7月23日、大学時代の先輩Sさんと会食。

7月の中旬になり、Sさんから「会わないか?」とのメール。
感染拡大が再燃していた時期なので少し躊躇いはあったが、そこは旧知の間柄···
Sさんも状況を踏まえてのことと理解し、自身の体調を確認した上で出かけることにした。

やはり特異な時期のせいだろうか?
待ち合わせは中間点ではなく、わざわざSさんがコチラに出向いてくれて、僕の居住地の最寄駅ということになった。
地元とはいえ、滅多に外食しなくなった僕は駅前の繁華街にはクラい。
ネットで検索した、雑居ビル内の居酒屋に腰を落ち着けることにした。

初めて訪う店で3密等が気がかりだったが、店側の感染対策をどうこう言う以前に客がいない。
結局五時間ほど滞在するのだが、僕らの他には、帰りがけに来店した女子二人組だけ···
ほぼ貸し切り状態だった。
周囲の喧騒に煩わされることなく寛げそうなものだが、あまり居心地の良いものではない。
有線のBGMは流れているものの、森閑としたような店内は、どこか無機質で非現実的な空間を連想させた。

新年会以来の顔合わせだったが、会話は終始低調だった。
話題は新型ウイルスのことや、あまり代わり映えのない近況等々···
もともと意気投合するような間柄ではない。
学究肌で物事を本質的に追求するSさんに比べれば、自分は感覚的な捉え方で済ませてしまうタイプ···
まして、いいトシをしてミーハーな部分が抜け切らない。
あらためて考えてみると、世間に流されやすい僕の青臭い意見を、Sさんが珍重してくれるからこそ成立している関係なのかも知れない。
そんな間柄なので会話が盛り上がるということは滅多にないのだが、この日は、お互いが何か言い残したことがあるかのような別れ方をしてしまった。

─おそらく僕のせいだろう···

この十年、親しい人を死別などで喪うことが重なり、『再会』ということが当たり前でないことが、ようやく僕にも分かってきた。
そこに今回の新型ウイルス騒動だ。
街中で人と接触しながら確実に防疫する術が分からない今、再会を果たせる確率は間違いなく低下しているはず。
─だとすれば、悔いの残らない一時にしたい···
そんな思いが芽生えていた。
だが、どうすればいいのか?
『一期一会』という考え方に強く惹かれるものの、実際にどう接すればいいのか?
イザ実践しようとすると、まるで雲をつかむようだった。
とりあえず···
─不快な気分は残さないようにしたい。
意見の対立や相手を否定するような言動は避けようと決め、Sさんに会いに行ったのだった。

すべて上手く出来たとは思わないが、相手の話をよく聞き、言葉を選びながら会話を進めたつもりだった。
だが、そうした異例の接し方はどこか不自然で、距離を置いたよそよそしいものになってしまったかも知れない。
終わりの方は、Sさんの話を促すような話題を探し続けていたような気がする。

改札口でSさんと別れ、自宅に向かう夜道をボンヤリとした足どりで歩いていた。
何かやり残した気分のまま、この時になってようやく、話しておきたかったコトがいくつか浮かんできた。
そして···
─アッ!
この日が亡父の命日だったことを思い出したのだった。

あの日···
訃報を受け、父が運ばれた救急病院に向かうタクシーの中で、父とした最期の会話を思い出そうとしていた。
おそらく父を失望させたであろうその会話は、両刃の剣のように僕の胸に突き刺さった。
─あれが最期だったなんて···
味わったことのない後悔で胸が押し潰されそうだった。
だが···
あれから十一年が経った今、それがどんな会話だったのか上手く思い出すことが出来ない。
強い後悔の念を抱いた記憶は確かなのに、その原因となった会話の内容は連想の中だった。
一体どうしたことだろう?
しばらく考えて僕が導き出したのは『記憶の自浄作用』だ。
時間の経過とともにネガティブな事柄は排除され、ポジティブな事柄だけが大脳皮質に格納される···
後悔の痛みを和らげるため、いつの間にか備わった自己防衛本能なのかも知れない。
今までにも何度か覚えがあるこの作用···
どうやら今回も発動済みらしい。
そんなことを思った時、この日のモヤモヤの理由が分かった気がした。
やはり今日のアプローチは、僕の失策だったのだ。
─せっかくの機会···
意見の食い違いなど気にせず、思ったことを語り尽くすべきだった。
よしんばぶつかることがあったとしても、所詮それは一過性の誤解···
時の経過の中で淘汰されてしまう。
他人行儀な接し方をしてしまった自分が悔しかった。

今の僕には『一期一会』のような時間は持てないのだろう。
いや、もしかしたらそれが出来たところで悔いは残るのかも知れない。
長い時間を共にした者に、別れた直後からその名残りを惜しむように『再会』を望むのは、僕にとって自然な感情に違いない。
『再会』を望む気持ち···
それは僕にとって、命を維持することのモチベーションの一つとも言える。
皆と会話する光景を思い浮かべた。
それはかけがえのない、僕の人生を彩る時間···
─しっかりしなければ···
万難を廃してこの『コロナ禍』をやり過ごし、再び皆と穏やかな時間を取り戻すぞと誓った。

「分かったようだな··· 」
頭の中で父の声音を聴いた。
目を細め微笑む父の顔がハッキリと浮かんだ。