「凄腕社労士の労働事件簿」【7】 本田和盛氏 | 清話会

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凄腕社労士の労働事件簿 【7】
~注目判例から読み解く、時代の転換点~
<今回の注目判例>うつ病による休職期間満了の解雇
東芝事件(東京地判平20.4.22)
凄腕社労士 本田和盛氏(あした葉経営労務研究所代表)
http://profile.allabout.co.jp/fs/honda/  
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●うつ病による休職期間満了時の解雇に関する判例である。昨年末は「派遣切り」が社会問題化したが、最近は景気後退で企業の余力がなくなってきたせいか、育児休業者の休職期間満了後の解雇「育休切り」や、うつ病による休職期間満了時の解雇「うつ病切り」が社会問題化してきている。


●うつ病等の精神障害が労災認定されるケースも依然多い。平成20年度の認定数は862件(認定率31.2%)で、平成16年度の425件の倍以上となっている。自殺者の数は平成20年度では32,249人であるが、その最多原因が「うつ病」であることは意外と知られていない。


●今回のケースは、私傷病(うつ病)で休職していた社員を、休職期間満了で解雇したケースである。当初は、会社、従業員ともうつ病の発症原因が業務ではないとして、私傷病として休職していたが、裁判所は、「うつ病」の発症について業務性を認め、解雇したことは労働基準法19条違反であるとして、解雇無効とした。


●労基法19条とは、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が産前産後休業の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。」である。


●労基法19条では、業務災害が原因で療養のために休業している者を保護する目的で、休業期間中と復職後30日間は解雇が制限されている。労基法19条のポイントは、「業務上・・・」という部分と「療養のために休業」という2点である。症状が固定し、治療の必要が無くなった場合は「治癒」となり、休職していたとしても「療養のための休業」とはならない。


●本ケースでは、社員は私傷病休職としていたために、健康保険から「傷病手当金」を解雇直前まで受給していた。また労働基準監督署の労災認定の判断も下されていなかった。結果的には裁判所が本裁判において、業務上災害であると認定したことになる。労働関係の当事者が、当初私傷病としていた場合でも、裁判所の認定でひっくり返される可能性があるという点で、本判決は企業のリスクマネジメントのあり方を、根本から問い直す必要があることを示唆している。


【事案の概要】

大学(理系)卒業後、技術職正社員としてT社に入社したAは、10年後に生産ラインの立ち上げリーダーに就任したが、トラブル対応等で法定外労働時間が月間60~80時間程度となる期間が続き、頭痛・不眠となり休職に至った。T社就業規則では、「業務外の傷病により休職を命じられた者については、その休職期間が満了したときには解雇される」と定められており、休職期間は勤務年数により異なるが、Aの場合は最長20ヶ月となっていた。T社は休職期間満了でAを解雇したが、Aは本件解雇を労基法19条に反する違法なものであるとして、従業員としての地位確認請求を行った。


【裁判所の判断の要旨】

●法定時間外労働は平均69時間であり、疫学的研究で有意差がみられたとする「60時間以上」というレベルを超えており、その業務内容も、業務内容の新規性、繁忙かつ切迫したスケジュール等、Aに肉体的・精神的負荷を生じさせたものということができる。一方、Aは、精神疾患の既往歴はなく、家族にも精神疾患を発症した者はいない。他に、Aの業務以外にうつ病を発症させる要因があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、Aが発症したうつ病は、業務に内在する危険が現実化したものというのが相当である。


●Aの業務とうつ病の発症との間には相当因果関係があるということができ、当該うつ病は「業務上」の疾病であると認められる。そうすると、本件解雇は、Aが業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって、労働基準法19条1項本文に反し、無効であるといわざるを得ない。


●一般に、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。


●うつ病を発症し、症状が増悪していったのは、T社が、Aの業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないような配慮をしない債務不履行によるものであるということができる。


●解雇は無効であるし、Aは業務上の疾病であるうつ病により労務の提供が社会通念上不能になっているといえるから、民法536条2項本文により、AはT社に対し本件解雇後も賃金請求権を失わない。


【解説】

●解雇無効となったことにより、T社は休職期間中と本件解雇後の賃金を支払うことになった。さらに安全配慮義務違反行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料も負担することとなった。大きな損失である。


●T社では、時間外労働が一定時間を超えた労働者に対して産業医による面接を実施していた。現在では時間外労働が100時間を超えた労働者に対しては産業医による面接指導が義務化されている。T社は法律で面接指導が義務づけされる前から、産業医による面接を行っていたので、メンタルヘルス対策では先進的であった。しかし面接指導でAが不調を訴えたにも関わらず、業務の軽減措置を講じなかった点がT社の責任を逆に重くした。皮肉な結果である。


●社員がうつ病となった場合でも、業務災害と認定されるにはいくつかのバーを超えなければならない。結果的に業務外と認定されるケースも多い。最初にご紹介したように、平成20年度の認定率は31.2%に留まっている。それでも企業は業務災害と認定された場合を想定して、確実な安全配慮義務の履行をつくさなければならない。


●筆者の所にも、うつ病による休職・復職制度導入の相談が増えている。単なる規定の見直しだけではなく、専門家を入れた抜本的なリスクマネジメントの再構築が必要である。



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