レイキティーチャー|臨床経験1万件以上透析専門病院 3年急性期病院 4年デイサービス 2年介護老人保健施設 3年児童デイサービス 1年身体を基本とし、エネルギーや霊的な影響も含めて、本来の自分へ戻るための施術を行っています。
リハビリの現場では、「患者様との信頼関係が大切」と一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。私自身も実習から理学療法士として働く中で、「家族のように関わる」「親のように思って関わる」「まず信頼関係を築く」といった言葉を何度も聞いてきました。もちろん、患者様との信頼関係は大切です。ただ私は、「仲がいい」「長く関わっている」ということと、信頼関係ができていることは同じではないと思っています。「また私を実験台にするんですか?」学生時代、最後の臨床実習でのことです。それまでの実習では、患者様との関係で大きく困った経験はありませんでした。しかし、同じ学校の作業療法士の学生が、実習先で患者様から厳しい言葉を言われ、関係づくりにとても苦労している姿を見たことがありました。そのため、決して他人事ではないと思っていました。そして最後の実習で、担当する患者様へ初めて挨拶に行ったときのことです。指導者からは、「大丈夫。私がちゃんと話をしているから」と聞いていました。しかし実際に患者様のところへ行くと、「またですか。また私を実験台にするんですか。もう学生が何回も私のところに来るのは嫌なんです」と言われました。私は、「分かりました。一度先生にお話しして、今後どうするのか確認してきます」と答えました。すると、「いいから。結局するんでしょ」と言われました。私は自分では判断できないため、指導者へ患者様の言葉をそのまま伝えました。しかし返ってきたのは、「そんなことはない。ちゃんと私が話しているから」という言葉でした。専門職が「大丈夫」と思っていても、本人は違うかもしれない結局、私はその患者様を担当することになりました。屋外歩行など、さまざまなリハビリを一緒に行いました。ただ、その間に私が何度も聞くことになったのが、担当している指導者に対する患者様の不満でした。私はそれを否定せず、基本的には黙って話を聞いていました。そして実習が終わるとき、指導者から私への評価として、「これから患者様との信頼関係を築いていくことが課題です」と言われました。そのとき私は、「では、この患者様と先生自身の信頼関係は、本当に築けていたのだろうか」と思いました。なぜなら、患者様が話していることを聞いていると、単に「学生が嫌」「リハビリが嫌」というだけではなかったからです。本当に困っていることは何なのか患者様には、退院後の生活やご家族との関係について大きな不安がありました。骨折する前までは普通に生活されていたにもかかわらず、骨折をきっかけに今後の生活について、ご本人が望んでいることとご家族の考えに違いが生じていました。詳しい内容は個人情報になるため書けませんが、その背景を考えると、患者様がなぜ周囲に対して強い不満を持っていたのかも見えてきます。身体だけを見れば、「骨折も回復してきている」「歩けるようになってきている」「身体は良くなっているから大丈夫」と言えるのかもしれません。でも、患者様が本当に不安に感じていたのは、そこだけではありませんでした。身体が良くなったあと、自分はどこで、どのように生活していくのか。家族は自分のことをどう考えているのか。そうした不安を抱えている人に「身体は良くなっていますよ」と伝えるだけでは、その人が本当に困っていることへの答えにはならないと思います。全員と信頼関係を築けるとは限らない私は、専門職であれば誰とでも信頼関係を築けるとは思っていません。人と人なので、どうしても合わないこともあります。やる気がない人もいれば、リハビリをしたくない人もいます。そんなときには、まず話をする。長時間が難しければ、短い時間から関わる。何度か顔を出してみる。それでも難しいのであれば、担当者を変えることが必要な場合もあります。大切なのは、「自分はこの患者様と仲がいいから、信頼関係ができている」と専門職側だけで決めないことだと思います。信頼関係とは、仲良くなることではありません。長く関わることだけでもありません。まして、専門職が一方的に「信頼されている」と判断するものでもないと思います。目の前の人が何を言っているのか。なぜその言葉が出ているのか。その人が本当に不安に感じ、困っていることは何なのか。そこに耳を傾けること。私にとって「信頼関係」という言葉を考える原点の一つが、この実習での経験です。
病院では、できるだけ早く身体を動かし、早期退院につなげていくことが求められます。もちろん、必要以上に入院期間を延ばすことが良いわけではありません。ただ、「病院の中で歩けるようになった=退院して生活できる」なのでしょうか。以前、肺炎で入院された40代の男性を担当しました。仕事への復帰も予定されていた方です。入院当初は呼吸状態が安定せず、動くことでSpO2が低下する状態で、酸素も1L使用されていました。その後、少しずつ状態は改善し、2週目頃にはベッド周囲の動作や短い距離であれば歩けるようになりました。酸素も外すことができました。しかし、ここで一つ問題がありました。短い距離を歩くだけでも、SpO2が90%台前半まで低下していたのです。「歩ける」と「生活できる」は同じなのか?その頃、主治医から週末、もしくは翌週の初め頃には退院という話が出ていました。どのように歩行能力を捉えられていたのかは分かりませんが、私はその状態での退院には少し疑問がありました。確かに病院内では歩けます。しかし、退院すればベッドの周りだけを歩くわけではありません。買い物へ行くこともあれば、外を歩くこともあります。さらにこの方は、退院後に仕事へ復帰する予定でした。現場での仕事もあるため、ある程度の距離を歩いたり、階段を使ったりする必要もあります。そこで私は主治医に現在の状態を伝え、もう少し歩行距離や屋外での動作まで確認してから退院を考えてほしいと相談しました。その結果、予定されていた退院はいったん見送られることになりました。退院後に必要な動作まで確認する3週目頃になると、100〜200m程度歩いても息切れがなく、SpO2も大きく低下しない状態になっていきました。さらに4週目には屋外歩行も行い、問題なく歩けることを確認しました。そこで改めて主治医へ状態を報告し、無事に退院となりました。退院後についても、いきなり以前と同じように仕事をするのではなく、時間や仕事内容を考えながら、できることから少しずつ始めていくようにお伝えしました。この経験から私が感じたのは、病院の中で「歩ける」という一つの動作だけで、退院を判断してはいけないということです。若く、身体機能の回復が早ければ、早く退院できることもあります。しかし大切なのは、早いか遅いかだけではありません。その人は退院したあと、どんな生活をするのか。どのくらい歩く必要があるのか。階段は必要なのか。仕事には戻るのか。そこまで確認して初めて、「今の身体で退院後の生活ができるのか」を考えることができます。早期退院そのものが悪いわけではありません。ただ、「歩けるようになったから退院」ではなく、その人が戻る生活まで考えて退院を判断することが大切だと思っています。
