「通貨戦争は続く」(森野榮一氏) | 清話会

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             第34回 通貨戦争は続く


                          森野榮一氏(ゲゼル研究会代表)


来月のG20首脳会議の前段である財務省・中銀総裁会議が終わった。
通貨戦争回避で合意したといわれるが、複雑に利害が角逐する場で

そんな表向きの話で納得する者はいないだろう。

「戦争」には勝者と敗者が付き物である。それが見えてきたかなとの感じを

暗い気持ちで抱いた人も多かろう。争いの場ではもっとも存在感の薄い者、

強い意志を欠いた者がいちばんに敗者になる。それがどこかはこの国の

人間なら誰も言いたくはないだろう。


いっそう厳しい円高がくるだろう。来月3日の米FOMCではQE2に踏み切り、
大規模な追加的金融緩和が実施され、ドル安の流れはガイトナーの強い

ドルという口先とは裏腹に加速し、余剰ドルはさらに世界に溢れるだろう。


これは世界にドル安をつきつけるということだろう。通貨戦争は続くので

ある。

しかし、交渉で通貨戦争回避という話になる。これは為替相場への介入と

いう手が採りにくくなることを意味する。

コミュニケでは、「基礎となる経済のファンダメンタルズを反映し、

通貨安競争を控え、為替相場が市場決定されるシステムに向かう」

とある。要は為替介入はするなよということであるから。

しかしこれまでも新興国には高い収益機会を求めてホットマネーが押し寄せ

ている。
投機資金の収益に課税するかたちで対抗し、為替介入を随時行ってきた

国もある。
市場にまかせればよいものではなく、これからも資金の流れは監視して

いくと言明する国もある。それはこれからも介入し、通貨操作を行うと

いう意思の表明だろう。しかし日本にはそれだけの意思と実行力はない

だろう。


とにかく今回の会合までの動きを見ていて際だっていたのは米国の姿勢

である。
重商主義的な輸出戦略を採る黒字国に対する強固な姿勢であり、それは

世界に量的緩和をつきつけることから始まったとみていいだろう。

ことはこの8月27日に始まった。ベン・バーナンキがいっそう大量のドルを

経済に注入しそうだとほのめかしたからだ。それ以降ドルの下落は顕著に

なった。

それは過剰な流動性が世界に洪水のごとく押し寄せるであろうという米国

による世界に向けた警告でもあったろう。世界的な不均衡を是正する努力を

しなければ、米国は、ドル安で事実上の通貨切り上げを他国に課すだろうと

いうものだ。
量的緩和の政治的なメッセージ性がそこにはあったといえるのではないか。


米経済の状況は08年から09年前半のQE1によって深刻な経済危機に対応

しなければならなかった状況に較べれば、小康を得ている。
したがってQE2が意味していることは別にあるということだろう。


現在米国のマネタリー・ベースはおよそ2兆ドル、それにさらに1兆ドルを
上乗せするくらいドルを刷る理由は通貨をさらに腐食させ、高失業率で

投資も欠如している経済を輸出によって回復させるということだ。

いわば米国はドルを刷ることで通貨操作をするという宣言である。


そうして、次に持ちだされたのが、貿易の黒字や赤字をGDPの4%にする

という数値目標である。ガイトナーは米国は通貨操作は問題としないし、

ドル安を求めてもおらず、貿易ギャップが問題だとして、2015年までに

G20諸国は純輸出や純輸入をGDPの4%以内にとの提案を持ち出した。

現在、貿易黒字国、たとえば独はGDP比6.1%、中国は4.7%であるが、

これは黒字国の反発するところだ。

簡単な話、輸出したければもっと他国から購入しろということだが、こう主張

する赤字国には輸出増をもたらす通貨安を認めさせるねらいが含まれて

いるであろう。
要するに通貨戦争を貿易の争いに置き換えてドル安を認めさせる手の込

んだ交渉術ともいえそうだ。


ドル安が米国経済にとってどれくらいの効果があるか、WSJの23日付けの

ブログ、Real Time Economicsの記事でマーク・ホワイトハウスが、
「ドル下落から景気大きく浮揚」で、こう述べている。

http://blogs.wsj.com/economics/2010/10/23/number-of-the-week-big-boost-from-dollar-decline/?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed:+wsj/economics/feed+(WSJ.com:+Real+Time+Economics+Blog )

・・・以下引用

為替レートの僅かな変動が経済成長に大きな影響を持つ。

ドルの最近の下落を考えてみる。米連邦準備制度理事会議長、

ベン・バーナンキが中銀がいっそうのドルを経済に注入しそうであると

示唆した8月27日以来、ドル紙幣の価値は
(10月15日までのデータで)米国の貿易相手国の通貨に対して

4.8%近く下落した。米国のこれまでの輸出入の動きを考えると、

こうした継続的な動きは次の二年間で、米国の貿易赤字を1400億ドル

縮小するはずである。
それは毎年経済成長が0.5%追加されることに等しい。・・・


米国の貿易赤字の縮小はある程度、世界全体にとってよいことでは

あろう。
健全な均衡を達成するために、米国は輸入を減らす必要があるし、
中国のような大口の輸出国はより多くを輸入する必要がある。・・・

ある国が通貨価値を引き下げると、他の国も後に続く傾向がある。

結果的に誰もが貿易上の利益を達成できない。代わりに、通貨価値の

切り下げは石油のようなコモディティの価格に上昇圧力を加える。

コモディティ価格が高くなるほどに、今度は、世界の経済産出高は

削減される。一つの不吉なサインだが、8月27日以降、石油価格は

8.7%上昇している。

ブランダイス大学のエコノミスト、キャサリン・マンは・・・通貨価値切り

下げ競争がビジネスや投資家の信頼の欠如という現在の経済回復の

最大の病への対策にはならないという。

「決定を下そうとする企業の立場からはそれはダメージが大きい」し、

「経済成長と仕事を生み出すツールとして通貨を使うことは、非常に

無遠慮なものなので、それは絶対間違った事に焦点をあてている」と。

・・・引用終わり


毎年、経済成長率を0.5%引き上げる効果があるのであれば、通貨安

による自国経済の回復は魅力的である。しかしどの国にとっても事情は

同じである。
通貨安競争は終わらない。それがビジネスをいかに翻弄しようが、

続くことだろう。
この競争のなかで米国の優位は変わらない。


米国はドルを印刷し続け、世界を流れるカネは膨らみ、短期的な資金の

流れは新興国をはじめとする経済の回復に混乱をもたらすかもしれない。

その混乱と世界経済の減速が短期的には安全な避難場所としてドルを

見直させ、ドル安に歯止めがかかる局面があるにしても、基調はドル安

であろう。米国のために米国がしていることは世界のためにならない。

それはちょうどこの会議における問題の核心である。
中国が自国のためにしていることが世界の災厄であることに似ている

のかもしれない。