関連性について検討した研究論文が、精神医学の専門誌に2022年8月10日付で掲載されました。
この研究では、韓国に在住している8524人(平均63歳)が対象となっています。研究参加者は、過去1年間に旅行をしていない人と、少なくとも1回の旅行をした人に分けられ、うつ病の発症リスクが比較されました。なお、研究結果に影響し得る年齢や性別、就労状況、世帯収入などの因子について、統計的に補正して解析しています。
その結果、過去1年間に旅行をしていない人では、少なくとも1回の旅行をした人に比べ、翌年にうつ病を発症するリスクが1.7倍、統計的にも有意に増加しました。また、うつ病を患っている人では、うつ病を患っていない人に比べて、旅行しない可能性が約2倍、統計的にも有意に増加しました。
コロナ禍においては、感染リスクの観点から旅行を控えた方も多いと思います。ただ、旅行をしないこともまた、精神的な健康状態に悪影響を与える可能性が示されています。論文著者らは「旅行をしない人では、抑うつ症状の悪化に注意すべきであり、うつ病患者やうつ病のリスクが高い人にとって、旅行は有益である」と結論しています。
(青島周一/勤務薬剤師/「薬剤師のジャーナルクラブ」共同主宰)
一般的に、「外科手術」「抗がん剤などの化学療法」「放射線治療」が、がんの3大療法とされている。中でも近年注目されているのが、放射線治療のひとつ「陽子線治療」だ。
これまでは、小児がん、前立腺がん、頭頸部がん、骨軟部腫瘍といったごく一部のがんにしか保険治療が認められていなかったが、2022年4月から新たな4疾患に対して適用が拡大された。「南東北がん陽子線治療センター」(福島県郡山市)の村上昌雄センター長に詳しく聞いた。
がんの標準治療のひとつである放射線治療は「X線治療」と「粒子線治療」に分けられる。粒子線治療は、さらに「重粒子線治療」と「陽子線治療」があり、とりわけ陽子線はメリットが大きいという。
「陽子線は、最も軽い元素である水素の原子核を光の速度の7~8割くらいまで加速してエネルギーを高めたものです。人体に照射すると、エネルギーを減らしながら体の中を進んでいき、消滅する寸前に放射線量が最大になる『ブラッグ・ピーク』という性質があります。
陽子線治療はこの性質を利用したもので、消滅する寸前の場所にがん(腫瘍)を合わせることで、がんのDNAを破壊します。また、陽子線はブラッグ・ピーク後は停止するため、がんの後方にある正常組織には照射されません。陽子線治療は、がんにはより多い線量を照射でき、正常組織には最小限の線量しか当たらない。治療の効果が高く、副作用が少ないという大きなメリットがあるのです」
従来の放射線治療で使われるX線は、放射線量が最大なのは体の表面近くで、体内を進むにつれて減少する。そのため、体の奥深いところにがんがある場合は一方向の照射だけでは治療が成り立たない。また、がんに到達する前も通過した後も正常組織にダメージを与えてしまうので副作用のリスクが高くなるという弱点がある。
冒頭でも触れたように、陽子線治療は2022年4月から保険適用が拡大された。
加わったのは①肝細胞がん(長径4センチ以上のもの)、②肝内胆管がん(手術できないもの)、③局所進行性膵がん(同)、④局所大腸がん(手術後に再発したもの)の4疾患で、X線などほかの治療と比べて有効性と安全性のメリットが大きいと認められたからだという。
■膵がんで生存率が2倍に
「たとえば手術できない局所進行性膵がん(ステージ3)では、標準治療とされる抗がん剤の単独療法における生存期間の中央値はおよそ10カ月です。それが陽子線治療では約20カ月、平均的な生存率が2倍に延びることがわかっています」
膵がんの場合、手術でがんを切除できるなら、その方が生存率が延びるとされている。
「膵臓は胃の裏側に位置していて、十二指腸などの消化管が近い場所にあります。それらの消化管に高線量の陽子線を照射すると、潰瘍ができたり臓器に穴が開いてしまうリスクがあるため、線量を控えなければなりません。
そのため手術でがんを切除できるなら、そちらを選択した方がよいとされています。当初は手術できないとされた患者さんが陽子線治療を受けた後にがんが縮小したことで、手術を受けられるようになったケースもあります。
ただし、手術できなくても、陽子線治療により5年以上生存する膵がんの患者さんが何人もいらっしゃいます。画期的な成果です」肝臓がんは手術ではなく、陽子線治療で十分に回復が見込めるという。