リハビリの現場では、「まだ若いから回復するだろう」と考えることがあります。しかし私は臨床を経験する中で、若いからといって、必ず元の身体や生活まで戻れるわけではないと感じることがありました。以前、40代の患者様で、突然下半身が動かしにくくなった方がいました。本人は足がとにかく重たく、歩こうとしても足が上がりにくい状態でした。脳の画像検査では明らかな異常が確認されず、大学病院を含めさまざまな病院で検査を受けても、症状を説明できる疾患は特定されませんでした。ステロイドの影響なのか、それ以外に原因があるのかも分からない。まさに本人にとっても、私たちにとっても「原因が分からない」状態でした。自主トレを続け、できることは増えていったこの患者様は、とても明るく前向きな方でした。自主トレーニングもしっかりされていました。そして少しずつではありますが、自分で立てるようになり、ベッド周囲の起居動作も自分でできるようになっていきました。移乗やトイレなど、自分でできる動作も増えていきました。一方で、大きな問題として残ったのが歩行でした。下肢には痙性を思わせるような不随意な動きがあり、足が震えたり、思うように足を前へ出せなかったりすることがありました。私は脊髄損傷の患者様には数名しか関わった経験がありませんが、そのときに見ていた症状と非常によく似ていました。しかし、この患者様は脊髄損傷ではありません。原因が特定されないまま、症状そのものは確かに存在していました。リハビリを続け、最終的には両手にロフストランド杖を持ち、上肢の力も使いながら、見守りがあれば歩けるところまでいきました。それでも、日常生活を歩行だけで送ることは難しい状態でした。歩けないなら、回復していないのか?私自身、この患者様には本当に良くなってほしいと思っていました。年齢も40代と若く、本人も前向きで、自主トレーニングも続けている。それでも、努力すればすべての身体機能が元に戻るとは限りません。そこで必要になったのが、「どうすればもっと歩けるか」だけではなく、「今の身体で、どうすれば生活できるのか」という視点でした。ソーシャルワーカーとも相談しながら、住宅での生活には車椅子を取り入れました。障害者手帳の申請なども含め、利用できる制度や環境についても一緒に考えていきました。歩行が完全に自立しなくても、自分で車椅子へ乗り移ることができる。トイレも自分で行える。できないことだけを見るのではなく、できるようになった能力を実際の生活につなげていくことも必要です。そしてこの患者様は、仕事にも復帰されました。事務作業が中心の仕事だったため、営業や見積もりなど外へ出る必要があるときに周囲の協力を得ることで、仕事を続けることができました。「元に戻す」だけがリハビリではないこの経験から、私は回復というものを考えさせられました。若い。本人も前向き。自主トレーニングもしっかり行う。それでも、元の身体機能まで完全に戻れないことがあります。だからといって、そこでリハビリが終わるわけではありません。歩行が難しければ車椅子を使う。必要な制度を利用する。住宅環境を整える。周囲の協力を得ながら仕事へ戻る。身体を元に戻すことだけではなく、現在の身体でその人の生活をもう一度組み立てていくことも、リハビリの大切な役割だと思っています。若ければ、元の生活まで戻れるのか?私は、年齢だけでは判断できないと思っています。そして「回復」を、歩けるか歩けないかだけで判断することもできません。その人が今持っている能力を、どうすれば生活や仕事につなげられるのか。この患者様との経験から、私はそこまで考えることの大切さを学びました。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
バランスが悪い患者様に対して、「バランス練習をすればいい」と考えることがあります。もちろん、バランス練習は必要です。ただ、バランスが悪いからバランス練習をすれば良くなる、という単純なものではありません。以前、脊髄小脳変性症の患者様のリハビリを担当したことがあります。脊髄小脳変性症では、身体のバランスを保つことが難しくなり、転倒のリスクにも注意しながら運動を行う必要があります。この患者様にも、立った状態での練習だけではなく、マット上で四つ這いや膝立ちなどの練習を行っていました。四つ這いには、立った状態と比べて転倒のリスクを抑えながら、体幹を使い、上肢・下肢を動かしていくという特徴があります。発達の過程を考えても、四つ這い、膝立ち、つかまり立ちなど、姿勢を変えながら徐々に立位や歩行へつながっていきます。では、四つ這いや膝立ちができるようになれば、立ったときのバランスや歩行も良くなるのでしょうか?私は、必ずしもそうではないと考えています。四つ這いと立位では、身体に求められるものが違います。だからこそ、四つ這いや膝立ちの練習をした前後で、実際の立ち座りや立位、歩行がどう変化したのかを確認する必要があります。つまり、マット上での練習そのものを目的にするのではなく、実際の動作につなげるための補助として使うということです。立ち座りと歩行でも必要なものは違う同じ「動く」ということでも、立ち座りと歩行では身体に求められるものが違います。立ち座りでは、支持基底面が変化する中で重心を上下へ移動させながら身体を支える必要があります。一方、歩行では前方への移動だけではありません。上下・左右への重心移動や身体の回旋など、さらにさまざまな要素が加わります。そのため、一般的には立ち座りよりも歩行の方が、より複雑な身体のコントロールが必要になります。だから、「歩けないから、たくさん歩く練習をする」だけではうまくいかない患者様もいます。