前回、溜まった鬱憤の一部を吐き出したはいいが、その後少し気分が沈み込む。
─またか···
ある程度予想はしていた。
ここ十年来、他者に対して非難めいた感情を抱くと、その何割かが自分に返ってくる。
─他者への目線がキビしすぎないか?
 自分はどうなんだ?···
そうした自省の念に苛まれる。
今回は相手が権力層なのでそれほどでもないが、それでも似通った苦い思いが残った。

数日を経て都が発表した対応策は、不要不急の外出自粛の呼びかけと、飲酒をともなう飲食店の時短営業要請だ。
『GoTo...』については、『イート』は一時発券停止、『トラベル』は国が判断すべきとの考えを崩さなかった。
─やれやれ···
以前自分がとった不可解な中国支援は棚上げに、国内についてはいかなる状況であろうと筋論を押し通す。
自身の権勢を誇示するために、現政権に対立しているパフォーマンスのように感じるのは僕だけだろうか?
いずれにせよ、その対策には『緊急事態宣言』時からほとんど進歩がみられない。
都知事と氏を取り巻く連中は、半年もの時間をかけて何をしていたのだろう?
大方の飲食店はガイドラインに沿った感染対策を施し、経営規模の縮小を余儀なくされた中でなんとか持ち堪えている。
その上で感染が拡大していると言うなら、それは、新型ウイルスを侮った少数の店主と利用客によって引き起こされていると考えるのが自然だろう。
それらを排除する術が見つからないからといって、深夜帯の歓楽街を一括に扱うやり方は、防疫努力をしている市民を小馬鹿にしているとしか思えない。
都内の歓楽街の衰退は顕著だろう。
感染拡大の防止か、経済活動の再生か?
軸足に偏りがない対策がいつも功を奏すとは限らない。
強制権のない感染防止策など諦めて、経済と医療体制の強化に注力すべきじゃないのか?
素人考えなのは承知だが、あまりにも不合理で緩慢な危機対応にはイライラがつのるばかりだ。

今思えば、この時点で少し入れ込み過ぎていたかも知れない。

こうしたリーダー達の一人よがりに近い言動を避けるように日を重ねるが、胸の中のわだかまりは晴れない。
一度一線を踏み越えてしまった意識を、そこから切り離すことは難しくなっていた。
だが···
─オレに何の力がある?
何を喚こうが、所詮負け犬の遠吠えに過ぎない。
「正しいことをしたければ偉くなれ··· 」
昔観たドラマのセリフが浮かんできた。
─そうなんだ···
そうした努力をしてこなかったし、今更そんな人間になれるとも思えない。
もはや自分には、くちばしを挟むことも叶わない話なのだ。
いつものように、無力感がじわじわと忍び寄ってきていた。

もう何度も経験しているパターン···
いい加減、学習した方がいい。
─ただ文句を言ってるだけならいい···
それ以上踏み込むと、自分の手に負えない領域であることに思い至り、手痛いしっぺ返しに、無気力な状態まで押し込まれてしまう。
─身のほど知らず···
間違いなくそれに尽きる。
分かっていながら制御できない自分を省みた時、一つの性向が浮かんできた。
敬愛する作家、藤沢周平氏の作品に記されている『ど不敵』という性格である。

自我をおし立て、貫き通すためには、何者もおそれない性格のことである。その性格は、どのような権威も、平然と黙殺して、自分の主張を曲げないことでは、一種の勇気とみなされるものである。しかし半面自己を恃む気持ちが強すぎて、周囲の思惑をかえりみない点で、人には傲慢と受けとられがちな欠点を持つ。孤立的な性格だった。
──中略──
ど不敵の勇気は、底にいかなる権威、権力をも愚弄してかかる反抗心を含むために、ひとに憚られるのである。

積年に渡って抑圧されてきた「百姓が居直った姿」とも記されている。
勿論、藤沢氏が語るほどの忍耐を強いられたことのない自分に、『孤高』を標榜するほどの気概など持ち合わせているはずもない。
だが、そうした性格の片鱗のようなモノが自分の中には確かにある。
そのことに気づいたのは近年になってからだ。
元来備わっていたのかは分からないが、振り返ると、100名以上の部下を束ねる立場になって以降表面化したように思う。
かつて、上司に睨まれたり親会社に敵を作ったりもしたが、どうやらその一因はこうした性格によるものかも知れないと今になって思う。
─厄介だ。
 だけど···
たとえそうであっても、改めようという気持ちにはならない。
─それも自分···
そうした『自分』を満更でもないと思っている自分がいる。
とどのつまり、僕はどうあっても自分を否定しきることはないのだろう。

今日現在、国内の感染は拡大の一途だ。
僕の居住する市内では、連日10名前後の感染が確認されている。
遅れた対策がまだ効力を発揮してないのかも知れないが、危機が一歩一歩忍び寄って来るようでイイ気持ちはしない。

そうした中で、自分に出来ることをあらためて考えてみると、自身の感染予防を徹底することしかないと思い至る。
自分の力の及ばないことに思いを馳せ、悶々とストレスを溜めて自己の免疫力を低下させている場合じゃない。
自分自身がウイルスに罹患しないことは、確実に、医療従事者の負担を増やさないことになるはずだ。
─自分次第だ···
ようやくそう思えてきた。
免疫力を維持するためにも、自身の性向をコントロールしながら、ストレスレスの生活を心がけようと思った。

だいじょうぶだ。

※出典 : 「回天の門」藤沢周平著(文春文庫刊)