茶道体験教室 パート2 生徒さんとの日々のしおりとして、このブログを使わせていただきたいと思います。  -3ページ目

茶道体験教室 パート2 生徒さんとの日々のしおりとして、このブログを使わせていただきたいと思います。 

月に一度の体験教室でも何か人生でプラスになるものを掴んでほしいと思っています。興味ある方は日曜体験教室にご参加ください。何の用意もいりません。その人その人に合ったお茶を体験していただきたいと思います。



茶壷は口緒で縛って、網に入れて床の間に飾ります。

正客はこれを見て壷荘と心得ます。

今日は4畳半でいたします。壷も名物などの由緒ある場合の床の真ん中に置きました。

全員が席入りして始まります。

それぞれ席についたのを亭主は確かめ、向かいつけのご挨拶をしに出てきます。

お客のほうもそれぞれお招きのお礼などの挨拶が済みますと正客が茶壷の拝見をこいます。

亭主は床の間に行き壷を持ってカギ畳を避け踏み込み畳みに壷を持って座ります。

網を解いていきます。二つ結び目を解いたら、左右を持って網を脱がします。


茶壷の首を持って右手で持ち上げ、下の網を手前に引きます。

網を端の両方を中に入れ二つに畳みます。

畳んだ網は茶壷の右に少し離して置きます。


口覆いを取り、網の左側に置き、茶壷の封を確認します。

この封印は亭主のものです。また口覆いを戻し壷の正面を向こうに向けておきます。

網と口緒を持って、左に向き畳みの角に置きます。

壷を正客のところにもって行きます。

正客は次客にお先にと挨拶して。

まず壷の全体を拝見します。

口覆いを上座において封印を拝見します。

正客は次客が見えるように壷を指を立てて左に回して拝見していきます。

拝見終わると口覆いをして縁外で次客に送ります。

次客は同じように拝見して壷は正客のほうに右に回して全体を拝見します。


末客が正客に壷を持ってきますと、正客はもう一度口覆いを取り封印を確認して、口覆いをかけ壷を正面を亭主に向けておきます。


亭主は壷を取りに出て持ってくると、口覆いを取り封印を改めます。

口覆いをして、壷を少し向こうに置きます。

網の上の口緒を懐中します。そして網を取って正面に回ります。

網に入れたら紐の端を二重にして更に二つに折り捻ります。

捻ったところを右手で持ち、左手で壷を抱えるように水屋に帰ります。ここから炭手前が続くわけです。

炭手前も懐石も終わりお客様が中立をしますと、亭主は茶壷の封を切りましたから、真、行、草の鍵の結びをして床の間に飾ります。

今日は初めてな人もいて草の結びをお稽古しました。

全員が草の結びを覚えてくれました。

来週は行と真までいければいいのですが。





冬のソナタはソナタでもパチンコであった。

随分前にも冬のソナタのパチンコがゲームセンターの中にあった。

パチンコとは違いお金も安いので3日ばかり通ってしまう。

それがエスカレートしてパチンコの冬のソナタパート1に遊んだら、大当たりであった。

ゲームセンターで練習したのが良かったようだ。

冬のソナタには嵌った。ビデオを買い、3回見た。

長いので毎年ゴールデンウィークに見ることにしたが、ドラマのパート2は待ちどうしい。

パチンコの冬のソナタ パート2はどんなだろうか、ちょっと気になる。

パチンコも賭け事に入るので私はやらない事にしている。

それが時々冬のソナタパート1のように誘惑に勝てないことがある。

でも一年に一回ぐらいやったうちに入らないか、気を引かれるパート2である。


今年のお汁粉は上手くいかなかった。

昨日作ってちょうど間違ってお稽古に来たレストラン関係の生徒さんに味を見てもらったら甘いという。