もちろん、実際に歩く練習を繰り返すことで歩行が安定していく方もいます。しかし、その前に四つ這いや膝立ち、立ち座りなど、歩行につながる動作を練習した方がいい場合もあります。大切なのは、「バランスが悪いから、どんなバランス練習をするか」だけではありません。「最終的に何の動作が必要なのか。その動作のために、今どの練習が必要なのか」という視点です。特に脊髄小脳変性症のように転倒リスクへの配慮が必要な疾患では、難しい練習をすればいいわけでも、たくさん歩けばいいわけでもありません。安全性を考えながら、その患者様の現在の状態に合わせて練習を組み立てていく必要があります。そして練習をしたら、実際の動作をもう一度確認する。その練習ができたかではなく、その練習によって必要な動作がどう変わったのか。そこまで確認することが、バランス練習を考えるうえで大切だと思っています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
身体が硬いと感じたとき、「ストレッチをした方がいい」と考える方は多いと思います。では、ストレッチは本当に効果があるのでしょうか?結論から言うと、ストレッチには効果があります。ただし、とにかく身体を伸ばせばいいわけではありません。大切なのは、その日の身体の状態やタイミングに合わせて行うことです。例えば冬の寒い時期。身体が冷えている状態から、いきなり強く身体を伸ばすことはおすすめしません。まず少し歩いたり、軽く身体を動かしたりして身体を温めてからストレッチを行う。お風呂上がりにストレッチをするのも、身体が温まっている状態で行いやすいという点では一つの方法です。そして、もう一つ大切なのが、「自分の身体のどこが伸びているのかを感じること」です。ストレッチをしている方を見ていると、形だけを真似して、とにかく身体を伸ばそうとしていることがあります。でも、同じ姿勢をしていても、身体の硬さや関節の動き方は人によって違います。大切なのは、見本と同じ形を作ることではなく、「今、どこが伸びているのか」「左右で感じ方は違うのか」「無理に伸ばしていないか」と、自分の身体を感じながら行うことです。ストレッチによって筋肉などの柔軟性が高まり、関節を動かせる範囲が広がれば、それまで使いにくかった範囲まで身体を動かしやすくなります。スポーツや日常生活でも、必要な動きを行いやすくなることがあります。ただ、一回ストレッチをしたから身体が柔らかくなる、というものでもありません。身体の状態を確認しながら継続していくことで、少しずつ変化を見ていく必要があります。だから私は、「ストレッチは効果があるのか、ないのか」だけで考える必要はないと思っています。ストレッチには効果があります。ただし、いつ行うのか。どんな身体の状態で行うのか。どこが伸びているのかを感じられているのか。どのくらい継続するのか。そこまで考えることで、ストレッチの効果をより生かすことができます。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
リハビリでは、身体を動かすために筋力は大切です。立つ、歩く、階段を上る。どれも筋力が必要です。では、筋力があれば身体は問題なく動くのでしょうか?以前、20代の男性で腰痛を訴えて来られた方がいました。普段から運動もしており、年齢的にも若い方です。しかし、歩いていると腰に痛みが出ていました。身体を確認していくと、単純に「筋力が弱いから腰が痛い」という状態ではありませんでした。実際に身体を動かしてもらいながら確認すると、足首の安定性や仙骨周囲など、筋力だけではなく身体をどう使っているのかを見る必要がありました。そこで身体を整え、セルフエクササイズも行ってもらいながら経過を確認していくと、歩いた時の腰痛も改善していきました。このような経験をすると、「身体を動かす=筋力」だけで考えていいのだろうか?という疑問が出てきます。もちろん、筋力が必要ないという話ではありません。筋力が大きく低下していれば、立ち上がったり歩いたりすることが難しくなる場合もあります。ただ、筋力があったとしても、その力を身体の中でうまく使えているとは限りません。関節が動くのか。身体を安定させられるのか。感覚はどうなのか。痛みによって動き方が変わっていないか。身体を動かすためには、さまざまな要素が関係しています。だから私は、筋力を測って「十分あるから問題ない」、反対に「弱いから筋力トレーニングをすればいい」と、それだけで判断しないようにしています。大切なのは、その人が持っている力を、実際の動きの中で使えているのか。そこまで見ることです。そしてこの20代の男性には、身体とは別にもう一つ気になったことがありました。身体を整えていく中で話を聞いていると、当時、自分のこれからについて悩んでいることが分かりました。身体だけを見ていた時には見えていなかったことです。この話については、また別の記事で書きたいと思います。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
リハビリや整体では、痛みを減らすことを目的にすることがあります。もちろん、痛みはない方が楽です。ただ私は、リハビリや整体で人の身体に関わる中で、「痛みは、なくなればなくなるほど良いのだろうか?」と考えることがあります。痛みはつらいものですが、一方で身体の状態を知らせてくれる感覚でもあります。身体が疲れている。どこかに負担がかかっている。これ以上動かすと無理がかかる。痛みや違和感があるからこそ、自分の身体の状態に気づけることもあります。整体でも、普段は痛みを感じていなかった場所に触れられて、「ここも痛かったんですね」「こんなところが張っているとは思わなかった」と、不安になる方がおられます。しかし、今まで感じていなかった感覚に気づくことが、必ずしも悪いことだとは私は考えていません。以前、40代の女性が「なんとなく身体がだるい」ということで来られました。実際に身体の動きを確認すると可動域の制限がありましたが、ご本人はそれほど違和感を感じていませんでした。そこで施術を行いながら、「今はどう感じますか?」と途中で確認していきました。すると、「ここにつっぱりを感じます」「ここに違和感があります」と、それまであまり意識していなかった身体の感覚を少しずつ感じるようになっていきました。私は、ただ痛みや違和感を消していくことだけが、身体を整えることではないと思っています。