宗源は満足した様子で、
「伊沢くんも物覚えのいい人だが、よくそこまで覚えていてくれたね。木箱もなく古新聞で2重3重に包み、大事に東京まで運んだものだ。すっかり汚れを拭い、下宿の机の上に初めて花を入れたのも、紫陽花だった。当時は、そんな焼き物があることも知らなかったが、一目見て、その姿に魅せられてしまった。今では、これに花を活け、茶を立てて飲むときは、自分は一介の農夫となり、囲炉裏を囲んで歓談する農家のいにしえに想いを馳せるのだが、、、」
次客の義山が正客の伊沢の話を継いだ。
「なるほど、器も侘びた風情で見事ですが、花もいい。元の木は、建長寺前の半僧坊の木陰にある額紫陽花でしたかな、、、明月院も年々手を入れすぎか、これほどの紫陽花は今年も見られますまい。この広々と、白く色づいた花びら、これは早々といい物を見せていただきました」
「まあ、何とかここまで育ってくれましたので、一つ切って我が家の庭のものながら、この花入れに活けてみました」
この紫陽花は、建長寺派である義山が修行中に一輪をひそかに切り届けたもの。そこまで義山はいわず、白い花びらから、ふと視線を逸らすと、何か思いついたように、また話を始めた。
「どうも、寺の竹やぶがいつ白い花をつけるかと気になりましてな。この頃、眼に見えて勢いがなく、一昔前の竹林の美しさがなくなりかけているようで、裏の穴倉に野犬が住みつき、竹の根を傷めたのがげんいんかなとも思っているのです」
その話に、3客の防大の教授である佐山がつられた。
「最近、野犬が随分と殖え、困ったものですな。つい先日も、材木座の海岸で少女が野犬に襲われ、大怪我をしました。鎌倉には千を超える岩穴がある。また、戦時中には横須賀に米軍が上陸するというので、その穴を更に私なども掘らされた方ですが、、、野犬の住処には格好で、時には群れを成して餌をあさるとか」