この頃、朝起きるとなかなかベッドから降りられない。左足がなんか可笑しいのである。
それに正座がなかなか出来ない。いよいよかとも思う。
左ひざは20台に全身麻酔で3度手術しているのである。固まって膝が曲がらなくなったのである。
何とか3年に一度の手術で治って、それから30年膝は大切に使ってきた。
正座もほどほどに。それでも30年正座が出来ていたのであるから、手術の成果はあった。
3回も深くメスを入れているので、いつか神経痛のような痛みが出るとは思っていた。
でも困った。
明日は、久しぶりで大円真のお稽古を一人でする。
奥伝なので、お稽古している姿は人には見せないが、正座が出来なくてはお点前が進まない。
正座でなくては集中力も高まらない。
正座でなくては、お道具とのバランスも掴めないのである。
今日は遅くまで頭の中で、何度もお点前をしたが、まだ私は自分でお道具で何度もしないと駄目だと思った。
教えるだけなら、腰痛用の椅子でもよい。
私の先生は歳を取られてから転んで足を悪くなさり椅子で教えていた。
でも、私は正座にこだわる。
正座は仏教では金剛坐という座禅の形であるのだ。
茶道は無念無想で正座をしてお点前をすることが基本である。
私はこれが出来ない生徒さんは、いくらお点前が上手出来ても奥へは導かない。
その私が、とうとう正座が駄目になるのかと思うと何だか情けないやら、つまらないで、もう茶道は出来ないかと思い詰めてしまう。
兎に角、奥伝のお稽古はやらねばならない。
まだ、右足がある。左で立てなければ右でいい。
教える為にするお稽古である。
格好つけて無くてよい。
私は這ってでも教室に行き、生徒さんが来てくれれば教えるのだ。
昔、井上靖さんが利休の小説を書き上げて言った言葉がある。
茶道は命がけの遊びだと。
私にとっては、茶道がすべてだ。