「今回、肝臓がんは4センチ以上のものが保険適用になりました。がんの大きさが7センチや10センチあって手術できない患者さんが含まれているグループで、腫瘍に
栄養を送る血管を塞ぐ塞栓療法と比較し、陽子線治療の方が予後が良いことが示され保険適用が認められたのです。4センチ未満の小さな肝臓がんに対しては、いまは先進医療として陽子線治療を実施していますが、成績について手術との比較が行われています。
その結果から、われわれ陽子線治療を行っている医師の多くは、肝臓がんに手術は必要ないと考えています」陽子線をはじめとした放射線治療の進歩により、これまでのような「手術できないから仕方なく放射線治療を受ける……」という発想は、なくなっているのだ。
「いま保険適用されているがんだけでなく、肺がん、食道がん、舌がんをはじめとする口腔内の扁平上皮がんなども、抗がん剤との併用療法を含めて保険適用のための臨床試験が進んでいます。今後はより多くのがんで、手術が第一選択ではなく、最初から陽子線治療を受けるという時代になってくるでしょう」
【役に立つオモシロ医学論文】
マスクを着用することは、ウイルス感染者からの飛沫(ひまつ)拡散を防ぎ、感染症の流行を抑えることができると考えられています。無症状や軽症例が多い新型コロナウイルスのオミクロン変異株では、多くの人がマスクを着用することで、感染リスクを減らせる可能性が高まります。
一方で、マスクの有効性を疑問視する声も少なくありません。日本では、マスクを着用する人が多いにもかかわらず、新型コロナウイルスの新規感染者が急増したことも、反マスク論に拍車をかけているようです。
新型コロナウイルス感染症の予防に対するマスクの効果については、2022年1月14日付で「サイエンス誌」(米国科学振興協会が発行している科学誌)に報告された研究論文が参考になります。
バングラデシュで行われたこの研究では、600カ所の村に在住している34万2183人が対象となりました。被験者に対してマスクの有効性に関する情報提供や、マスクの無償配布を行うマスク推奨グループと、マスクの着用に関して何も行わないグループに、村単位でランダムに振り分けられ、マスクの着用率や新型コロナウイルス感染症の発症割合などが比較されています。
その結果マスクの着用率は、何も行わないグループで13.3%、マスク推奨グループで42.3%と、マスク推奨グループで約3倍、統計的にも有意に増加しました。また、新型コロナウイルス感染症の症状があった人は、何も行わないグループで8.6%だったのに対して、マスク推奨グループで7.63%と、統計学的にも有意に低下していました。
論文著者らは「マスク着用の推奨とマスクの無償配布は、新型コロナウイルス感染症を減らすための実用的かつ効果的な方法」と結論しています。
(青島周一/勤務薬剤師/「薬剤師のジャーナルクラブ」共同主宰)
加齢とともに気になるシワやたるみ、くすみ。その原因の一つが「糖化」です。
余分な糖がタンパク質などと結びつき、肌や血管、臓器を老化させる物質を生み出す現象で、一度進むと元に戻すのは困難です。ただし、食事や運動、休養、ストレス管理を見直せば進行を遅らせ、見た目や体調の改善が期待できます。
この記事では、糖化の仕組みや影響、原因となる習慣、予防・改善に効果的な食べ物や運動法、チェック方法まで詳しく解説します。
そもそも糖化とはどういう現象?わかりやすく解説
糖化とは、体内の余分な糖がタンパク質や脂質と結びつき、AGEs(終末糖化産物)と呼ばれる劣化物質(老化を進める物質)を作り出す現象です。特に、血糖値が高い状態が長く続くと、この反応は進みやすくなり、AGEsが体にどんどん蓄積してしまいます。
AGEsは、言うなれば体の「コゲ」です。焦げたトーストと同じで、体も一度焦げてしまうと元には戻りません。
糖化は、肌や血管、臓器の構造を変化させ、機能を低下させる原因の一つです。
似た老化現象に「酸化」があり、こちらは活性酸素によって細胞や組織が傷つく現象です。糖化と酸化は原因は異なりますが、互いに作用し合い、老化を加速させます。このため、糖化を抑えることは美肌づくりだけでなく、健康寿命を延ばすためにも重要です。
糖化が引き起こす症状 美容・健康への影響
