「鏡をみて、どう思われたの」
「そう、なんというか、自分を何年振りで取り戻したような。一年ほど患者を診ていなかった。貴方の病弱な身体に対処することで、長年の医者としての自分がよみがえり、今の自分を正視することが出来たと思うけど、、、、」
「貴方にとっても、私は不思議な存在だったという訳なのね。確かに、私は普通の身体ではないの。私、自分が末期ガンの症状であることを知ってしまったの。私の手術が近づいたころ、ある患者さんが私に教えてくれたのよ。もう、ガン細胞が身体にまわって、きっと手術をしても助からないでしょうてね。その人は、私ももうすぐ死ぬわ。お別れねといってくれたのが最後だった。彼女は私より3つ年上で、3度目の手術で2度とベッドには帰ってこなかった。最初の手術で、臓器の一部を切除したとか、いつも下腹部から出ている管をつるしていたわ。私、それを見ると、女同士として哀れで、、、。彼女は2回目の手術でガンと判ったんですって、もし、私が疑うなら自分がしたように、カルテとレントゲン写真をそっと盗み見る方法まで教えてくれたのよ。私も最初は半信半疑で、でも結局見てしまったわ。私は彼女を恨んではいないの。本当のことがわかって良かったと、今では感謝しているくらい。そして、手術の前日になって病院を抜け出してしまったの。これが今の私、、、、」
女はそこで大きくため息をつくと、グラスに残ったブランデーを一口に飲んだ。
「このまま手術を受けても助からないんだったら、私はいったい何の為に生きてきたのかと思うとたまらなくなったわ。年老いた母と二人だけの生活が長すぎたせいかしら、もう35なの。独身を通してきたのは病気がちだった母の為ばかりだと、きれい事はいわないわ。でも、母が死んでから一人きりになってしまい、これで人生が終わるなんてとてもやりきれない気持ちになったの。病院を出てから、思い限りのことをしてみたわ。そして、得られたもの、何もありはしなかった。かえって虚しさがつのるばかりで、それで思い余って母と昔来たことのある、あの岬の吊橋に来たの。もうこれで終わりにしようと思って、、、」
道子は言い終わると、腕時計に目を遣った。
「もう遅い。東京へ帰る電車はないよ。良かったらここへ泊まっていくといい。おかしな巡り合わせでお互い生命の捨て場を失ったようだし、今の君には休養することが一番かもしれない。君さえよければ、しばらくここにいてもいいさ」
道子は暖炉の赤々と燃え上がる炎を見詰めながら頷いた。
田所は彼女がこの別荘に何日いようと構わないと思う。それを迷惑とも思わない自分にもおかしかったが、こんな巡り会わせで今の自分に生気がよみがえったのが不思議だった。
道子には子供たちの部屋を使うように案内した。部屋に入ると、おやすみなさいといって道子は戸を閉めた。
田所は、暖炉の残り火を落とした。灰のなかにガラスが散らばっていた。そのガラスをまるで妻たちの遺骨を拾うようにそっと片付けた。
つづく