私が黒砂糖を入れすぎたのだ。





今日は餡を足し薄めた。

それでも心配で近くのお汁粉屋さんに味比べに行く。



プロの味にはまだ甘すぎると思った。

流石紀の善のお汁粉はあっさりで甘くない。

もう一度直そうと、お汁粉を食べると教室に向かう。

火曜の分と木曜の分の餡をすべて使う。

砂糖は入れないで薄めた。

何とか完成である。まだ少し甘いが最初ほどではなくなった。

でも、大鍋一杯お汁粉が出来てしまった。

餅を焼く鉄板も用意して準備完了である。









昔ならこの壷の中には一家で一年使う分の葉茶が詰まっていたのである。

今頃お茶屋さんから届いた。

初めて使う、壷の口を切るので今頃の茶会は口切の茶事と呼ばれた。晴れやかなものであった。

壷の口に口覆いを掛け口緒という細い紐で左から片結びにしておく。右手前の紐の端を引けば解けるようになっている。

網と呼ばれる袋に茶壷をいれ、濃茶の紐のように結んでいけばよい。


これは直接持って手の暖かさを茶壷に伝えない為である。

葉茶は温度に弱いのである。

こうして網に包んだままではまだ中のお茶の封は切っていない。

これで、床の間に飾りお客様の茶壷の拝見が始まる。


拝見が終わると、お稽古では真、行、草と壷の封を切ったあとの結びにして床の間に飾るのである。

行草の基本はこの淡路結びである。


真の結びでメインの結びになっている。


行は右側を5センチほど長くしておき真ん中で左右を結ぶ。

草は一番簡単で、誰でも最初は草の結びから入る。



私も今日は水屋から茶室までお掃除して、忘れていた壷を出し真行草に結んで床に飾る。

最後にストーブも出し、冬仕度である。

一年の終わろうとする11月に新茶の封を切るという習慣は素晴らしいことだと思う。

日本は火山国である。その上茶道が流行ったころは戦国時代であった。

寒い冬が来る前に一足早く冬の仕度をしておくというのは先祖の知恵だろう。青物がなくなっていくからその補給をお抹茶で取るという知恵はまったく驚きだ。暑い盛りはじっと我慢して新茶を開けず、寒くなってから開けるから長持ちもするわけである。

一家が新茶の封を切り味わう内口切りの茶会も家族の絆を強めたのであろう。

私は炉を開いて、お掃除をして、茶壷を結んで飾り、お汁粉を作ることが口切の時期の習慣になった。

最後に真の結び方を写真で示します。

言葉ではなかなか伝え切れません。分る人は参考にしてください。
























去年の炉開きのときの写真である。

二人の生徒さんの協力で薄茶の運びのお点前が撮れた。


水差しを建てつけ柱のほうに置き総礼して始まる。



水差しを道具畳の真ん中に置く。




棗と茶碗を水差しの前に置き合せる。三つのお道具の中心を結んだ線が二等辺三角形になるといい。

建水に竹の蓋置きと柄杓を入れて、入り炉はお薄でも戸を閉める。


襖は下から20センチから30センチのところを持って戸を閉める。


座るとすぐ、柄杓構えて、蓋置きを出し柄杓を引いて安定させる。

建水を上げ、居まいを直す。




茶碗は左手右手で、炉縁の内隅ねらいに置く。

棗は右手一手で茶碗と膝の間に取り込む。


袱紗を捌き棗、茶杓と清めていく。


茶筅出したら茶碗を立てやすいように手前に引いておく。


柄杓構えて釜の蓋を取り、蓋置きに置くと茶碗の茶巾を釜の蓋に自分に平行して置く。

お湯を汲み、茶筅通しである。







茶筅通しの湯を捨て、茶巾で茶碗を拭く。茶碗を拭いたら茶巾入れたまま下に置き、それから茶巾を釜の蓋に移動する。茶杓を取り、お菓子を食べてなかったら勧める。お薄では本来は言われる前に菓子は頂いていいことになっている。


