『日中国交正常化』小島正憲氏 | 清話会

清話会

昭和13年創立!政治、経済、社会、経営、トレンド・・・
あらゆるジャンルの質の高い情報を提供いたします。

小島正憲氏の「読後雑感」
清話会 日中国交正常化


服部龍二著  中央公論社  5月25日

副題 : 「田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦」  
帯の言葉 : 
「本当の政治主導とは。アメリカを裏切らず、台湾を切り捨てず、どのように中国と接近するか―。外交記録、インタビュー、日記などから埋もれていた現代史をひもとく」

小島正憲氏(㈱小島衣料オーナー)



服部龍二氏はこの本で、日中国交正常化の歴史的実態を詳細に描く中で、これを成功に導いたのは田中・大平の名コンビによる政治的リーダーシップであり、同時に外務官僚のなみなみならぬ補佐の力であったと主張している。服部氏の脳裏には、現代の政治のリーダーシップの欠如や、官僚たちの無責任な仕事ぶりへの批判が含まれていたのであろう。私はこの本を読んでいて、私自身の大卒後の40年間の歴史と重ね合わせ、「善くも悪くも、結局、自分の人生は社会に振り回されてきていたのだ」ということを、痛感させられた。また若い時代に、青雲の志を持っていたにもかかわらず、なにもできないまま、死を間近に意識するこの歳になってしまったことに慄然とせざるを得なかった。そして、せめて死に至るまでの間、わずかでも日本の国家や政府、社会に恩返しをしなければと、決意を固め直した。

服部氏は日中国交正常化交渉の具体的事実を記述する前に、田中角栄元首相の力量を紹介するために、通産大臣時代の日米繊維交渉における蛮勇ぶりを持ち出し、次のように書いている。「(日米繊維交渉が暗礁に乗り上げてしまったため)そこで浮上したのが、対米輸出を自主規制しつつ、国内に救済措置を講じる案だった。その予算は2000億円にも膨れ上がる。…(中略)。田中が“これの問題点は何だ”と身を乗り出した。通産省幹部は“それはもう予算が取れるかどうかです。5000億円が通産省全体の予算で、2000億円も繊維産業だけに付けるというのは、とても駄目です”と悲観的である。田中が“問題はそれだけか”と畳みかけ、“もうその1点に尽きます”と聞かされると、“じゃあ、それは俺にまかせろ”と即答した」。

この田中元首相の胆力により、日米繊維交渉は見事に決着した。このとき私はまだ20代後半であり、小島衣料で現場作業を習得しながら営業や総務的な仕事も行っていた。ちょうど米国向け輸出の衣料の縫製を行っていたので、繊維交渉が決着したニュースを見て、心配になって、ただちに取引先のミニ商社に「今後の対米輸出はどうなるのでしょうか」と電話をした。すると「なんの問題もありません。引き続き大量の仕事を発注しますからよろしく」という答えが返ってきたので、安心していた。結局、その取引先のミニ商社は半年後、見事に倒産し、繊維業界からもわが社からも対米向け輸出はほぼ姿を消した。しかし多くの縫製工場は倒産しなかった。なぜならそれは下記の理由による。

田中元首相が蛮勇をふるった2000億円のカネが、「繊維構造改善事業」として縫製業界の隅々にまで行き渡り、縫製設備の廃棄のために支出されたからである。わが社もこの資金(当時のお金で100万円)をもらって、それまで使っていた古いミシンを廃棄し、最新式のミシンを買い直し、内需向け縫製工場に転換した。当時、東海地方で最大の規模を誇っていた愛知県の縫製工場は1億円(もちろん当時の金額)をもらった。この間の事情について、私は総務として全てを自分で担当し、各種の会合にも出席してきたので、裏話にいたるまで熟知している。いずれにせよ田中元首相のこのような政治的決断によって、対米向け輸出縫製工場は、ほとんどが内需向けに転換することができた。また日米繊維交渉がまとまり、次の日本経済のステージが準備された。

現在、中国政府は産業構造の転換を声高に叫んでいる。つまり縫製工場を含む労働集約型産業を中国から追い出し、知識集約型・ハイテク型の産業を誘致しようと躍起になっているのである。残念ながら、私の中国の現地縫製工場では、かつての田中元首相の行った「構造改善事業」のような政策の恩恵にはまったく浴していない。ただ切り捨てられ、座して倒産を待つか、海外に転出するかの選択を迫られているのである。これは外資のみならず、国内企業も同様である。このような現実を前にして、私はここにも中国の産業構造の転換の失敗の要因があると考える。

服部氏は続いて、田中と大平両元首相の名コンビによる政治のリーダーシップと外務官僚の名補佐が、日中国交正常化交渉を成功させたと、多くの資料や証言をもとにして記述している。これらの点については、他書でも同様のことが言及されており、ほぼ正確であろうと思われる。服部氏のこの記述の中で私がもっとも勉強になった点は、やはり田中元首相の胆力である。交渉が暗礁に乗り上げ、さすがの大平元首相も英邁な外務官僚も匙を投げ、田中元首相にやるせない気持ちをぶつけたとき、田中元首相は「明日からどうやって中国側に対案を作るかなんて、そんなことを俺に聞くなよ。君らは、ちゃんと大学を出たのだろ。大学を出たやつが考えろ」と言い、破顔一笑したという。その結果、部屋中が笑い声に包まれ、再び全員が眼前の事態に挑戦する気概に包まれたという。本文中で服部氏は、「田中にさしたる見通しはなかったが、首相まで落ち込んでいたら、どん底の雰囲気になっていただろう。腹の据わった宰相の度量が、大平らの心を一気に明るくした」と書いている。私はこのくだりを読んでいて、日露戦争のときの大山巌元帥の逸話を思い起こし、組織のトップにはこの胆力が必要不可欠であると思った。

私が現在、中国で事業が展開できているのも、田中・大平両元首相の努力と決断のおかげである。また両元首相、ことに田中元首相には多くの欠陥もあったが、リーダーシップという点では学ぶべきものが多い。その点からも、この書は多くの人に読んでもらいたい本である。


--------------------------------------------------------------------
清話会 小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )

1947年生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化 市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を経ながら今年より現職。中国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。

●小島正憲氏の「読後雑感」 これまでの連載記事はこちら!
http://ameblo.jp/seiwakaisenken/theme-10028305790.html
-----------------------------------------------------------------
清話会メールニュース 毎週2回(火・金)配信中!!
登録は無料!こちらから !



日中国交正常化 - 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦 (中公新書)/服部 龍二
¥840
Amazon.co.jp