自分の身体が今どうなっているのかを、自分自身で感じられること。それも大切です。身体の感覚が分からなければ、疲れていることにも、無理をしていることにも気づきにくくなります。この女性も、施術を進めながら身体の感覚を確認していく中で、話す内容や意識も徐々にはっきりしていきました。もちろん、身体の感覚が変わったことだけが理由だと断定することはできません。ただ、私はこうした経験から、自己治癒力を考えるうえでも、単に「痛みがなくなること」だけではなく、自分の身体の状態を感じられることも大切なのではないかと考えるようになりました。痛みはつらいものです。だから、我慢すればいいという話ではありません。ただ、痛み=悪いものだから、すべてなくせばいい。それだけで身体を考えてしまうと、見落としてしまうこともあるのではないでしょうか。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
自主トレというと、筋力トレーニングや体操など、「運動をすること」を思い浮かべる方が多いと思います。もちろん、身体を動かすことは大切です。ただ、その人が普段どのくらい身体を動かしているのかによって、必要なことは変わります。以前、70代の女性に関わったことがあります。その方は普段から農作業をしており、さらに週3回、1回3時間ほどテニスをされていました。運動不足とは言えません。むしろ問題になっていたのは、身体を動かす量が多いことでした。時々、膝の痛みを訴えることがありました。それでもテニスが好きで、コートでは一生懸命プレーします。ボール際まで追いかけてスライディングするようなこともあり、転倒することも何度かありました。膝への負担を考えれば、「テニスの時間を減らしましょう」と伝えることもできます。ただ、本人にとってテニスは好きで続けているものです。単純に制限するだけでは、なかなか続きませんでした。そこで必要だったのは、さらに運動を増やすことではなく、今やっている運動に対して、どう身体をケアするのかを考えることでした。例えば、運動前であれば、いきなり強くストレッチするのではなく、少し歩いたり体操したりして身体を動かしてから始める。運動後には、使った身体をゆっくりストレッチする。そしてテニスの最中も、ずっと一生懸命動き続けるのではなく、適度に休憩を入れる。「手を抜くこと=悪いこと」ではありません。好きなことを長く続けるためには、休むことも必要です。ここで私が大切だと思っているのは、「ストレッチは効果があるのか、ないのか」「この体操は効果があるのか、ないのか」という二択だけで考えないことです。ストレッチにも体操にも、それぞれ使い方があります。いつ行うのか。どのくらい行うのか。どのくらいの頻度で行うのか。その人は普段どのくらい身体を動かしているのか。そこまで見て初めて、その人に合った方法を考えることができます。そしてもう一つ大切なのは、実際に本人がどう感じているのかです。専門職が「これは効果があります」と考えていても、本人が身体の変化をまったく感じられなければ、続けることは難しくなります。反対に、自分自身で「これをすると身体が楽になる」と実感できれば、日常の中にも取り入れやすくなります。自主トレだからといって、必ず運動を増やす必要はありません。すでに十分身体を動かしている人なら、必要なのはケアかもしれない。休憩かもしれない。運動のやり方を少し変えることかもしれない。その人が今どんな生活をしていて、何を続けたいのか。そこを見ずに、「この運動が良いからやりましょう」だけでは、その人に合った自主トレにはならないと私は考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
リハビリというと、理学療法士などの専門職と一緒に運動する時間を思い浮かべる方が多いと思います。もちろん、その時間は大切です。ただ、実際に患者様と関われるリハビリの時間は、一日の中では限られています。では、それ以外の時間をどう過ごすのか。私は臨床で患者様と関わる中で、ここも非常に大切だと感じてきました。例えば、自主トレがあります。リハビリの時間にできなかったことを、自分でも繰り返し行う。継続することで身体を動かす時間も増えるため、自主トレを行うことには意味があります。ただし、ここで考えたいのが、「専門職が考えた自主トレをやってもらえば、それでいいのか?」ということです。どれだけ良い運動を考えても、本人が続けなければ継続的な運動にはなりません。反対に、専門職から見れば簡単な運動でも、本人が無理なく続けられるのであれば、毎日の習慣になっていくことがあります。私は、内容だけでなく**「その人が続けられるのか」まで考えることが大切**だと思っています。また、身体を動かす方法は自主トレだけではありません。高齢者施設やデイサービスでは、レクリエーションの中で身体を動かすこともあります。「遊びリテーション」という言葉があるように、遊びや人との関わりを通して、普段あまり使っていない身体を自然に動かすこともできます。病院であれば、リハビリの時間以外に看護師さんと一緒に歩くこともあります。自宅へ戻れば、散歩をする人もいれば、家事の中で身体を動かす人もいます。だから私は、「リハビリ以外の時間には、これをすればいい」という一つの答えはないと思っています。散歩が好きな人もいれば、嫌いな人もいる。一人で体操するのが好きな人もいれば、みんなと何かをする方が自然に身体を動かせる人もいる。人には、それまでの生活や習慣があります。大切なのは、専門職が「これをやってください」と決めることだけではなく、その人が普段どのように過ごしていて、何なら続けられるのかを見ること。リハビリの時間だけを見るのではなく、その人の一日の生活を見る。私は、それもリハビリを考えるうえで大切なことだと思っています。そして、人の身体について考えていくと、運動やリハビリだけでは説明できない疑問も出てきます。身体の不調の背景には、何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、私自身の経験をもとに無料ステップメールでお伝えしています。いろいろ試してきたのに、なぜか対処しきれない。そんな方は、続きを読んでみてください。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