お薄のお湯の分量は大体三口半で呑める分量である。


背筋を伸ばし、右腕も曲げずに手首を前後に振っていく。

文字に書いてもなかなか最初は手の筋が発達しないので良く振れないものであるが段々やっていくうちに自然に出来てくるものである。


お茶碗の正面をお客様に向けて出す。


お客様が一口呑んだら袱紗を取り、腰に付ける。



お茶碗が戻り、お湯を入れて茶碗を濯ぐとお仕舞いくださいとお客様がいったら茶碗を上に向け、左手を突き答える。


お茶碗を下に置いたら改めてお仕舞にいたしますと挨拶する。


後は水を入れ茶筅通しをしてお道具を片付けていく。

茶杓もって建水引いて袱紗を取り、茶杓もったままで袱紗を捌いて茶杓を清める。


最後に水を釜にたっぷり一柄杓注す。これを仕舞い水という。

柄杓構えて、釜の蓋をする。水差しの蓋を閉めるので柄杓は一旦蓋置きに最初のように引いておく。


水差しの蓋を閉めて拝見が掛からなければ、柄杓取りしっかり持ち替えて蓋置きも持ち建水左手に水屋に帰る。






最初のように拝見ない場合は水差しで総礼で終わる。



炉開きは、うちではお薄の平点前で始まる。

皆さん半年振りだから難しくしないのだ。

その代わり、茶壷の結び方のお稽古はさっそく始まる。

年の暮れに向かって、誰でも茶壷飾り付き花月が出来るようにである。

クリスマスまで後もう二月である。

私のツリーは壷飾りなのである。




高島屋は昔ながらのエレベーターである。もう60年近く変わっていないがとても奇麗だ、乗り心地も良い。幼稚園の頃から高島屋に来ている。母が連れてきていた。昔は屋上に象がいてそれに乗った写真も残っている。

客寄せも変わった。

今は茶道具の美術館である。

うちも大量の招待券を頂いたので生徒さんに配った。

今回は私も行って見てみた。

小さい美術館が出来ていた。

今度感心したのは茶道をあまりやっていない人にも分る様にビデオコーナーがあって説明が良くまとまっていたことである。

利休から宗旦へとながれ、家康から秀忠、家光へとどのように茶道が伝えられたかが分るようにビデオは出来ていた。

そのほか山田宗偏とか川上不白の手作りの茶碗や茶杓が出品されていたことに感激した。なかなか宗偏の手作りのものを見る機会は少なかった。

残念ながらこれから先の会場は撮影禁止である。

カメラのライトも保存の影響を受ける。

中には大名物の国宝クラスの茶入れもあるから当然である。
















二人の生徒さんは入門して一年近く経った。

同じ運びのお点前だが一人は希望で中置の運びをしている。

今日は最後の風炉のお稽古である。

ほとんど何も注意せず、お点前はスラスラ進んだ。

手の指先も気が満ちていてとてもよく見えた。

流石一年頑張り続けるとお点前も立派になるものだと思った。

今週の末は炉開きである。

全員が新しい炉のお点前に入る。

今年は初めて炉のお点前をする生徒さんもいる。

半年おきに炉と風炉が交互に変わるのは、季節の違いでもあるがお稽古には飽きが来ないでいい。

常に新鮮な気分で季節を迎えるというのは心を時めかせ集中力を高めてくれるものである。

風炉が終わり、炉の準備が整うと私の心も浮き浮きしてくる。

少しぐらいの目眩は飛んでいってしまう。



初釜の話をしているうちに、重ね茶碗は三つ重ねる三重茶碗でいこうということになる。

三重とは茶碗を三つ重ねて持ち出し、三服のお濃茶を練るものである。

今回は5人分ずつ練り、全部で15人分を練るということなのだ。

生徒さんは見たことはあるがやったことがないという不安もあり、じゃー五行棚で一度してみようということに、お稽古は急に初釜のリハーサルになる。やって見ると風炉では意外に楽だがお茶碗の帰るタイミングが3つあるので難しかった。兎に角大事なところは無事終わり、後は細かいところは炉に入ってからと納得した。

