「早かったね」
美奈子は玄関で僕に笑みを浮かべると、「どうぞ、相変わらず汚いけど入って」と言った。
「近くに偶然いてさ」と僕は言うと、缶コーヒーを美奈子に手渡した。
「ありがとう。お酒飲んでたんでしょ?」
「どうして?」
「真司君、お酒くさいから」
そう言うと美奈子は水の入ったプラスチック容器を取り出してコップにそそいでくれた。
「これ、飲んで。缶コーヒーよりもお酒の後はお水が良いよ」
「ありがとう」
僕は貰った水を飲み干す。
たしかにアルコールのせいで妙に喉が渇いていた。
美奈子は2階建てのアパートの2階の角部屋に住んでいた。
築浅のアパートなのかそれともリフォームでもしたのだろうか、アパートの外見は白くとても綺麗だった。
部屋に入るとフローラルな香りが一気に鼻に入ってきた。
ピンクを基調とした家具が置かれていて、本棚には少ない種類ではあるが若者に有名な漫画が綺麗に並べられている。
白いテーブルの上には化粧品がいくつか置かれていて、僕がそれを見たのに気がついたのか、「テーブルの上は気にしないで」と言うと美奈子はベッドに腰掛けた。
「座っていいよ」
美奈子に言われるままに僕も美奈子の隣に腰を下ろす。
少し距離はあったが手を伸ばせば触れることのできる距離だった。
「ほんと久しぶりだよね。元気してた?」
「うん、相変わらずね。そっちは?」
「私は落ち込んだりとか色々かな」
「落ち込んでたんだ?前の彼氏?」
「そうなの。相変わらず振り回す奴なの」
美奈子は1年前に別れた男にずっと未練を残していた。
僕と美奈子が出会ったのは4ヶ月前のことだった。
はじめて2人で飲みに行った時、美奈子は僕に復縁についてや、男性の恋愛パターンについてなど様々な質問をぶつけた。
僕はそこまで恋愛経験が豊富な方ではなかったので当たり障りのない答えを返していた。
そういう事情もあるせいだろうか、美奈子はいつもどこか寂しさを抱えているように見えた。
「また連絡が来てね」と、美奈子はテーブルを見つめたまま話し出した。
「会えないか?って。ずるいよね。私に未練があるの知ってるくせに。向こうは私と別れてから他の女と付き合ってたのよ。都合の良いときだけいつも連絡してきて。私がその気になったらまた連絡が途絶えるの」
僕は黙って頷いた。
「私だって彼にいつまでも未練があることが駄目なのはわかってるのよ。友達にだってあんな男早く忘れなよって言われる」
「でも、美奈子の恋愛は友達が決めることじゃないよね」
僕は何も考えずにふいに自分の口から出た言葉に驚いた。
美奈子は僕に視線を向けると、「そうだよね」と言った。
「なんか淋しくなっちゃって。淋しがりな女ってめんどくさいよね」
「そうかな。みんなどっかで淋しい思いはするもんじゃないかな」
「ほんと?」
僕がベッドの上に置いていた手に、美奈子が自分の手を重ねてくる。
そのまま僕の顔を覗き込むように見つめた。
ふと美奈子は立ち上がると電気を消す。
そして、座り直すとベッドの横に置いてある小さなサイドランプの明かりを付ける。部屋が橙色に染まる。
僕の影が白い壁に長く伸びている。
美奈子は、ベッドの上に正座を崩したように足を少し広げて座ると僕に「真司君、来て」と囁いた。
僕は言われるままに美奈子に近づく。
美奈子から僕の方に顔を寄せてくる。唇と唇が触れそうなタイミングで僕は咄嗟に顔を背ける。
そのまま美奈子の首筋に唇を這わせ、優しく押し倒す。
美奈子は軽い吐息を漏らすと、恥ずかしそうに顔を横に向けた。
僕は、美奈子の着ていたスウェットの上着を捲る。
美奈子の腹部は決して華奢とは言えないが、女性らしいふくよかさを持っていた。
露わになった腹部は薄暗い明かりのせいで肌の色ははっきりとわからないが、妖艶さを一層増していた。