「遊び」って何だろう?
最近、自分の中で「遊び」の定義が少しずつ変わってきました。
昔は遊びと聞くと、ゲームをしたり、どこかへ出かけたり、ただ楽しいことをするイメージでした。
でも今は、少し違います。
僕にとって遊びとは、
「楽しい」「嬉しい」「ワクワクする」「もっと知りたい」
そんな気持ちが自然と湧いてくること。
そして、
「これとこれを組み合わせたらどうなるんだろう?」
そんな知的好奇心が動き出すことです。
例えば、僕は筋トレが好きです。
でも、不思議なことがあります。
好きな筋トレなのに、重量だけを追いかけ始めると急につまらなくなることがあるんです。
「今日は何キロ挙げないといけない。」
そんなふうに数字ばかりを気にしていると、気づけば”やらされている感覚”になってしまいます。
反対に、
「このフォームにしたらどうなるんだろう。」
「呼吸を少し変えたらもっと力が伝わるかな。」
そんなことを試している時は、時間を忘れるくらい夢中になります。
同じ筋トレなのに、まるで別のものなんですよね。
そんなことを考えているうちに、仕事も同じなのかもしれないと思うようになりました。
仕事と遊びは反対のものだと思われがちです。
でも僕は、仕事も遊びの延長線上にできるんじゃないかと思っています。
もちろん現実は甘くありません。
生活するためにはお金が必要です。
やりたくないことをやらなければならない日もあります。
だから「遊びだけで生きていける」と言いたいわけではありません。
でも、その中で
「どうすれば自分なりに楽しめるだろう。」
「どうすれば学びや発見に変えられるだろう。」
そう考えることはできるんじゃないかなと思うんです。
もちろん、やりたいことの中にも苦しいことはあります。
筋トレなら重い重量に挑戦すること。
勉強なら何度も復習すること。
仕事なら失敗を繰り返しながら覚えること。
正直、楽ではありません。
でも、その苦しさに意味を感じられるなら、不思議と頑張れる。
「成長したい。」
その気持ちにつながっている苦しさなら、僕は受け入れられます。
逆に、意味を感じられないことは続きません。
でも最近思うんです。
意味って最初からそこにあるものじゃなくて、自分で見つけたり、自分で与えていくものなのかもしれない、と。
同じ出来事でも、ある人には嫌な思い出になり、別の人には人生を変えるきっかけになることがあります。
出来事そのものよりも、自分がどう受け取るかの方が大きいのかもしれません。
まだ人生の答えなんて分かりません。
これから考え方も変わると思います。
でも、今の僕はこう思っています。
人生は、自分なりの遊び方を見つけていく旅なんじゃないか。
仕事も、勉強も、筋トレも、人との出会いも。
全部を楽しいことに変えるのは難しい。
それでも、
「なんか面白そう。」
「もっと知りたい。」
「やってみたい。」
そんな気持ちを大切にしながら生きていけたら、毎日は少しずつ豊かになる気がします。
これは今の僕がたどり着いた、一つの答えです。
数年後には違うことを言っているかもしれません。
でも、それもきっと悪いことじゃない。
その時の自分が、その時の遊び方を見つけているということだから。