兎に角来年の初釜は皆伝を受けた生徒さんがお祝いに三つ重ねでお濃茶を練ることに決まった。

お薄の人も決まり、炭手前の人も決まった。

後は細かいお道具を生徒さんと相談して決めればよい。


教室は生徒さんがお稽古が終わると私は炉開きをしてしまう。

生徒さんも手伝ってくれて早く終わった。

炭も今年お稽古で使ったものを奇麗に水洗いした。

軸も炉の軸に替え。

風炉先も新しいものにかえた。

お道具も風炉用から炉用に替えてしまった。

明日からやろうとしていたことが今日一日で終わる。

後はいよいよお汁粉を作る楽しみが残っているだけである。

そうそう、茶壷を出し忘れていた。

明日から茶壷を出して真行草の結び方を練習しながらお汁粉を作ろう。











私がいつも座るバス停の真後ろで真夜中工事が始まった。

歌を歌おうと出て行くとすごい工事の騒音である。

10曲は歌ったが、工事の音の負けた。

でも目眩は少し治まった。

前にも歩道橋の工事を半年近くしていたが、歌っていた。

今度は道路の補修工事らしい。

流石真後ろでバタバタされると上手く歌えない。

それにしても日本の道路はよく何度も掘り返すものである。

最初にドイツのアウトバーン見たいなしっかりした道路を作れなかったのだろうか。

歩道橋の工事でも思ったがあまり必要性を感じさせない工事だった。

今度もである。

歌が歌えなくて文句を言っているようだが、このベンチで私は工事中でも歌は歌うだろう。

真夜中の今夜も後残り15曲は歌ってこよう。

工事の騒音ぐらいに負けてはいられない。

岳父は詩吟の家元だったが、若いときは飯田橋の橋の上で電車が通る音に向かい詩吟を吟じていたという。

私は歌手になるつもりはないが、歌って目眩が楽になるなら歌い続ける。

8畳間は炉を開いた。



一応一つの炉は終わった。

いつもの四畳半の教室は明日はまだ中置で炭点前のお稽古をするので風炉のままである。

やれることから今回はやっておこうと思う。

何しろ酷いめまいの発作が起きたばかりだから、用心している。


炉開きというとお祝いのお汁粉である。

ここ数年続けている。

なかなか好評である。

味は地元の紀の善というお汁粉屋さんにも負けない。

雨の中を何件もスーパーを廻ってやっと納得のいく材料を求めた。

餡は北海道の十勝産である。

餅も純粋国産の突き立て切り餅である。

どちらもお値段もいい。

私のへそくりは空になる。

餡は5キロ、御餅も2キロ確保した。

7キロの餡と餅を持って雨の中帰ってきた。

準備は出来てホッとしている。

後は餡に黒砂糖と少しの塩を入れてぐつぐつ煮込むだけである。

数時間煮込んだものを一日置いて、味を落ち着け食べるのは次の日であるから、買い物も入れて3日掛かりである。

テーブルに買ってきたお餅と餡を広げた。

去年は十勝産の餡が品薄で探すのが大変だった。

今日は雨の中思い切って行ったのが良かったか、一日で買い物はすんだ。



作らないうちから思い通りの素材を得て安心してしまっている。

これからこれだけの量の餡を大なべに入れて少しずつ煮込んでいくのである。

まさに濃茶を練る要領なのである。

餡も弱火でトロトロ煮込めば煮込むほど旨みが出てくる。

塩を入れすぎたらお仕舞である。

黒砂糖をたくさん入れなくても、少しの塩が甘みを増すのである。

このコツは紀の善の先代のお上さんから教わった。

今年は随分お汁粉作りを迷ったがやはり作ることにして良かった。

大体が私がお汁粉好きなのである。