麺s’ジャーニーのブログ -7ページ目

さよなら「マーカ・テンドー」逝く

先日闘病生活をしているマジシャン「マーカ・テンドー」の事を書いた。


あれから数週間しか経ってないのに・・・





虹の国へ旅立ってしまった。





マジシャンなんだから復活させるのは得意なはずなのに、なんで肝心な時に復活に失敗するんだ!!



そこが「マーカ・テンドー」らしいか??





痛みから解放されて良かったね、ゆっくり休んでください。




<合掌>

さよなら忌野清志郎!!

ほぼ同級生だった。

デビュー間もない頃、渋谷にあったフォーク喫茶「青い森」で一緒のステージで歌ったことをが思い出だ。


思えば「青い森」では多くのミュージシャンと一緒のステージに立った。

当時の「RCサクセション」は完璧に3人組フォークグループだったね。
特にケバイ風貌でもなく、のんびりした感があったね。


いつの間にかロック寄りになっていき、虹の国に行く前には日本のミック・ジャガーと呼ばれた。


日本のミック・ジャガーで良かったのか??

アーティストやタレントは、必ず「日本のだれそれ・・・」と評される。
これって可笑しいよ。


だってマネしてる訳でもないじゃん。
キヨシローはキヨシロー!!

それで良いじゃん、文句あっか!!!!!

知り合いのマジシャンが・・・

世界的なマジシャン「マーカ・テンドー」が、食道癌で入院している。


知り合ってから、かれこれ20年以上になる・・・


わたしにとっては弟みたいな存在である!と言っても過言ではない。



なんとかならないのか??



かれこれ四半世紀前に初めて会ったテンドーを思い出す。
その時期は、いろいろな所に営業に行った。

それから何度も仕事をしてもらった。
我が家の息子の小学校へはボランティアで来てくれた・・・
パフォーマンスを見た小学生は、初めて見るマジックに釘付けだった。

そのとき、何十人か忘れたがサインを求めた。
嫌な顔せず「このサイン、中本さんが考えてくれたんですよ・・・」と。
そういえば、これからサインも必要になってくるだろうと考案したサイン。
その時のサインをずっと使い続けてくれていた。

わたしにとっては弟のような存在だ。

元気な頃に頼んだ最後の仕事は去年マンダリンオリエンタル東京でのパーティーだった。
年に何度かテンドーじゃなきゃダメという仕事がある。



順番が違う!!
まだ早すぎる。

復活しろ!!
マジシャンなんだから・・・