理学療法士13年|整体師6年|臨床1万件以上|レイキティーチャークライエントを含む特定の人と関わった後に起こる、説明しきれない疲労や不調にいて発信しています。陰陽整体https://seitai-ameblo.s.gy/hp
― デイサービスでの経験から考える、時間と労力の使い方 ―人のために一生懸命行動しているのに、なぜか自分ばかりが疲れてしまう。相手のことを考えて、何度も声をかける。相手が納得するまで説明する。できるだけ相手の希望に合わせようとする。それでも、思うように物事が進まないことはないでしょうか。医療従事者や整体師、ヒーラーなど、人を支える仕事をしている方の中には、このような経験をしたことがある方もいると思います。しかし、相手のために時間や労力を使い続けることが、本当に相手のためになるのでしょうか。今回は、私が理学療法士としてデイサービスで働いていた頃の経験から、考えてみたいと思います。できるだけ全員にリハビリを提供したかった私が働いていたデイサービスでは、リハビリだけでなく、送迎や食事、おやつ、入浴など、さまざまなサービスを提供していました。その中で私は、運動マシンなども活用しながら、できるだけ全員の利用者様が少しでもリハビリを受けられるように工夫していました。しかし、利用者様によって、リハビリに対する意欲や考え方は異なります。その中に、週1回利用される男性の方がいました。私は、その方にもリハビリを受けてもらいたいと考え、何度も声をかけていました。「今日はこれをしてみませんか?」「あちらで運動してみませんか?」しかし、本人の返事は曖昧で、なかなかリハビリにつながりませんでした。もちろん、リハビリをしたくない気持ちも理解できます。ただ、何度も声をかけたり、本人の返事を待ったりしているうちに、時間が過ぎていきました。その結果、ほかの利用者様への対応が十分に回らなくなることもあり、私自身も疲れていました。そこで、私は関わり方を変えることにしました。「今日は1回だけ歩いて終わりましょう」それまでの私は、本人に何をするか提案し、リハビリへ誘導しようとしていました。しかし、その方法では時間も労力もかかっていました。そこで、声のかけ方を変えました。「今日は1回だけ歩いて終わりましょう」歩く前には、軽い運動やストレッチを行いました。そして、実際に少し歩いたら、その日のリハビリは終了しました。「すぐ終わります」と伝えたとおり、本当に短時間で終えるようにしたのです。すると、その男性は歩くようになりました。それまでのように、何度も声をかけたり、さまざまな運動を提案したりする必要もなくなりました。私自身の時間や労力も減り、ほかの利用者様への対応もしやすくなりました。ここで気づいたことがあります。相手のために時間や労力をかけることと、相手にとって適切な関わり方をすることは、必ずしも同じではないということです。もっと時間をかけることが正解なのか?リハビリの専門職という立場から考えれば、もっと運動する必要がある、もっと時間をかけた方がよい、という考え方もあると思います。もちろん、身体の状態や目標に応じて、必要な運動量を考えることは大切です。しかし、実際の現場では、すべての方が同じようにリハビリへ取り組めるわけではありません。本人の意欲も違えば、利用する頻度も違います。また、一人の利用者様だけに時間を使えるわけでもありません。今回の男性に対して、私はリハビリを諦めたわけではありません。むしろ、本人が取り組める形に変えたことで、実際に歩くという行動につながったのです。これは、単にリハビリの時間を短くすればよいという話ではありません。その人の状態や状況に合わせて、関わり方そのものを見直すことが必要だということです。人間関係でも同じことが起きていないでしょうかこの経験は、リハビリの現場だけに限った話ではないと思います。例えば、相手に理解してもらおうと何度も説明する。相手が行動するまで、何度も声をかける。相手の希望に合わせようとして、自分の予定や時間を調整し続ける。それでも状況が変わらず、自分だけが疲れてしまう。そのような経験はないでしょうか。もちろん、人によって必要な支援や関わり方は違います。時間をかけて話を聞くことが必要な場合もあります。しかし、いつも自分が時間や労力を増やすことだけが、解決方法なのでしょうか。今回のデイサービスでの経験では、私が声をかける回数を増やしても、状況は大きく変わりませんでした。一方で、関わり方を変えると、本人も行動するようになりました。つまり、問題は必ずしも努力の量ではなかったのです。相手に合わせる方法を変えてもいい人を支える仕事をしていると、相手に合わせることが大切だと考える場面は多いと思います。私自身も、できるだけ一人ひとりに合わせたいと考えていました。しかし、相手に合わせることと、相手のために自分が無理をし続けることは違います。相手に合わせるために、自分の時間や労力をどこまでも使い続ける必要があるのでしょうか。今回の経験では、関わり方を変えることで、本人もリハビリに取り組めるようになり、私自身の負担も減りました。そして、ほかの利用者様に使える時間も確保しやすくなりました。相手のために何ができるのかを考えることは大切です。しかし、それと同じように、自分がどこまで関わる必要があるのか。今の関わり方は、本当に相手のためになっているのか。この二つを考えることも大切ではないでしょうか。相手を大切にするために、自分が疲れ続ける必要はありません。もっと頑張るのではなく、関わり方を変えてみる。それも、一つの選択だと思います。あなたの世界の主人公はあなたです身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=041