理学療法士になった頃の私は、技術を身につけることで身体を整え、運動しやすい状態を作ることができれば、患者さんの身体は良くなっていくと思っていました。実際、最初に勤めた職場でも、ある技術を重視する考え方がありました。私自身も「もっと技術を身につけたい」と思い、さまざまな方法を学びました。海外から入ってきた神経系へのアプローチなども勉強しました。学んだ技術によって身体が変化することもあります。ただ、臨床でさまざまな患者さんに関わっていくうちに、一つの疑問が出てきました。技術を学べば、本当に患者さんを良くできるのだろうか?例えば、ほぼ寝たきりで自分では身体を動かすことが難しい人がいます。動かない状態が続けば身体は硬くなっていきます。しかし、そういう人に必要なのは、リハビリの時間に身体を動かすことだけではありません。ベッドでどのような姿勢で過ごしているのか。身体のどこに負担がかかっているのか。普段どのようにポジショニングされているのか。リハビリ以外の時間をどう過ごしているかも、身体の状態に関係します。手術前で十分に身体を動かせない人もいれば、手術が終わってもすぐには積極的に動かせない人もいます。そうなると、自分が持っている技術をどう使うかだけでは解決できません。一方で、難しい技術を使わなくても変わっていく人もいました。透析を受けていた患者さんで、まず必要だったのは基本的な立ち座りでした。何度も立ち座りを繰り返していく。特別なことではありません。それでも少しずつできることが増え、最終的には外を歩けるところまで変わっていきました。こうした経験から、私の中で技術に対する考え方が変わりました。技術は必要です。ただ、難しい技術をたくさん知っているから、その人を良くできるとは限りません。新人だからできない、ベテランだからできる、という単純な話でもありません。大切なのは、目の前にいる人に、今何が必要なのか。そこを見たうえで、必要な技術を選ぶことだと私は考えています。そして、身体に関わり続ける中で、私はさらに別の疑問を持つようになりました。なぜ、人によって身体の変化が違うのか。身体の不調の背景には、何があるのか。人に深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。この続きは、無料ステップメールでお伝えしています。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
「人を癒す仕事をしているのに、自分自身が苦しい。」そんな経験はありませんか。私のところへ来られる方の多くは、人を支える仕事をされています。整体師、ヒーラー、占い師、霊能者、理学療法士、看護師、カウンセラー…。皆さん、本当に真面目で、人のために努力されてきた方ばかりです。だからこそ、自分のことは後回しになり、不調を抱えながらでも頑張り続けてしまいます。人を癒し続けるためには、まず自分自身が本来の状態へ戻っていることが大切だということです。ご自身が無意識に受けている霊的影響やエネルギー干渉を受け続けた状態では、本来の感覚や判断が少しずつズレていきます。そして、そのズレに気づかないまま、「もっと頑張らなければ」「もっと学ばなければ」と、自分を追い込んでしまう方も少なくありません。だから陰陽整体では、まず霊的影響やエネルギー干渉を整え、魂と身体のズレを修正し、本来の自分へ戻します。ですが、本来の自分へ戻ることが目的ではありません。戻った状態で、「私はこれから何を選ぶのか。」そこが大切です。私は答えを教えるためにカウンセリングをしているのではありません。本来の自分へ戻ったあなたが、今の現実をどう感じるのか。何を望んでいるのか。それを確認し、現実で実践し、その結果を次回また一緒に確認していく。その繰り返しによって、本来の状態が少しずつ定着していきます。自分本来の生き方や選択をして、経験として自分を満たす。私は、これが本当の意味で「人を癒し続けること」につながると考えています。本来の自分へ戻り、自分の力を発揮し、本来の生き方を選択するために無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
前回は、身体が変わることで、言葉や選択まで変わることについてお話ししました。身体が整い、本来の自分へ戻ることで、今までとは違う感覚が出てくることがあります。今まで何とも思わなかったことに違和感を感じたり、反対に、ずっと迷っていたことに対して「自分はこうしたい」とはっきり感じたりする。ここからが大切です。本来の自分へ戻った状態で、今の現実を改めて見ていきます。本来の自分へ戻ったことで、それまで気づかなかったズレに気づくことがあります。でも、気づいただけでは現実は変わりません。続けるのか。やめるのか。変えるのか。新しく選ぶのか。自分で選び、その選択を現実の中で実践していく必要があります。陰陽整体では、私が「こうしてください」と答えを決めるわけではありません。まず本人がどう感じ、どう考えているのかを確認します。その上で、私から見て気になることがあれば、「私は一つ気になることがあります」「私にはこう見えます」とお伝えします。そして、もう一度本人に返します。「あなたはどう思いますか?」本来の自分へ戻ることがゴールではありません。本来の自分へ戻った状態で、これから何を選び、現実でどう生きていくのか。そして実践してみて、次回また確認する。その繰り返しによって、本来の状態を少しずつ定着させていきます。ここで、お伝えしたいのは、エネルギー、波動は上がったり、下がったりすることです。少し誤解されている方は、成長していけば、エネルギーは下がらないとか、一定になると思われる方がおられますが、、人間関係や環境の場で気の交流であったり、体調も変化したり、、問題は、ブレても本来の自分へ戻ること無意識のうちに、ブレたままでいるど、選択や行動がズレていきます。ですので、ご自身が気づく事が波動やエネルギーでは大事だと思います。次回は、「なぜ本来の自分へ戻っても、以前と同じ選択をしてしまうことがあるのか」についてお話しします。本来の自分へ戻り、自分の力を発揮し、本来の生き方を選択するために無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
