明治憲法の問題点
(9月10日「敗戦の理由」の続き)
明治憲法(大日本帝国憲法)は、天皇にすべての権力を集中させていました。
そして、天皇以下の部署はすべて横並びでした。(普通の組織はピラミッド型)
当然、天皇1人では、全体を見ることはできないので、各部署に任せることになります。
その結果、全体としては意志決定中枢を欠いた組織となりました。
<行 政>
国の行政権。天皇に大権があり、国務大臣が輔弼(補佐)する体制。しかし、天皇自ら見ることはできないので首相に任せました。しかし、首相や内閣は明治憲法には規定されていない部署です。首相は国務大臣の首班ではあるものの、大臣と対等な地位でした。大臣の指揮監督権や任免権はありません。(天皇の権力を低下させないために、首相に権力を持たせていない。)
<統 帥>
軍隊の指揮権。天皇に大権があります。しかし、天皇自ら見ることはできないので、軍令機関(陸軍参謀本部・海軍軍令部)に任せました。
軍部を統括する部署はなく、陸軍と海軍は、それぞれ別個に天皇直属組織のため、対抗意識が強く、双方が意見を主張。しばしば戦力分散型の戦略(予算も均等)となりました。
言うまでもなく、内閣は軍部に関与できません。
<天皇の姿勢>
横並びの組織の場合、トップが積極的・能動的に統括すれば、それはそれである程度うまく統治できたのかもしれません。
しかし、昭和天皇は基本、受動的でした。最終決断さえ委ねていました。
①御前会議では、基本的に、意見を聞くだけで一言も発言しません。
②内閣や軍が、一致して言ってくることに対しては、天皇が違う意見であってもよろしいと認めていました。
従って、各部署は、他部署と意見が相違する場合は、双方が納得する妥協案を作成し、天皇に上奏しました。結果として、戦略性のない、あいまいな、力分散型の政策ばかりとなりました。
<まとめ>
一般に、トップの規律が緩やかだと、組織全体の規律も緩みがちとなります。そこに関東軍などが勝手なことをする隙があったと思われます。天皇に怒られると恐いですが、軍の上司に怒られるのはそう恐くもなかったことでしょう。
戦前の組織はバラバラで、組織力が不足していました。その元凶は明治憲法です。
以 上
明治憲法(大日本帝国憲法)は、天皇にすべての権力を集中させていました。
そして、天皇以下の部署はすべて横並びでした。(普通の組織はピラミッド型)
当然、天皇1人では、全体を見ることはできないので、各部署に任せることになります。
その結果、全体としては意志決定中枢を欠いた組織となりました。
<行 政>
国の行政権。天皇に大権があり、国務大臣が輔弼(補佐)する体制。しかし、天皇自ら見ることはできないので首相に任せました。しかし、首相や内閣は明治憲法には規定されていない部署です。首相は国務大臣の首班ではあるものの、大臣と対等な地位でした。大臣の指揮監督権や任免権はありません。(天皇の権力を低下させないために、首相に権力を持たせていない。)
<統 帥>
軍隊の指揮権。天皇に大権があります。しかし、天皇自ら見ることはできないので、軍令機関(陸軍参謀本部・海軍軍令部)に任せました。
軍部を統括する部署はなく、陸軍と海軍は、それぞれ別個に天皇直属組織のため、対抗意識が強く、双方が意見を主張。しばしば戦力分散型の戦略(予算も均等)となりました。
言うまでもなく、内閣は軍部に関与できません。
<天皇の姿勢>
横並びの組織の場合、トップが積極的・能動的に統括すれば、それはそれである程度うまく統治できたのかもしれません。
しかし、昭和天皇は基本、受動的でした。最終決断さえ委ねていました。
①御前会議では、基本的に、意見を聞くだけで一言も発言しません。
②内閣や軍が、一致して言ってくることに対しては、天皇が違う意見であってもよろしいと認めていました。
従って、各部署は、他部署と意見が相違する場合は、双方が納得する妥協案を作成し、天皇に上奏しました。結果として、戦略性のない、あいまいな、力分散型の政策ばかりとなりました。
<まとめ>
一般に、トップの規律が緩やかだと、組織全体の規律も緩みがちとなります。そこに関東軍などが勝手なことをする隙があったと思われます。天皇に怒られると恐いですが、軍の上司に怒られるのはそう恐くもなかったことでしょう。
戦前の組織はバラバラで、組織力が不足していました。その元凶は明治憲法です。
以 上