「神話の終わるとき」連載 森野榮一氏 | 清話会

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第25回 「神話の終わるとき」

森野榮一氏(経済評論家、ゲゼル研究会代表)

ちょうどいま、主要各国中銀が短期金融市場へ、流動性危機を回避するために来年1月までドル資金を供給するとの決定を伝えるニュースをテレビでみたところだ。

とにかく、欧州発の金融危機の推移をはらはら見守らなければならない状態が続いている。優柔不断に見える政治の対応も市場の不安を鎮めることができず、思惑で動く金融市場に狙われ、ユーロも下げ、世界的な株安もみた。

いまようやくEUとIMFのギリシャ支援策が決まり、両者合わせて1100億ユーロを2010~12年の3年間、融資することになったので、少しは安心感を与えるかもしれない。また株安となったので投機筋のなかには証券担保融資で資金を都合しているところもあり、投機的なポジションを手じまいせざるをえないところもでるかもしれない。

誰もがまたかという気持ちで事態を懸念してきたことだろう。カネの融通で起こっていることは単純なことだ。リーマンのときもそうだったが、カネの貸し借りでは最初、借り手がほんとに返せるのかという支払い能力が懸念される。借り手が資金の繰り回しに失敗するようだと、今度は貸し手に懸念の矛先は向かう。あそこはあれだけ貸し込んでいるが大丈夫かとなり、支払い能力危機が流動性危機に発展する。信用収縮のプロセスが始まり、金融機関の間での資金の調達コストも上昇するし、キャッシュも細る。資金の出し手が慎重になるからだ。流動性リスクが高まる。いまちょうどそのような状況にさしかかっている。

実際、ギリシャに多額の資産をエクスポジャーして資産をリスクに晒している仏独の金融機関には猜疑のまなざしが向けられてきたし、銀行株は軒並み下落した。これからの展開は今週以降の事になるが、そういう渦中にあるときほどキホンを外さないようにしておきたいと思う。

ちょうどThe Washington Postにラインハルトが9日付けで「欧州債務、五つの神話」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/05/07/AR2010050703436.html
という一文を書いていたので役立ちそうだ。それは人が事態をみるときに信じてしまいがちな神話を5つ取り上げている。

第一は、「これは新タイプの危機である」というもの。

「これが現代の金融商品やとてつもなく連結したグローバル経済が作り出した徹底して21世紀の金融災害であると考えるのはたやすい。しかし実際、政府はその歳入を遙かに超えて借り入れてきたし、政府が存在したのと同じくらい長く、債務を返済するのに苦労していた。14世紀から19世紀まで、君主制はきまって通貨の質を落とすことに訴え民間資産を収用し、債務を返済しなかった。・・・国民に厳しい経済的苦難をもたらした。国家はしばしば債務を返済しない。・・・2001年アルゼンチン政府は資金難に直面し、緊縮財政を繰り返し試みたが、広範な暴動の引き金となった。IMFの支援にもかかわらず、当局は財政の出血を止めることができず、1320億ドルの債務不履行となり経済は奈落に落ちた。・・・」

つまり、今回の危機は国家債務にある。高度化した金融市場や金融商品、グローバル経済に原因を求めがちだが、肥大化した政府の借入に原因あり。そして歴史的にそれは返済されず国民に犠牲を強いるものであった、と。たしかに欧州の指導者たちによる投機への批判はあったし、それに力を与えている現代の金融市場の問題は大きいとは思うが、今回の危機が国家債務にあり、広く民間に災厄をもたらすタイプのものであることは否定できない。古くかつ新しい危機というべきかもしれない。

第二は、「ギリシャのような小規模な経済が大きな金融不安を開始することはできない」というもの。

「13年前、ギリシャよりGDPが小さかったタイを覚えているだろうか。その金融苦境は地域的な危機をかき立て、東アジアじゅうで通貨と株式市場下落させた。韓国とタイはかろうじて、政府支出のカット、増税、民間債務のリストラという新経済政策と国際的支援で、デフォルトを回避した。危機の最後にはアジア経済は13%も収縮したのである。

一国から他国へ危機はどのように拡大するのか。多くの政府は共通の貸し手をもっており、巨大な国際的な銀行やヘッジファンドが含まれる。まず、こうした機関がある国のマーケットで巨額の損失に苦しむ場合、しばしば他国への貸出を引き揚げる。

次に、ある国のトラブルは投資家には緊急の注意を促すことになる。・・・さらに多くの資金流出の引き金になる。ギリシアやアイルランド、ポルトガル、スペインが何マイルも離れているかもしれなくても、懸念するポートフォリオマネージャにとっては、それらは同様に見える。 そこはどこも目下、巨額の財政赤字、大きな民間債務や公的債務を抱えている。」

