今、再掲載にあたって、当時は書けなかったことを記しておく。
この文章には、私の本心を、そのまま書くことができなかった。
それでも、その一端は、言葉の間に現れていると思う。
2010年12月24日、クリスマス・イヴ。
今も忘れることのできない電話を、私は二条城の前から、件の男にかけた。
大金を詐取されたのではないか。
その疑いを抱いていた私にとって、この電話は、男の言っていることが嘘であるという確信を、100%に近いものにした。
私は、生まれて初めて、自分の心が真っ黒になるのを感じた。
「信じる気持が揺らぐ時が、私の様な人間は、一番、辛い…」
当時、私は、そう書いた。
その言葉の奥にあったのは、この出来事だった。
以下は、その本心を書けないままに綴った、当時の文章である。


2010-12-25
12月24日の半分はクルシミマスだった…。
ヴィトゲンシュタインと私の人間的な類似点…不意打ちに弱い。
決定していたことが、突然変わったり、予想外の質問をされると、ストレスを感じる。
たいがいの事には、インビクタスだが、…そう言えばマンデラも、嫁さんだけは、統御できなかった…
嫁さんに対してはインビクタスではなかった。
虎次郎も、女に対してはインビクタスではなかった。
信じる気持が揺らぐ時が、私の様な人間は、一番、辛い…
その様な時はインビクタスではない。
若い時なら、片思いの苦しみ=「とらさん」の苦しみ。
ビジネスマンになったら、似たような苦しみを、読者諸兄も、数々、味わって来たと思う。
そもそも、朝から変な具合だった…
くりきんとんさんに、京都散策へ誘いの電話をしたら、彼女も、今日は変な夢をみたのだそうだ…
空中に浮かされている変な夢だったと、分らない事を言っていた…いずれにしても、今日は寒いから、と。
それで、午後一に、一人で京都に向かったのだが、滅多にない事なのだが、心に暗雲が垂れこめた様な、
これではクルシミマス。
京都駅に着いて、目的地を決めた…この間から、ずっと、気になっていた二条城の庭は…小堀遠州作であると…
前章の、ネットの労作に教えられたから、行かねばならないと思っていたのだが…
目指して行った訳ではなかった。
行って、ほんとうに良かった。
何故?
二条城は別格と言うだけではなく、私の、第二章に、ストレートにつながった。
あなたが、決して読んだ事のない、凄い文章が、書かれるでしょう。
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…それこそ、読むべき言葉だと、私は確信している。
写真は、gooで、観て下さい。
帰り道、本当に驚いた…
この季節、私が大好きな南天が、徳川家康に相応しいスケールで…外堀沿いの生け垣が、全て、南天なのである。
全てが…天下を統一した、本物の統治者であることを表現している…
そのことだけでも日本の宝物だろう。
この寒さの中でも、沢山の人が訪れていた…
韓国の人が、とても多かった。
日本人の気宇壮大さと、凛々しさと、類稀な、美意識を知ってもらうのに、二条城以上のものがあるだろうかと思う。