「『パートに賞与』は現実的か」(神田靖美氏) | 清話会

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第3回 「『パートに賞与』は現実的か」

神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

政府は2016年12月、次のような「同一労働同一賃金ガイドライン」を発表しました。特徴は非正規労働者にも賞与の支給を求めている点です。

1.基本給は「職業経験・能力」「業績・成果」「勤続年数」の各観点が同じなら同一に。違いに応じた差は容認
2.賞与は非正規にも支給。業績などへの貢献に違いがあればそれに応じて支給
3.正規と内容などが同じ役職なら役職手当は同一に
4.時間外手当や深夜・休日手当は同じ割増率に。通勤手当・出張旅費は同一支給
5.食堂や休憩室などの福利厚生施設は非正規にも利用を認める
6.派遣先社員と職務内容・配置の変更範囲が同じ派遣社員に対し、派遣会社は同じ賃金や福利厚生、教育訓練を実施
(毎日新聞2017年2月10日朝刊)

■賃金制度は正社員と同じものを
 
1番と2番、「基本給は『職業経験・能力』『業績・成果』『勤続年数』の各観点が同じなら同一に。違いに応じた差は容認」「賞与は非正規にも支給。業績などへの貢献に違いがあればそれに応じて支給」。これは正社員の賃金制度そのものです。これを非正規にも適用せよということは、パートにも正社員と同一の賃金制度を適用せよということです。

パート・アルバイトは非正規労働者の7割を占め、残り3割は派遣社員、契約社員、嘱託等です。パート・アルバイト以外の非正規はすでに同一労働同一賃金が概ね成立しています。同一労働・非同一賃金問題はパート・アルバイトの問題です。
 
正社員とパートタイマーでは採用試験のあり方も仕事内容も違いますから、直ちに正社員並みに給料を上げる必要はないと思いますが、正社員と同じ昇給や昇進への期待権、諸手当の受給権は与えたほうが、モチベーションが上がるでしょう。

労働経済学の大御所で、明治学院大学名誉教授の笹島芳雄氏は「労働というものは人間の営みの大きなウエイトを占めており、しかもかなりのエネルギーを投入しています。それを公正に処遇しないというのは、社会に対する冒涜であり、人間に対する犯罪行為であると思います」と言っています。(『賃金事情』2011年1月5・20日号)。
 
政府案を実現するとしたら、正社員の賃金制度を下方に延長して、たとえば正社員の最下位等級の下にもう一つ等級を設けて、そこをパートタイマー相当の等級とする。正社員に支給される手当はすべてパートタイマーにも支給するなどの措置が必要です。

パートタイマーは正規の労働時間の一部しか働かないことが認められていますが、そのことに対しては、諸手当も含めて賃金を時間額表示にすることによって対応可能です。

定期昇給も正社員と同様に行う必要がありますが、それは、昇給額は勤務時間に比例させて、フルタイムパートタイマーの半分の時間しか勤務していない人は半分しか昇給させなければ済むことです。

賞与については、正社員に時給換算で300時間分を支給するとしたら、パートタイマーもフルタイムパートは時給の300時間分、半分しか勤務していない人には150時間支給します。

ガイドラインの3番から5番は、普通の企業ならすでにやっていることです。戦前の「職工差別」(職員と工員の差別)はまさに3~5番に反するようなものでしたが、いまどきこんなことをしている会社には、パートタイマーといえども働き手がみつかりません。
 
6番目の、派遣社員の項目は、考え方としては共感できるものの、これを実現するためには派遣先企業が派遣会社に対して、自社の就業規則や給与規定を開示することが必要です。そんなことが果たして可能なのかどうかは不明です。
正社員も身を切る覚悟が必要
 
問題は財源です。総務省の「労働力調査」によると、パートタイマーは2016年12月現在、雇用されて働く人の26%を占めます。この人たちの賃金を正社員の最低ライン並みに引き上げ、さらに正社員並みに所定内賃金の3か月分の賞与を払うとすると、人件費が約11%増えることになります。企業にこの負担をすべて強いるのは無理があります。同一労働同一賃金が国民的な合意であるならば、正社員も身を切る覚悟が必要です。
 
もっとも非正規労働者の処遇水準を引き上げることは、単に人件費を増やすだけに終始しない可能性があります。ノルベルト・へーリングとオラフ・シュトルベックは「一般論として、思いやりのある処遇に同じような処遇で返すという人間の性向は、雇用主にとって利用する価値がある」と言っています(『人はお金だけでは動かない』エヌティティ出版)。


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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42