草刈正雄 さんの苦悩
昨日、NHK『ファミリーヒストリー』で俳優 草刈正雄 のルーツが報じられました。 ↓
草刈正雄「朝鮮戦争で戦死した」はずの父が10年前まで生きていた 衝撃の事実に涙「長い間の謎がすべてとけた」|ORICON NEWS|Web東奥 (toonippo.co.jp)
1.父親
「朝鮮戦争で死んだ」と母親に言われていた父親が、実際は10年前まで(83歳)生きていたことがわかりました。
草刈さんは、何もコメントできませんでしたが、その心中 痛い程伝わってきます。
父親が生きていたなら、なぜ、草刈母子に会いにきてくれなかったのか!?
父親は、ドイツ人と結婚していたことも判明。
つまり、草刈母子は「父親に見捨てられた」ということです。
草刈正雄にとっては、父親は朝鮮戦争で死んでいてくれた方がよっぽど精神的に良かったことでしょう。
母親が、父親のその後のことを知らずに亡くなった(2010年)のは せめてもの救いです。
2.偏見・差別
米兵との混血児である草刈は、少年時、差別を受け続けました。
3.母子家庭・貧困
母子家庭で、貧困をよぎなくされました。
4、母親
草刈にとって、唯一の救いは、母親がいてくれたことです。母親が必死になって、草刈を守ってくれました。
一方、終戦直後、混血児は、母親にも見捨てられるケースがしばしばありました。混血児がいるとその後の人生が難しいということで、子どもを捨てる母親がいたのです。
そうなると、子どもは「自分が何者か?」がわからない。その後、非常に数奇な人生を送ることになります。
『ボーイズ タウン』 ↓
ぼくらは戦後生まれの戦友だった ボーイズ・タウンの子どもたち - 記事 | NHK ハートネット
5.DNA
草刈正雄さんが恵まれていたもう1つは、優れたDNAをもっていたことです。
そのため、17歳でモデルになりその後俳優になり、経済的にも恵まれていきました。
母親孝行も充分にできました。
6.我々ができること
草刈正雄さんの人生に、日本社会は影響を及ばしています。
草刈さんは70歳ですが、まだ、心のどこかに苦悩をかかえているように感じます。日本社会にわだかまりがあるようにも見えます。
50年以上前に比べれば、日本社会は相当変化したとは思いますが、混血児に対しまだまだ「偏見・差別」があるのではないでしょうか?
以 上