「凄腕社労士の労働事件簿」【9】 本田和盛氏 | 清話会

清話会

昭和13年創立!政治、経済、社会、経営、トレンド・・・
あらゆるジャンルの質の高い情報を提供いたします。

★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
凄腕社労士の労働事件簿 【9】
~注目判例から読み解く、時代の転換点~
<今回の注目判例>労働組合への損害賠償請求
AIGエジソン生命労働組合事件(東京地判平成19年8月27日)

     本田和盛氏(あした葉経営労務研究所代表)
http://profile.allabout.co.jp/fs/honda/  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆


●従業員の労働条件を会社が一方的に切り下げることは、「労働条件の不利益変更」の問題となる。労働条件の不利益変更を実施する方法としては、労働者から個別同意を得る方法、就業規則を不利益に変更する方法、労働協約(労働組合との書面協定)を締結する方法の3つがある。


●多くは就業規則の不利益変更の方法によるが、その場合、就業規則を不利益に変更する合理性が問われるため、労働者と争いが生じた場合、後々裁判で無効とされる可能性が残る。就業規則は会社が一方的に作成・変更することができるので手軽であるが、その分、トラブルになった場合のリスクは大きい。


●そこで労働組合のある会社では、新たな労働協約を締結することで、労働条件を不利益に変更する方法が採られる。労働組合は、労働者の利益を代表する団体であり、労働組合と会社との書面協定(労働協約)は、個々の労働組合員と会社との個別合意と同様の効果をもたらす。具体的には、労働協約の「規範的効力」と呼ばれる効力によって、個々の組合員は新たに締結された労働協約に拘束されるのである。


●「規範的効力」とは、労働組合法16条に定められているもので、「労働協約で定める基準に違反する労働条件を無効にする効力」と、「無効になった部分を労働協約に定める基準に置き換える効力」の2つからなる。この規範的効力によって、従来の労働条件をいったんリセットして、新たな労働条件に洗い替えすることができる。


●ただし、労働条件を不利益に変更するような労働協約の改定では慎重な手続が求められる。具体的には、組合員全員の参加による民主的な意思決定手続(組合大会など)による事前もしくは事後の承認が必要となる。また一部の組合員に著しい不利益を課すような改定は、「規範的効力」が認められない可能性がある。


●今回の判例は、破綻した東邦生命の経営を引き継いだエジソン生命の労働組合(旧東邦生命労働組合)が、会社との労使交渉の中で、東邦生命の退職金規程の不利益変更を受け入れたことに対して、組合員が労働組合を相手に損害賠償請求を行った事例である。


【事案の概要】

東邦生命は経営破綻したことにより、エジソン生命に生命保険契約を包括移転し清算手続に入った。東邦生命労働組合は、組合大会で今後の闘争方針を説明し、圧倒的多数で承認を受けるも、その後の交渉の中で退職年金規定どおりの支給要求を断念せざるを得なくなり、東邦生命(保険管理人)との間で、退職年金等を不支給とする労働協約を締結した。この労働協約により退職年金等の受給権を侵害されたとして、一部の組合員が債務不履行または不法行為に基づき、労働組合に対して損害賠償を求めた。


【裁判所の判断の要旨】

●労働組合は、労働組合法6条、規約基づく信義則ないし条理に基づき、東邦生命との団体交渉では、団体交渉権限を有する事項について、当該組合員の利益を擁護すべき義務(債務)があると認められる。


●労働組合と東邦生命(保険管理人)との間では、東邦生命の経営破綻という状況のもと、同社の解散による実質資産の減少等による危険を回避すべく、退職年金のみならず、雇用確保、月例賃金や賞与の支払、福利厚生の維持も併せて交渉され、組合員に有利な回答を得ている事項もあり、本協定の一部に不利益な内容が含まれることになったとしても、そのことから直ちに労働組合が当該組合員の利益を擁護すべき債務を履行していないということはできない。


【解説】

●労働組合は労働条件の維持・向上を図ることを目的としているため、労働条件を切り下げる労働協約の効力(規範的効力)について問題となることが多いが、原則として労働協約の規範的効力を認めるのが判例の立場である。ただし、労働条件の低下が著しく合理性に欠ける場合や、特定の労働者を不利益に取り扱うような場合には、規範的効力は認められない。


●今回の判例は、労働協約の規範的効力を争うのではなく、労働組合の責任(債務不履行責任・不法行為責任)が争われたもので特殊な事例である。結果的に、労働組合の責任は問われなかったが、「労働組合は組合員の利益を擁護する義務(債務)がある」とする裁判所の判断枠組みは、今後の労働組合活動を制約するおそれがある。


●労働組合の代表者等は、労働組合や組合員のために会社と交渉する権限がある(労働組合法6条)が、この判例ではこの交渉権限について、「信義則に基づき、組合員の利益を擁護すべき義務(債務)がある」と踏み込んだ解釈をしている点が目新しい。しかしこの解釈では、労働組合が交渉に失敗して組合員の利益を守れ無かった場合に、労働組合の代表者は債務不履行責任を負わされ、損害賠償を請求されるおそれが出てくる。そうなると、労働組合活動は成り立たなくなってしまうので、問題のある裁判例と言える。



本田和盛氏「凄腕社労士の労働事件簿」バックナンバー


凄腕社労士 本田和盛氏(あした葉経営労務研究所代表)
http://profile.allabout.co.jp/fs/honda/