確か、高校最後の体育祭の前後だったと思う。
生徒専用の通用口の庇の上に足を投げ出して、グラウンドの向こうに広がる町並みが、ゆっくりと茜色に染まってゆくのをボンヤリ眺めていた。
傍らには誰か?
友人の一人が一緒だったと思うが、どうもハッキリしない。
おそらくTかN···
もしかしたら、同じクラスのKだったかも知れない。
部活が終わった後なのか、はたまた体育祭との兼合いで部活自体がなかったのか?
グラウンドに人影はなかった。
今となっては、僕等が何をしていたのかは思い出せない。
だが···
近くの窓から、部活の顧問Oに声をかけられた記憶は鮮明だ。
僕等は少し身構えたかも知れない。
僕等が足を投げ出し座っていた場所は、勝手に立ち入っていい所ではない。
校則に厳しいOに、咎められても仕方ないと思ったからだった。
「何をしてる?」
Oが問いかけた。
「もう終わっちゃうなぁって思って··· 」
足を投げ出したまま、そんな曖昧な応え方をした。
「そうだな···
残りわずかだけど、いい思い出をつくれよ。」
Oは励ますようにそう言うと、叱ることもなく立ち去った。
僕は、少し感傷的な気分に浸っていたように思う。
高校生活が残りわずかなことを、あらためて噛みしめていた。
残された大きな行事は卒業式くらいだ。
間もなく大方の者が受験準備に忙しくなる。
そうやって、僕らが皆で創り上げた一つの世界は、少しづつ変質しながら終わりを迎えるのだろう···
次第に暮色が濃くなってゆく風景の中で、そんな終わりの予感を打ち消すこともできずに佇んでいた。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』···
放映中のアニメを観るうち、そんな懐かしい記憶が蘇った。

第2クールの途中から観始めたので、登場人物達の人間模様に、どうもハッキリしない点が多い。
だが、周囲に迎合することが出来ず、アウトサイダー的な存在となっている、そんな男子高校生の成行きが気になって仕方ない。
自分の高校時代を思い出すと、対極にいるようなタイプだと思う。
もしかしたら、触れ合うことすらない間柄だったかも知れない。
だからなのか?
泥臭いやり方ながら真摯な向き合い方で、次第に周囲との関係を強めてゆくこの主人公に、少なからず羨望の念を抱いてしまう。
今更ながら、強い偏見から狭小な世界観しか持ち得なかったその頃の自分に、苦い思いがこみ上げてくるばかりだ。

物語は佳境を迎えている。
生徒会が新たに企画する謝恩会の出し物を手伝うことになるのだが、生徒向けの広報活動の一環で、ダンスパーティーのPVを作製することになる。
そのシーンを観るうち、冒頭のかつての光景が思い出された。
『プロム』と呼ばれる催事は華やかで洗練されているが、着実に一つの終わりを告げるモノのように思えた。
─あの時もそうだった···
侘しさが起ち上がってきていた。
だが···
「終わりにしなければ、新しい場所にはいけない。」
ソレらの光景を反芻するうち、そんな言葉が口をついて出た。
別のことを思い出していた。
─そうなんだ···
あの日···
確かに寂しい気持ちはあった。
だが、そうした惜別の思いばかりに囚われていたわけではないような気がする。
全てのことが思い通りだったわけではないが、気の合う仲間も多く、概ね満たされた高校生活だった。
それでも、新たな刺激もなく、変化に乏しい毎日に飽きがきてたのではないか?
今のままなら予定調和的に安穏とした日々が過ごせるが、逆に、新しいナニかが訪れることはない···
そんなジレンマが一方にあったような気がしてならない。
あの夕暮れの風景の中で『卒業』という避けようもないセレモニーを意識した時、自分の意思とは無関係に、確実に一つの終わりが来ることに、少しばかりの安堵を覚えていたのではなかろうか?
それは、ほとんど間違いのないことのように思えた。
あの時、僕は気持ちの上で高校生活に終止符を打ったのかも知れない。
四十年以上経った今も、僕の大脳皮質に刻まれた冒頭のシーンは、一つの節目に楔を穿った記憶だと思った。

一つの終わりは、新たな始まりと背中合わせ···
終わらせなければ、新たな始まりは無いとも言える。
そう考えると、この十数年の進展の鈍さの要因がそこにあるような気がした。
素直に自分に向き合うなら、二十年ほど前に端を発する、妻子との離別から前職の辞職までの一連の出来事に、少なからぬわだかまりが残っていることを認めざるを得ない。
復縁や復職などを望む気は毛頭無いのだが、不条理な扱いを受けたことに対する恨みごとが時々顔を出す。
今さら解消し得る方策を探す気にもならず、『抱えたまま進むしかない』と思うものの、『厄介なモノを背負い込んだ』との気持ちを打ち消すことができない。

だが···

このトシになって、一片の悔いもわだかまりも持たない者がどれだけいるだろう?
上手くゆかないのは、こうした自分の弱い精神性に起因するのだ。
─少なくともあの日···
現状を変えられないとは思わなかった。
─かつての自分に負けるのか?
 気持ちの問題なら···
それはあり得ないと思った。