その山荘は最近建ち始めた高原の別荘に比べ、古めかしいものであった。木造の2階建て、1階は広い居間と食堂があり、その隣に浴室と、調理場と管理人の居室が連なっている。その居間は特別な広さを持っている。居間の広さだけでも30畳ほどもあるが、その中心部には大きな暖炉がある。この山荘には電気はきているが、ガスは台所だけプロパンで、風呂場や冬の暖房は薪か石油ストーブなのだ。昔ながらのペチカも飾り物ではない。2階は、すべて洋間で部屋数だけは多かった。戦後、療養所の建設を諦めたころ、初めて病院職員の為の厚生施設として、急造したものなのだった。だが、急造とはいえ、源造自ら材木の選定、細部の設計まで注文を付け、30年近く経った今も造りはしっかりしている。まして、自然の木目を生かした山小屋風の造りは、年々、重厚さを増し、都会の者にはかえって、その素朴さに心が安らぐ。
絵美子は、薄暗くなってきた夕闇のなか、山荘が見えてくると勢いよくクラクションの音を響かせた。管理人の安野夫婦に自分たちの着いたことを早く知らせたかったのだ。
車が山荘の広い庭に入ると、その車のライトの明かりのなかに安野夫婦の姿が浮かび上がった。
「まあ、いらっしゃいませ。今年は随分といらっしゃるのが待ちどうしかったですよ」と安野婦人が言う。
「おばさん、今年は私たちだけでしばらくお世話になるわ。大人は、色々、忙しくて15日にならないとこれそうよ」
他のものも、大喜びの安野夫婦と挨拶を交わし、トランクの荷物を出そうと車の後部へ行きだすと、
「お嬢さん、安野が荷物はみんな運んで置きますからね。お疲れでしょ、お茶の用意をしてありますから、ひとまず中でお休みなさい」
良介を除く、娘4人はその言葉に甘えて山荘に入った。良介は絵美子に言われて荷物運びを手伝ったのだ。