糖化によって生成されるAGEsは、全身の組織に蓄積し、さまざまな老化現象や不調を引き起こします。一度進行した糖化を完全に元に戻すことは難しいものの、生活習慣の改善で進行を遅らせ、見た目や体調の改善を図ることは可能です。
美容面では、コラーゲンやエラスチンが硬くもろくなることで肌の弾力が低下し、シワやたるみが目立ちやすくなります。また、AGEsの色素によって黄ぐすみやくすみが生じ、肌の透明感が失われます。さらに、肌のターンオーバーが乱れて乾燥や肌荒れが長引く傾向があります。
この夏、日本を過去最大級のエルニーニョ現象が襲う…「猛暑・大雨・台風」のトリプルパンチが引き起こす「命の危機」への備えを気象予報士が徹底解説
今年の夏は「猛暑・大雨・台風」のトリプルパンチとなりそうだ。今年はエルニーニョ現象が発生しており、過去最大級となる可能性もある。さらにインド洋でも「正のインド洋ダイポールモード現象(IOD)」が発生する可能性があり、二つの海洋現象が重なることで、異常気象が引き起こされるおそれもある。
似た構図は、記録的な猛暑となった2023年にもみられた。この年も世界各地で異常な高温や天候不順が相次いだ。今年も厳しい暑さに加え、大雨や台風の影響が重なれば、被害は熱中症や災害だけにとどまらない。国産野菜や輸入食品の価格、冷房による電気代の増加など私たちの食卓と家計を直撃する可能性がある。
過去最大級のエルニーニョ発生か 今夏も記録的猛暑のおそれ
今年も、記録的な猛暑となる可能性がある。気象庁の3か月予報では、7〜9月の平均気温は東〜西日本と沖縄・奄美で平年より高い見込みだ。また、北日本も平年並みか高い予想となっている。近年は予報で「高温」とされていても、実際には従来の平年を大幅に上回るケースが珍しくない。
2025年夏の日本の平均気温は、統計を開始した1898年以降で最も高くなった。2023年と2024年も、それまでの最高記録に並ぶ暑さだった。つまり日本は、3年連続で記録的な猛暑に見舞われたことになる。今年も高温となれば、もはや猛暑は「異常な夏」ではなく、毎年のように警戒しなければならない現象になりつつある。
(3か月予報(気温) 提供:ウェザーマップ)
そこへ重なるのが、エルニーニョ現象だ。気象庁は、2026年春からエルニーニョ現象が発生しているとみられ、秋にかけて続く見込みを100%としている。エルニーニョの強さを示す指数予測や海外機関の見通しをみると、今後さらに発達し、過去最大級となる可能性もある。
ただし、エルニーニョが発生すれば、必ず日本が猛暑になるわけではない。一般的にエルニーニョ時の日本の夏は、太平洋高気圧の張り出しが弱く、気温が低くなる傾向もある。それでも今年、高温が予想されているのは、地球温暖化によって気温の土台そのものが上がっているためだ。かつての「エルニーニョ=冷夏」という経験則は、もはや単純には当てはまらない。
(各月のエルニーニョ監視海域の監視指数(海面水温の基準値との差)の5か月移動平均値が各カテゴリーに入る確率(%) 出典:気象庁)
エルニーニョと正のIOD 2023年にも起きた同時発生
今年は太平洋だけでなく、インド洋の海面水温にも注目が必要だ。海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、夏から秋にかけて「正のインド洋ダイポールモード現象(IOD)」が発生する可能性を示している。正のIODとは、熱帯インド洋の西部で海面水温が平年より高くなり、インドネシアに近い南東部で低くなる現象だ。
数年に一度の頻度で発生する自然な気候変動だが、東西の水温差によって大気の流れが変化し、世界各地の天候に影響を及ぼす。一般に、インドネシアやオーストラリアでは雨が少なくなる一方、東アフリカでは雨が多くなる傾向がある。
エルニーニョと正のIODが同時に発生すること自体は、決して珍しくない。ただ、注目したいのは、記録的な猛暑となった2023年にも二つの海洋現象が同時に発生していたことだ。この年、日本の夏の平均気温は当時として過去最高を記録し、世界各地でも記録的な高温や干ばつ、大雨が相次いだ。
もちろん、今年も2023年と同じ天候になると決まったわけではないが、今年も太平洋とインド洋で2023年と共通する海面水温の変動が予測されていることは、今後の天候を考えるうえで見過ごせない。
(正のIODの模式図 出典:気象庁)
