「『ユニクロ潜入』にみる働き方改革の可能性」(神田靖美氏) | 清話会

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第2回 「『ユニクロ潜入』にみる働き方改革の可能性」

神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

 ■サービス残業
 
週刊文春に「ユニクロ潜入」という記事が連載されています。電車の吊り広告にある「800時間を超える労働から浮かび上がったのは、サービス残業と人手不足の実態だ」という言葉から、すさまじい悲惨を想像して読みましたが、サービス残業の実態とは次のようなものでした。

潜入取材した横田増生氏が勤務した3店舗いずれでもサービス残業はある。やっているのはほとんどが店長など幹部クラスの社員である。店長にも残業手当が支払われている。店長も週2日の休日は確保できる。休憩を早めに切り上げて売り場に出ようとすると、担当者に制止される、ということです。サービス残業がどのくらいの時間に及ぶのかは書かれていません。。

日本では、労働基準監督署が監督に入った場合、7割近くで違反行為が見つかっています。この程度はむしろ良好な遵守状況と言えます。

■「働き方改革」は賃金改革

 
政府が「働き方改革」の議論を進めています。いろいろな景気対策を推し進めてきましたが、一向に効果が上がらないので、次は日本より労働生産性が高い諸外国並みの労働基準にしようという狙いがあると思われます。

改革の2本柱である「同一労働同一賃金」と「長時間労働の是正」は、実際には働き方の改革ではなく賃金改革です。
 
同一労働同一賃金についていえば、正社員とは採用基準も応募資格も異なるパート社員に、正社員と同じ仕事をさせている企業はまれです。同一労働同一賃金という言葉を字義どおりに解釈すれば、すでに相当程度達成されていて、特に改善すべき点はありません。いま以上に徹底したとしても、それでパート社員が幸せになるわけではありません。この議論が想定しているのは最低賃金の引き上げです。

パート社員の賃金は、法定労働時間の上限である月間173時間働いても、所得税や社会保険料を天引きされたあとの手取りでは、人事院が算定する標準生計費に足りません。フルタイムで働いても生活できない賃金は典型的な「市場の失敗」(市場原理に任せておいては、資源が効率的に配分されない状態)であり、政策課題として浮上するのは当然です。
 
改革のもう一本の柱である長時間労働は、サービス残業の問題です。サービス残業が一般化しているので、企業側には残業を抑制するインセンティブが働かず、社員側には残業をすることが熱意を示す手段になってしまいます。その結果、際限のない長時間労働が繰り返されています。長時間労働を是正しようとしたら、サービス残業の問題を避けて通ることはできません。
 
これはたまたま私が目撃した例にすぎませんが、ある会社が民事再生法を申請して、親会社が変わりました。親会社がまずやったことは、それまで40時間で打ち切りとされていた残業手当(休日勤務手当、深夜勤務手当を含む)を、1分単位ですべて支給することでした。「過労死ライン」と言われる80時間を超える残業をしている社員すら全体の3分の1程度いましたが、もちろん満額払いました。これを境に、それまで多発していたうつによる休職者がぱったりいなくなり、離職者も急減しました。
 
残業が有給であるのと無給であるのとでは、疲労の激しさも絶望の深さも違います。過去にあった過労死事件のうち何件かは、残業がサービスでなければ防げたかもしれません。

■最低賃金引き上げが経営に悪影響を及ぼすという証拠はない

 
ノルベルト・へーリング、オラフ・シュトルベック著『人はお金だけでは動かない』(NTT出版)は次のように述べています。最低賃金を上げると、コストアップに耐えられない企業が倒産したり、低賃金の仕事が海外に流れたりして、悪影響の方が大きいように思える。しかしそのことを実証する研究結果はほとんどない。最低賃金を引き上げれば、逆に雇用の増加につながるという研究結果もある。最低賃金が導入された直後に、老人ホームなどで破産が増えたことを示す証拠はみつかっていない。
 
かつてユニクロが「ブラック企業」であると騒がれたとき、いままでサービス残業を前提に経営されてきた企業が急にそれをできなくなったら、存続してゆくのが難しいだろうと思いました。

しかし実際には新しい環境に十分適応したように、「ユニクロ潜入」からは読み取れます。最低賃金とサービス残業という違いこそあれ、外圧によって人件費が急激に増大するという点では共通しています。ユニクロもまた、へーリングとシュトルベックの説を裏付ける一例であるといえます。
 
働き方改革が実現しても倒産や失業は増えないだろうと、私は予想します。


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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42