前回は、施術によって身体が変化すると、立ち方や歩き方、足の踏み出し方まで変わることについてお話ししました。では、身体が変わることで変化するのは、動きだけなのでしょうか。私は施術をしている中で、身体の変化だけではなく、その人の言葉や選択まで変わっていくことがあります。施術前と施術後で、答えが変わる施術前のカウンセリングでは、物事の見方が曖昧だったり、どう感じたかが曖昧であるが、施術後には、自分の感覚を感じ表現する自分らしさを戻す身体だけを整えているわけではない魂と身体が一致してくると、身体の反応だけではなく、表情や目、雰囲気、言葉にも変化が現れます。「正しい答え」を探さなくなる人は、自分自身がズレている時ほど、「周りはどうしているのか」「どちらが正しいのか」「こうした方がいいのではないか」と、自分の外側に答えを求めることがあります。しかし、本来の自分へ戻ってくると、「私はどうしたいのか」「これは本当に続けたいのか」「本当は何を選びたいのか」という、自分自身の基準から考えられるようになります。だから私は、施術後に答えを教えるのではなく、本人に質問します。「今はどう感じますか?」「本当はどうしたいですか?」「今の現実と、自分が望んでいる未来は一致していますか?」そこで出てきた答えをもとに、本人が選択します。本人が選び、現実で実践する続けるのか。やめるのか。変えるのか。新しく選ぶのか。ここを決めるのは、私ではありません。主語は、あくまでも本人です。陰陽整体で私が行うのは、霊的影響やエネルギー干渉を整え、魂と身体のズレを修正し、本来の自分へ戻すところまでです。その状態で何を選ぶのか。そして、その選択を現実の中でどう実践するのか。それは本人の役割です。だから、身体が変わって終わりではありません。身体が変わり、本来の自分へ戻った時に、「では、自分はこれからどうしたいのか」そこから、その人自身の選択が始まります。次回は、「本来の自分へ戻ることと、現実が変わることは同じではない」についてお話しします。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
前回は、霊的影響やエネルギー干渉を取り除いたあと、本当に元の自分へ戻っているのか、ということについてお話ししました。今回は、私が臨床の中で感じてきた「身体の変化」についてお話しします。痛みが変わるだけではありません施術によって痛みが軽くなる。動かしやすくなる。力が入りやすくなる。こうした変化であれば、身体のつながりから説明できることもあります。しかし臨床を続けていると、それだけでは説明しきれないと感じる変化を見ることがありました。例えば、身体のある場所へ短時間触れただけなのに、その場所の痛みだけではなく、立った時の姿勢や歩き方まで変わる。歩行練習をしたわけではありません。何度も動作を練習したわけでもありません。それでも、歩幅が変わり、足に力が入り、身体全体の動きまで変わることがあります。私は最後に「歩く姿」を確認しています身体の一部分が動きやすくなったからといって、それだけで施術を終えるわけではありません。最後に実際に歩いていただきます。歩幅はどうか。左右の足にしっかり体重が乗っているか。姿勢やバランスは崩れていないか。身体全体がつながって動いているか。そして、本人の感覚も確認します。「歩きやすい」「足に力が入る」「地に足がついた感じがする」そう感じていても、実際の身体の動きと一致しているとは限りません。だから私は、本人の感覚だけでも、私から見た身体だけでも判断しません。両方を確認します。部分を整えたのに、全身が変わる私が長い間気になっていたのは、ここでした。なぜ、身体の一部分への短時間の施術で、離れた場所や歩行まで変わることがあるのか。もちろん、筋膜や関節、神経など、身体のつながりから説明できる変化もあります。しかし、それだけでは自分には説明しきれないと感じる変化もありました。そして、この疑問を追っていく中で、身体の一部分だけではなく、その人全体を見る必要があるのではないか。そう考えるようになりました。身体の痛み。動き。歩き方。本人が感じている身体の感覚。そして、施術後に変わる表情や言葉。これらは本当に別々のものなのか。私は臨床を重ねる中で、少しずつ一つにつながっているのではないかと考えるようになりました。では、身体が変わることと、その人自身の感覚や言葉が変わることには、どのようなつながりがあるのでしょうか。次回は、「身体が変わると、なぜ言葉や選択まで変わるのか」についてお話しします。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
前回は、霊的影響やエネルギー干渉へ対処しているのに、なぜ同じような不調を繰り返すのかについてお話ししました。今回は、その「取り除いたあと」についてです。霊的影響やエネルギー干渉を取り除くと、身体が軽くなる。頭がスッキリする。肩や背中の痛みが楽になる。気持ちが落ち着く。このような変化が出ることがあります。しかし私は、その変化だけでは判断していません。身体が楽になったあと、何を見ていますか?身体は楽になった。でも、以前と同じ人間関係を続けている。本当は嫌だと感じているのに、断れない。相手の問題だと分かっているのに、必要以上に関わってしまう。そして、「本当はどうしたいですか?」と聞かれると、答えが曖昧になる。ここに私は、一つの重要なポイントがあると考えています。人との境界線。自分軸。自分の感情。自分が本当にしたいこと。こうしたことを、すでに学んでいる方も多いと思います。それでも、実際の人間関係や仕事になると、なぜか同じことを繰り返してしまう。分かっているのに、できない。では、何が起きているのでしょうか。私が見ているのは、その人の「言葉」だけではありません私はこれまで、身体を整えていく中で、その人の言葉や判断まで変わる場面を何度も見てきました。それまで曖昧だった方が、「これは嫌です」「私はこれをしたいです」と、自分の意思をはっきり話すようになる。なぜ、身体を整えているのに、言葉や判断まで変わるのでしょうか。私は、この変化を長い間見てきました。そして、この疑問が後に、「魂と身体のズレ」を見ることにつながっていきました。次回は、「身体に現れるズレを、私はどう見てきたのか」霊的影響やエネルギー干渉に気づき、自分でも対処してきた。それでも不調を繰り返し、誰に相談すればいいのか悩んでいませんか?無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
