緊急事態宣言下の5月20日、食品調達の買物中にスマホを紛失する。
手荷物が多かった訳でもなく、電子マネー決済のためスマホだけを携行しての外出だったが、100円ショップで決済を済ませた後どうしたか思い出せない。
二軒目のスーパー入店直前で気づき、慌てて100円ショップにとって返すが、忘れ物の届けは無かった。
かなり動揺していた。
─落ち着け···
言い聞かせなければ何も手につかない状態だった。
と言うのも···
無精してスマホのロックを外していた。
電子マネーの残高は3,000円ほどだったが、カード登録がしてある。
その気になれば、拾得者は容易にチャージを済ませ利用することができる。
急いで自宅に戻り、携帯ショップの電話番号をメモしてコンビニに走る。
固定電話もPCも撤去して久しい。
数十年振りにテレカを購入し、公衆電話でスマホの利用停止の手続きをとった。
その足で今一度100円ショップに立ち寄り改めて確認するが、やはり、忘れ物の届け出は無かった。
今から考えると、パニック状態に近かったように思う。
「100円ショップで無くしたに違いない」と思い込んでいた。
肩を落としてトボトボと帰宅する。

翌日、開店時間に再び100円ショップを訪れる。
店舗の方ではスタッフに周知がされ、総出で探してくれたようだが見つからなかったとのこと。
だが、どうしても他の場所は思い当たらない。
だとすれば···
誰かが持ち去ったとしか思えなかった。
電子マネーを利用されてる可能性が高くなったような気がした。
公衆電話から携帯ショップに相談すると、機種変更を勧められる。
電子マネーについては、チャージ済みは利用可能とのこと。
紛失から利用停止の手続きまでおよそ30分ほど···
追加チャージがされてないことを祈るしかなかった。
翌日の昼に携帯ショップの予約をとることができた。

─今さらアレコレ考えても仕方ない···
そう言い聞かせてみるものの、時間を巻き戻したいような後悔に苛まれる。
電子マネーを遣われる心配は無論のことだが、他人の金品を平然と悪用する人間を目の当たりにしたようで、そのことが堪らない気持ちにさせていた。
─イヤな時代になった···
自分の失態を棚上げするような、責任転嫁の厭世観まで湧き起こってくる。
─そうじゃない、オレが悪いんだ。
そうは思ってみるものの、家の中に居ると何も手につかない。
いいトシをして情けないが、こうしたことでつくづくクヨクヨする質なのだ。
─オレガワルイ、オレガワルイ···
気分は最悪だったが、そんな呪文を唱えながら練習に向かう。
これが正解だった。
練習を終え帰宅する頃には、おおよその諦めがついていた。
機種変更にかかる費用の工面など、これからのことを考えることができた。
やはりゴルフは、僕にとって精神安定剤に似た効用がある。

翌22日、予約時間に合わせて駅前の携帯ショップに向かう。
コロナウイルスの影響で店舗は予約営業のみと聞いていたが、入店すると客は僕一人だった。
非接触の検温を受け、手指の消毒を済ませてから席に案内される。
利用頻度は稀だが、訪れた時はいつも混雑している。
おおよそ一時間ほど待たされるのが常だった。
それがどうだろう···
照明を一部落としているせいか、『閑散』と言うより『殺伐』とした雰囲気すら漂う。
嫌でも世間が異常事態にあることが思い起こされた。
そんなことが影響していたかも知れない···
紛失したスマホの行方を相談することなく、機種変更の方向で話は進んだ。
紛失したスマホの機器代金の残債が半分程度···
すぐに用意出来る機種は最新型しか無いと言われる。
足もとを見られているような気がした。
損害が決して小さくないことを、改めて思い知らされる。
だが、外界との通信手段が無いのは心もとなかった。
不本意だが、まだ未申請の定額給付金を当てにすることにした。
手続きを済ませ早々に店を後にする。
新しいモノを手に入れた高揚感は全くなかった。
想定外の出費を強いられ、敗北感に打ちのめされた気分だった。
アプリを起ち上げ、電子マネーの残高を確認する。
幸いなことに、利用された形跡は無かった。
─何処にあるんだろう?
急に、失くしたスマホの行方が気になった。
利用停止の手続きをする前に、公衆電話から一度だけコールしていた。
その呼出し音が脳裏に浮かんだ。
─僕の見当外れな探し方のせいで、何処かで野ざらしになってるのだろうか?
奇妙なことに、感傷的な気分が押寄せてきた。

それから三日ほど経ったろうか?
新しいスマホの操作に馴れてきた頃、キャリアから封書が届く。
開封前は契約書かと思ったが、それは、紛失したスマホが近在の警察署に届けられたことを知らせる通知だった。
届出日を確認すると、ショップに出向く一日前になっている。
─まさか···
すぐに湧き起こったのは、携帯ショップへの疑念だった。
─分かってて機種ヘンを勧めたんじゃないだろうな?
嫌な気分だった。
そのことをどうやったら確かめられるか?
暫くそんな思いに囚われていた。
だが···
─それが分かったところでどうする?
新しいスマホは性能が良いみたいだ。
アップデートにかかる時間も短いし、バッテリーの保ちも良い。
少しくらい愛着があるからと言って、今さら、前のスマホを再度利用する気になるだろうか?
─自分が選択したことなのだ···
全てもう済んでしまったことだ。
─考え方が間違ってる···
全ては僕の失敗から始まったことに過ぎない。
もっと最悪な事態もあり得た。
電子マネーを悪用されることなく、誰かの善意で失くしたモノが戻ってきたのは、むしろ幸運と思うべきことだと思った。

─おカド違いもはなはだしい···
自己の過失に真摯に向き合うこと無く、責任を他にすり替える。
いつからこんな自己欺瞞をするようになったのだろう?
近頃、斜に構えたような自身の見方が気になっていた。
ネガティブなことばかりを引き寄せる厄介な姿勢は、こうした自己欺瞞に起因するものなのかも知れない。
この歪んだ思考回路···
なんとかしなければならない。