ギリシャがEUのなかでも取るに足らぬ経済規模で、問題は局所的と考えるわけにはいかないということだろう。伝染性は確かにある。そしてそれはグローバリズムと金融の国際化が進展すればするほど伝染性は強くなり、ある論者がエボラウィルスに喩えたごとく、悪質なものになっている。

三つ目は、「緊縮財政が欧州の債務の諸困難を解決するだろう」という神話。

「政府支出を削減することのギリシャやその他欧州経済にとっての必要性はIMFやEUが人為的に課すことと同じではない。ある国が収入以上の生活をしており、債務返済に苦労し、支出削減が現実のものとなるのを決めるのは投資家である。

 しかしふつう緊縮財政は速やかにいくものではない。政府支出の大規模で突然の削減はほぼ確実に経済活動を収縮させる。それが意味するのは税収の低下であり、失業や福祉給付を上昇させ、赤字削減の努力を害するものだ。新規借入が削減されたり得られない場合であってさえ、巨額の債務削減には時間がかかる。それなのに国際的投資家はせっかちで悪名高い。1995年のメキシコ、1998年の韓国、2001年のトルコ、200年のブラジルは緊縮財政を選択して回復したが、・・・ギリシャよりかなり低い債務から始めたのである。もちろんギリシャは債務減額を債権者と交渉しうるが、万能薬ではない。・・・アルゼンチンは2001年のデフォルト後経済成長はマイナス15%だった。借入の力学が不利に働くとき当局には都合の良い選択肢はないのである。」

債務のワナというものである。ファイナンスしてもらい借り換え(ロールオーバー)できるかどうかに政府は苦労する。政府が危ないかどうかを決めるのはファイナンスする側の投資家のほうである。緊縮財政を条件に融資が付いても、その政策が経済を悪化させ財政をさらに傷める。経済成長しえないのに、金利を含めて返済できるわけはない。いよいよデフォルトとなって債務減額を債権者に飲んでもらっても投資資金は戻ってこないし、借入にはプレミアム(アルゼンチンの場合はガウチョ・プレミアムといわれた)が上乗せされる。当然、経済は成長できるわけもない。

四つ目は「ギリシャの金融苦境はユーロのせいだ」というもの。

「2001年、・・・高インフレと通貨危機の歴史があるギリシャのユーロ採用による報酬は低い金利での借り入れが可能になったことである。・・・しかしそれはありがた迷惑かもしれない。ユーロ圏に入るまではギリシャの家計債務はGDPの6%にすぎなかった。2009年までにGDPの50%となる。そして2009年末には政府の財政赤字はGDPの115%となった。その意味ではユーロがこの危機への道を開いた。

しかし・・・自国通貨を持つアイスランドや英国でさえ借り入れを劇的に増やしてきた。・・・問題は政治家が自由に支出し、課税は不十分でもよいと考えた理由ではない。それは政治家のDNAの一部かもしれない。むしろ、問題はなぜたやすく貸し手がそのような過剰借入を行わせたのかである。良好な経済情勢が投資家の中に無頓着を醸成したのである。投資家は過去の業績が輝かしい未来を約束したと信じていたのである」

つまり独自通貨を放棄したことにギリシャの苦境の原因を求めるわけにはいかないということだろう。確かにアイスランドや英国をみればわかる。そして政治家が放漫な財政運営をしたことは、政治家とはそのようなものにすぎないとすれば、理由にならない。過剰借り入れは、そうさせた投資家たちの姿勢に、貸し手側にあるというわけだ。

最後の五つ目は、「それは起きるはずがない」というもの。しかしそれは90年代央の東アジアの急速な成長が1997~98年の危機を思い返してみればよいと。「12か月前、EU加盟国がデフォルトでぐらつくと誰が言ったであろうか」と。

たしかに政治の対応が取られている。中銀も動き、なんとか流動性危機を止めようとしている。しかし欧州から世界に伝染する金融危機を軽くみることはできない。しかし、リーマンのときと同様、流動性の注入はカネ余りを生む。それは皮肉なことに投機に廻り、金融の不安定性をさらに増すことにつながる。だからといって流動性を供給しないわけにもいかない。他方で、借り入れた国は、いっそうの債務のワナにはまり、経済成長という出口に行き着けない。

欧州統計局(Eurostat)によるギリシャの実質GDP予測は、
http://epp.eurostat.ec.europa.eu/tgm/table.do?tab=table&init=1&plugin=1&language=en&pcode=tsieb020

2010年マイナス3%、2011年もマイナス0.3%である。救済資金さえ金利を含めて返済しえないであろう。小康を得ながらも危機はくすぶり、不安定性を増しながらマネーの動きが世界の政治指導者と世界経済を翻弄し続けていくのではないかと感じさせられる。上記のような神話を墨守していることはできない状況であるから。