霊的影響やエネルギー干渉に気づき、浄化や結界、ヒーリングなど、自分なりに対処している。それでも、人と関わったあとに急に身体が重くなる。疲れが抜けない。眠れない。肩や背中に今までとは違う痛みが出る。中には、自分で霊的影響を取り除くことができても、その後ひどく疲れたり、寝込んでしまったりする方もいます。では、なぜ対処しているのに同じことを繰り返すのでしょうか。取り除けていないから、とは限りません私自身、長年の原因不明の不調を経験し、理学療法士・整体師として多くの身体を見てきました。その中で分かってきたのは、霊的影響を取り除くことと、本来の自分へ戻ることは同じではないということです。霊的影響やエネルギー干渉を取り除くことは必要です。しかし、そこだけを整えても、魂と身体そのものにズレが残っていれば、本来の自分へ戻ったとは言えません。だから私は、霊的影響を取り除いて終わりにはしていません。ただ、今日はここを詳しく説明しません。今回伝えたいのは、「対処しているのに繰り返す=自分の対処が間違っている」とは限らないということです。何度も繰り返しているなら、取り除くこととは別に、見なければならないところがあります。私自身も、対処することばかり考えていました以前の私は、不調が出れば「何を受けたのか」「どうすれば取り除けるのか」というところに意識が向いていました。もちろん、それによって変わることもあります。しかし、対処して楽になっても、また同じような状態になる。この繰り返しを見ていく中で、私は「取り除いた後」に目を向けるようになりました。霊的影響がなくなったあと、自分自身は本来の状態へ戻っているのか。ここが大きな分岐点でした。霊的影響を取り除くことがゴールではありません。では、その先にある「本来の自分へ戻る」とは、具体的にどういうことなのか。次回は、「霊的影響を取り除くだけでは、本来の自分には戻れない」についてお話しします。霊的影響やエネルギー干渉に気づき、自分でも対処してきた。それでも不調を繰り返し、誰に相談すればいいのか悩んでいませんか?無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
前回は、自分でエネルギーを整えても戻れなくなる状態と、霊的影響・エネルギー干渉についてお伝えしました。今回は、それらを取り除き、魂と身体のズレを修正したあと、この方に何が起きたのかをお伝えします。本来の自分へ戻ってから確認する陰陽整体では、カウンセリングによって考え方や生き方を変えて、本来の自分へ戻すわけではありません。まず霊的影響・エネルギー干渉を取り除き、魂と身体のズレを修正する。ここで本来の自分へ戻ります。その状態で初めて、「今の現実と、本当に望んでいる未来は一致しているのか」を確認していきます。この方の場合、これまで数字を追い、周囲の評価や結果によって自分自身まで評価していました。そこで改めて、「なぜ、この仕事をしているのか」「本当は何を実現したいのか」「今やっていることは、その目的と一致しているのか」と確認していきました。以前は曖昧だったことも、本来の自分へ戻った状態では、自分自身で確認できるようになっていきます。大切なのは、自分で選ぶこと数字を追うことが悪いわけではありません。仕事を変えることが悪いわけでも、今の仕事を続けることが正解でもありません。重要なのは、周囲を基準に決めるのではなく、自分が何を目的として、何を選ぶのか。そして選んだら、現実で実践することです。私は答えを決めません。本人の考えを確認した上で、必要があれば、「私は一つ気になることがあります」「私にはこう見えます」とお伝えし、もう一度本人に返します。最終的に決めるのは本人です。腰痛が教えていたものこの方の腰痛では、身体的にはお尻の横から腰、股関節周囲に硬さがあり、身体を横へ傾けたときに痛みが出ていました。身体を整えながら、霊的影響・エネルギー干渉を取り除き、魂と身体のズレを修正していく。そして本来の自分へ戻った状態で、自分の目的や選択を確認し、現実で実践していく。その過程とともに、腰痛も改善していきました。この症例を振り返ると、腰痛は単なる「腰の問題」ではありませんでした。自分ではなく外側を基準にし、本来の方向性からズレていることを知らせる一つのサインだったと私は考えています。本来の自分に戻ることがゴールではない霊的影響やエネルギー干渉を取り除けば、それで終わりではありません。本来の自分へ戻ったあと、「これから何を続けるのか」「何をやめるのか」「何を変えるのか」「何を新しく選ぶのか」それを自分で決め、現実で実践していく。そして次回、「実践してみて、どうでしたか?」ここからまた確認していきます。この繰り返しによって、本来の自分の状態を少しずつ定着させていきます。身体を整えることも、霊的影響・エネルギー干渉を取り除くことも大切です。しかし、その先にあるのは、本来の自分として、自分の人生を選び直していくこと。今回の症例を通して、私が最もお伝えしたかったことです。7回にわたりお読みいただき、ありがとうございました。
前回は、周囲へ意識を向け続けることで、自分と相手との境界線が曖昧になり、エネルギーが低下していくことについてお伝えしました。今回は、そこからさらに一段深く、エネルギー干渉と霊的影響についてお話しします。エネルギー干渉と霊的影響は違うこの方は、「周囲はどうしているのか」「数字は出ているのか」「自分はどう評価されているのか」と、外側へ意識が向きやすくなっていました。その状態が続くと、自分と周囲との境界線が曖昧になり、人の感情や雰囲気、環境の気など、外側からのエネルギー干渉を受けやすくなります。そして、自分の内側の気の循環が低下すると、本来持っているエネルギーを発揮しにくくなります。ここで大切なのは、エネルギー干渉と霊的影響は同じものではないということです。エネルギー干渉を受け続け、自分自身のエネルギーが低下していくことで、霊的影響も受けやすくなります。この方の場合も、この両方が重なっていました。なぜ、自分では戻せなくなるのかこの状態で「数字を気にしないようにしよう」「周囲と比較するのをやめよう」と思考だけを変えても、本来の状態には戻れません。すでに霊的影響やエネルギー干渉によって、本来の自分からズレた状態になっているからです。自分では整えたつもりでも、また同じところへ戻る。何が本当に自分の考えなのかも分かりにくくなる。これは、エネルギーについて何も知らない方だけの話ではありません。ヒーリングや浄化などを学び、自分でエネルギーを整えられる方でも、自分自身が干渉を受けている状態では対処しきれないことがあります。