猛暑だけではない 大雨・台風リスクも高まる
今年の夏に警戒すべきなのは、猛暑だけではない。気象庁の3か月予報では、6〜8月の降水量は全国的に「ほぼ平年並み」とされているが、北〜東日本の太平洋側と沖縄・奄美では、多雨となる確率が40%とやや多雨側に傾いている。夏全体の降水量が平年並みでも、災害級の大雨が起きないとは限らない。短期間に雨が集中したあと、晴天と猛暑が長く続けば、期間を通した雨量は平年並みに収まることもある。高温によって大気中の水蒸気量が増えたところに前線や台風が重なれば、危険な大雨の増加や激化につながるおそれがある。
(3か月予報(降水量) 提供:ウェザーマップ)
台風の動向にも注意が必要だ。典型的なエルニーニョ時には、積乱雲の活動域が太平洋中部へ移り、フィリピン付近では対流活動が弱まる傾向がある。ところが今年は、正のIODの発生も予測されている。正のIODに伴ってモンスーン西風が強まると、フィリピンの東海上では暖かく湿った空気が集まり、積乱雲の活動が活発になりやすい。
気象庁の予測でも、今夏はフィリピンの東から太平洋中部にかけて、積乱雲の発生が平年より多いとみられている。この海域は台風の主要な発生域でもある。大気下層の低気圧性循環も強まる予測で、台風の卵となる熱帯擾乱が生まれやすく、台風活動が活発になる可能性がある。
(7〜9月の大気の特徴 出典:気象庁)
高騰する国産野菜と輸入食品 食卓への影響は
こうした猛暑や台風は、食卓にも影響する。まず注意したいのが国産野菜だ。レタスやキャベツなどの葉物野菜は、高温で品質や収穫量が低下しやすい。トマトやきゅうり、ピーマンなども、暑すぎると花が落ちたり、実がつきにくくなったりする。
実際、猛暑の影響が大きかった2023年には、東京都区部のキャベツ価格が平年を大きく上回り、一時は前年同月比で3〜4割程度高くなった。猛暑に台風による農作物の損傷や物流の乱れが重なれば、スーパーに並ぶ野菜の量が減り、価格が急上昇することも考えられる。
影響は国内だけにとどまらない。エルニーニョが発生した2023〜24年には、アジア各地で干ばつへの懸念が強まり、国際市場で砂糖価格が上昇した。FAOの砂糖価格指数は2023年9月に前年同月比で約48%高い水準となっている。
正のIODが発生すると、インドネシアやオーストラリアでは雨が少なくなる傾向があり、2019年にはオーストラリアの小麦生産量が前年から約1割減少した。海外の農作物価格が上がれば、円安や輸送費も重なって、パンや菓子、食用油、コーヒーといった身近な商品の価格にも時間差で波及する。
冷房なしでは過ごせない夏 電気代の負担も増加か
食費とともに家計を圧迫しそうなのが、電気代だ。猛暑が長引けば、エアコンを使う時間が増えるだけでなく、外気温が高いほど室内を冷やすために多くの電力を消費する。政府は2026年7〜9月使用分の電気・ガス料金を支援することとし、標準的な家庭では3か月で計5000円程度の負担軽減を見込んでいる。ただ、記録的な猛暑となれば、支援による値下げ効果の一部が、冷房使用量の増加で相殺される可能性もある。
とはいえ、電気代を惜しんで冷房を控えるのは危険だ。2025年の5〜9月に熱中症で救急搬送された10万510人のうち、発生場所が「住居」だった人は3万8292人と、全体の38.1%を占めて最も多かった。自宅だから安全とは言えない。特に高齢者は暑さを感じにくく、節電を優先して冷房を控えることで重症化するおそれもある。節電は無理のない範囲にとどめ、命を守るためにエアコンを適切に使うことが大前提となる。
(出典:消防庁「令和7年(5月〜9月)の熱中症による救急搬送状況」をもとに筆者作成)
「遠い海の現象」が家計を直撃する
エルニーニョや正のIODは、太平洋やインド洋で起きる一見遠い現象だ。しかし、その影響は大気の流れを通じて日本の猛暑や大雨、台風となって現れ、やがて野菜売り場や毎月の電気料金にも及ぶ。もちろん、現時点ですべての食品が値上がりし、台風が相次ぐと決まったわけではない。
だが、記録的な暑さに天候不順が重なれば、農作物の生育や物流、エネルギー消費が同時に揺さぶられる可能性がある。今年の夏は、気温や降水量だけを見ていては足りない。二つの海洋現象が日本の天候をどう変え、その影響が食卓や家計へどう波及するのか。遠い海の変化を、暮らしに直結するリスクとして注視する必要がある。






