そして、闇は光に勝たなかった。

そして光とは言葉。
つまり、動機の言語化は、心の治療に有効である。

であるが、この言語化、即ち客観視を拒むものが人間の中にはある。

それが、デカルトの言う
「我思う故に我あり」の我。言い換えると、主体としての私。
もっと詳しく言うと、世界を可能にする条件としての私。である。

よって、最終的に人間は、「私という病」から逃れることが出来ない。
これをもって、人は自分自身より、自分の傷を愛する。と、言うのである。

こう考えてみるて、人間は癒されることがない。

しかし、最初に述べたように、言葉は人を癒す。
では、どのようにしてか?

それは、私が私であろうとすることをやめるとき。

すなわち、私を私にし、人がその上で生きる全てのものが嘘であることを見抜く言葉の力によってである。