第26回 「安全への殺到」森野榮一のエコノぴっくあっぷ | 清話会

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第26回 
安全への殺到

森野榮一氏(経済評論家、ゲゼル研究会代表)



欧州の経済危機でいっそう深い混乱が引き起こされるのではとの暗い見通しが頭をもたげる。
ユーロへの懸念や、欧州合衆国という世界のGDPの3割を占める巨大経済への統合の夢が
懐疑の目で見られ、世界的な経済システム自体への懸念にさえ発展していくのではと。


先週、世界的な株安のなか見られたのは、安全へとラッシュするマネーの姿である。
ドイツ国債10年物は記録的な利回り低下であった。ドイツ国債と他の欧州諸国国債との
スプレッドも拡大した。

http://www.frbatlanta.org/research/highlights/finhighlights/
米国などの投資家たちが安全な避難場所を求めたのである。

このラッシュを生んだのは、要因はいくつもあろうが、ユーロ圏の困難、ドイツの銀行に
対するカラ売り規制への動き、ユーロ圏の債務危機が拡大しているのではとの懸念が
景気に影響する消費者信頼感を示す数字の低下となって現れたことなどであろう。
加えて米国で発表された失業保険申請件数などの数字も悪く、雇用情勢の悪化が
米国は景気の二番底に直面しているのではとも思わせた。


しかし最も投資家に影響しているのは各国での財政引き締めへの動きであったろう。
支出カットと緊縮財政という時局の気分は流動性を選ばせ、そこへ逃避させる。
VIX指数をみれば、恐怖感の上昇ぶりがわかる。

http://stockcharts.com/h-sc/ui?s=$VIX
またレバレッジをかけたポジションの解消も進むだろう。

危機の発端をみれば、政府が財政規律を失ったから、リスクの買い手としての市場が
強い力を持つことになった現実に気づく。欧州の政府は力をもった市場、
つまりヘッジファンドや投機筋、空売りを手がける筋などを問題視する。他方、市場が
テーマにしたのは、政府の支払い能力であった。政府はファイナンスを得るには市場に
リスクを取ってもらわなければならない。しかしこの市場は過剰なレバレッジを効かせ、
価格変動性の高いところだ。ボラティリティは急に発作を起こす。ところが政府は悪役に
仕立てた市場に規制者として臨もうとする。だがそれは問題解決につながらず、
市場の混乱を助長する。


もっとも混乱させたのはドイツが先週火曜日に発表した欧州国債の空売り、裸のCDSや
ドイツ10大金融機関株式のショートポジションの禁止であろう。金融危機を懸念する
政府にとって市場の安定性確保は金融危機に対処するために重要な課題である。
実際高いリスクをとって資産をエクスポジャーしている金融機関への懸念は市場に
広がっていた。TEDスプレッドの拡大は如実にそれを示していた。

http://www.bloomberg.com/apps/cbuilder?ticker1=.TEDSP:IND

そうした状態のなかで基になる債券をもたずにCDSを取引するのを規制するような
新ルールの導入は市場に混乱を持ち込むだけであったろう。つまり規制にもそれ
特有のリスクがあるのである。欧州で論議が盛んなヘッジファンド規制にも規制
リスクがつきまとう。金融改革は必要であるが、市場の流動性にどのような影響を
持つのかは規制当局に常に意識されていなければならない。だがドイツの空売り
規制の発表は唐突の感が否めず、欧州内の政治的結束にも疑問符を付けるような
ものであった。それがまた市場に跳ね返る。


いま誰もが懸念しているのは、3年前に始まった金融・経済危機の次のシーンを
見ることになるのではないかということだろう。そして、欧州の債務危機から始まる
今回の事態が景気後退を駆り立てるのではないかと。


実際欧州経済の規模は大きい。欧州の需要が落ちれば、世界経済の成長は
かなり影響を受けるだろう。欧州経済が世界経済をリセッションに舞い戻らせる
ほどではなかろうと考えたいところだが、通貨や資本市場を欧州が安定させる
ことができなければ、少なくとも世界経済に赤信号が灯ることになりかねない。


2009年に世界経済は0.6%落ち込んだ。第二次大戦後初めての景気の底で
ある。二番底がくるのかとの懸念が生まれよう。信用市場を覆う国家債務と銀行の
流動性懸念の二つの問題は景気後退の引き金になるのか。私たちはIMFの予測を
はじめとして楽観的な見通しに慣れてきた。しかし市場にはいま、恐怖感が存在する。
それを示す好例を伝統的に安全な避難場所とみなされているゴールドの値が
上がっていることにみてとれる。


まだ2008年に金融市場が凍り付いたような最悪の混乱に至る可能性はまだ低い
と見る向きが多いが、考えられないわけではない。なぜなら22日付けの
Richmond Times-Dispatchはこう伝えているからだ

http://www2.timesdispatch.com/rtd/business/local/article/B-GLOB22_20100521-215404/346150/

「公的債務への関心がいま金融市場に影響を与えている銀行の流動性をめぐる
懸念を伴うならば、・・・、世界の経済活動におけるもう一つの底が確実に見える
だろう」・・・「恐怖が広まり、株式や石油価格(将来経済が成長するとの期待の
サインだ)は下落に引き摺りこまれた。そして、ゴールド(伝統的に安全な避難所)
は不吉にも空前の高値に達した。」「投資家が世界経済へのその成長期待を
下方に修正したので、世界の主要な株式市場は年初の水準を下回った。」


こうした状況のなかで相対的に安全な避難先とみられている円は買われる
だろう。円高が日本経済にとって歓迎されないのは自明だが、当局が口先で
介入をほのめかしても効果はないだろう。


安全へ殺到することが歓迎されざる事態を作りだしているが、今週、市場が
どう変化するのか興味深い。


悲観論者のルービニがこう言っているのも気になるところだ。

「我々は政府の支払能力を懸念し始めなければならない。今日ギリシャで起こって
いることはユーロ圏や英国、日本、米国で増加している国家債務問題の氷山の一角
である。これが世界的な金融危機の次の問題になるだろう」(5)。

http://www.telegraph.co.uk/finance/economics/7756684/Nouriel-Roubini-said-said-the-bubble-would-burst-and-it-did.-So-what-next.html