エネルギーを流すことと、霊的影響・エネルギー干渉を取り除くことは違います。まず、霊的影響・エネルギー干渉を取り除く陰陽整体では、原因不明の不調に対して、まず霊的影響・エネルギー干渉を取り除きます。その上で魂と身体のズレを修正し、本来の自分へ戻していきます。ここで初めて、本人自身が今までのズレを確認できるようになります。「なぜ数字ばかり追っていたのか」「本当は何をしたかったのか」「今の現実と、本当に望んでいる未来は一致しているのか」カウンセリングで答えを教えたり、生き方を変えたりするのではありません。本来の自分へ戻った状態で質問することで、本人自身がズレに気づき、自分で選択して現実で実践する。その繰り返しによって、本来の状態を定着させていきます。次回はいよいよ最終回です。霊的影響・エネルギー干渉を取り除き、魂と身体のズレを修正したあと、この方は何に気づき、何を選んだのか。そして腰痛はどう変化したのか。この症例を最後にまとめます。
前回は、「結果が出ないから違うことをする」という選択が、本当に自分で決めた方向転換なのか、それとも結果から逃げるための選択なのかについてお伝えしました。今回は、この方に起きていたことをエネルギーの観点から見ていきます。自分よりも、周囲に意識が向いていたこの方には、一つ大きな特徴がありました。自分が本当に何をしたいのかよりも、「周囲の人はどうしているのか」「どれくらい数字が出ているのか」「自分はどう見られているのか」と、外側へ意識が向きやすくなっていました。問題は、自分が何を目的としているのかが曖昧なまま、周囲を基準にしていたことです。境界線が曖昧になると、エネルギーも影響を受ける「自分がやるべきこと」と「相手や周囲がやること」の境界線が曖昧になっていました。境界線が曖昧になるほど、周囲の感情や雰囲気、環境の気の流れまで受けやすくなります。すると、自分の内側の気の循環が低下していく。自分のエネルギーが下がれば、さらに周囲の影響を受けやすくなる。そして、また外側へ意識が向き、怒り、嫉妬、この悪循環が起きていました。「何がしたいのか」が、さらに分からなくなる「私は何をしたいのか」「何のために、この仕事をしているのか」「本当に必要な数字は何なのか」という、自分自身の方向性まで見えにくくなっていました。だから、数字が悪ければ別のことが気になる。誰かが結果を出せば、その方法が気になる。こうして外側に答えを求めれば求めるほど、本来自分が持っている力を発揮しにくい状態になっていきます。エネルギーを流すだけでは終わらないここで、「では、エネルギーを流せばいいのではないか」と思われるかもしれません。しかし、陰陽整体で行っていることは、単純にエネルギーを流すことではありません。この状態が続いている方には、エネルギー干渉だけでなく、霊的影響が関係していることもあります。その状態では、自分でエネルギーを整えようとしても、本来の自分まで戻せなくなっていることがあります。だからこそ、まず霊的影響・エネルギー干渉を取り除く。そして、魂と身体のズレを修正し、本来の自分へ戻す。そこから初めて、「自分は本当はどうしたいのか」ということを、自分自身で確認できるようになります。次回は、この方に起きていたことをさらに一段深く、霊的影響・エネルギー干渉という視点からお伝えします。
前回は、この方が「数字」にこだわっていた背景についてお伝えしました。数字を求めている。しかし、「なぜ、その数字が必要なのか」「誰に何を届けたいのか」「何のために今の仕事をしているのか」と聞いていくと、その目的が曖昧になっていました。「うまくいかないから、違うことをする」この方には、一つ気になるところがありました。何かを始めても、思うような結果が出ない。数字が伸びない。すると、「これは自分には合っていないのではないか」「違うことをした方がいいのではないか」と、別の方向へ意識が向いていく。もちろん、方向転換すること自体が悪いわけではありません。本当に自分が望んでいる方向と違うのであれば、やめることも、変えることも必要です。しかし、「自分で方向を選び直すこと」と「結果が出ないから逃げること」は違います。ここで大切になるのが、「なぜ、それを始めたのか」という目的です。何を大切にしているのか。何を実現したいのか。なぜ、その仕事を続けたいのか。そこが明確であれば、数字が思うように伸びないときにも、「やめるのか」「続けるのか」「やり方を変えるのか」を自分で判断できます。しかし、この方はその軸が曖昧になっていました。周囲を基準にすると、自分の方向が分からなくなる前回お伝えしたように、この方は周囲へ意識が向きやすく、自分と相手との境界線も曖昧になっていました。周囲の人がうまくいっている。誰かが「これがいい」と言っている。数字が伸びている人がいる。そういった外側の情報が入るたびに、自分の方向まで揺れてしまう。すると、本来は自分で決めるはずのことまで、周囲を基準に選ぶようになります。エネルギー的に見ても、外側へ意識を向け続ければ、自分の内側の気は消耗していきます。そして自分のエネルギーが下がるほど、さらに周囲の雰囲気や感情、環境の影響を受けやすくなる。外側を見る↓自分の軸が分からなくなる↓エネルギーが下がる↓さらに外側の影響を受けるこの循環が起きていました。私が答えを決めるわけではありませんだからといって、「今の仕事を続けた方がいい」「やめない方がいい」と私が決めるわけではありません。大切なのは、本人が本来の自分へ戻った状態で、「私は、本当はどうしたいのか」を自分で確認することです。陰陽整体では、カウンセリングによって生き方を変えるわけではありません。まず霊的影響・エネルギー干渉を取り除き、魂と身体のズレを修正して、本来の自分へ戻す。その状態で、「今やっていることは、本当に自分が望んでいることなのか」「目的と、今の行動は一致しているのか」「続けるのか、変えるのか」と質問していきます。本来の自分へ戻ったからこそ、今まで見えなかったズレを本人自身が確認できるようになるからです。逃げることと、方向を変えることは違います。続けること、やめることが正解でもありません。自分が何を目的として、なぜそれを選ぶのか。そこが明確になった上で、自分で選び、現実で行動することが大切なのだと思います。次回は、この方が本来の自分からズレていく中で、エネルギー干渉がどのように起きていたのかについて、さらに詳しくお伝えします。