― 技術や知識を積み重ねても、満たされなかった理由 ―「もっと技術、知識があれば、経験を積めば、自分の力を発揮できるのではないか」人の身体や心に関わる仕事をしている方の中には、このように考えた経験がある方もいるのではないでしょうか。私自身も、理学療法士として働いていた頃、同じようなことを考えていました。なぜか自分の力を十分に発揮できていない。もっとできることがあるのではないか?そんな思いを抱えていたのです。自分の力を発揮できないのは、本当に能力が足りなかったからなのでしょうか?他人と比較することは、悪いことなのか?まず、他人と比較すること自体が悪いとは思っていません。人には得意なこともあれば、不得意なこともあります。もちろん、資格の有無や職場環境、リスク管理などによって、実施できることには違いがあります。しかし、必要な知識や経験を積み重ねることで、多くの技術は少しずつ身につけていくことができます。私自身も、そのようにして学んできました。では、技術や知識が増えれば、自分の力を十分に発揮できるようになるのでしょうか。私は、必ずしもそうではないと考えています。技術があれば、相手はリハビリを受けてくれるのか?例えば、優れた技術を持っている理学療法士がいたとします。その技術を使えば、身体の状態が改善する可能性がある。しかし、だからといって、患者さんが必ずリハビリを受けてくれるとは限りません。なぜでしょうか?患者さんにも、それぞれの状況があるからです。身体、精神、生活環境、これまでの経験。そして、本人が何を望んでいるのか。例えば、身体が弱っている方に対して、「大丈夫ですよ」「きっと良くなりますよ」と声をかけることがあります。もちろん、励ましの言葉が必要な場合もあるでしょう。しかし、その方の状況によっては、安易に大丈夫と伝えることが適切ではない場合もあります。だからこそ、私は相手を多角的に見ることが大切だと考えています。そのためには、まず相手の話を聞くこと。そして、相手が自分の思いや状況を話せるように、関わり方を考えることも必要です。私の強みは、1年目からすでにあった私は、もっと技術を身につければ、自分の力を発揮できると思っていました。そう考えながら、さまざまなことを学んできました。もちろん、その積み重ねは無駄ではありません。知識や技術が増えることで、対応できることも増えていきました。しかし、後になって気づいたことがあります。私が本当に大切にしていたものは、理学療法士1年目の頃からすでにあったのです。それが、相手を多角的に見るという視点でした。もちろん、1年目の私に十分な知識や技術があったわけではありません。経験も足りなかったと思います。しかし、相手をどのような視点で見ようとしていたのか。その土台は、すでに持っていたのです。それなのに、私は自分に足りないものばかりを探していました。経験や肩書きがあれば、信頼されるのか?ここで、もう一つ考えていただきたいことがあります。経験年数が増えれば、相手から信頼されるのでしょうか?役職があれば、信頼されるのでしょうか?もちろん、経験や肩書きが相手に安心感を与えることはあります。しかし、それだけで継続的な信頼関係が築けるわけではありません。威厳のある態度を取れば、相手が話を聞いてくれるというわけでもありません。相手の状態によって、必要な関わり方は違います。そして、人としての最低限のマナーや社会性も必要です。私は、信頼関係とは、技術や肩書きだけでなく、日々の関わりの積み重ねによって築かれていくものだと考えています。だからこそ、相手を多角的に見る視点が大切なのです。ただし、多角的に見ているからといって、それだけで相手が喜んでくれるわけでもありません。大切なのは、自分がどれだけ多くのことを見ているかではなく、その人にとって何が必要なのかを考えることではないでしょうか。自分の力が発揮できなかった本当の理由私は、自分自身が持っていた強みから、意識が離れていたのです。「もっと有名な先生のようになれれば」「もっと頭が良ければ」「もっと知識があれば、うまく説明できるのに」このように、他人が持っているものや、自分に足りないものばかりを見ていました。もちろん、他人から学ぶことは必要です。しかし、他人と比較することが中心になると、自分自身が何を大切にしていたのかが見えにくくなることがあります。私は、陰陽整体の中で、気やエネルギーという視点も大切にしています。その視点から振り返ると、当時の私は、自分のエネルギーが外側に向かい、分散していた状態だったと捉えています。これは、他人から何かを奪われていたという意味ではありません。自分の意識が、常に他人の能力や評価に向いていたということです。あなたが本来持っている力とは?もしかすると、あなた自身にも、すでに持っている強みがあるのかもしれません。それは、特別な技術ではないかもしれません。誰かと比較して優れているものでもないかもしれません。それでも、あなたがこれまで大切にしてきた考え方や、人との関わり方の中に、自分自身の土台となるものがあるのではないでしょうか?足りないものを探すことに意識が向きすぎて、自分がすでに持っていたものを見失っていなかっただろうか。今回、皆さんにも一度考えていただきたいと思います。あなたが本来持っている力とは、何でしょうか?そして今、その力を発揮するために、あなたの意識はどこに向いているでしょうか。あなたの世界の主人公はあなたです陰陽整体について陰陽整体 青体seitai-ameblo.s.gy身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=040
私の答えは、「同じであり、同じではない」ということです。身体を整えることと、エネルギーを整えることは同じなのか?まず、同じであるという観点から考えてみましょう。例えば、疲れた身体を休めること。十分な睡眠を取ったり、深呼吸をしたりすることで、身体の緊張が和らぎ、気分が落ち着くことがあります。また、食事も同じです。食べ物を消化・吸収するためには、胃や腸などの内臓が働き、エネルギーを消費します。その一方で、食べ物から栄養を吸収することで、私たちは活動するためのエネルギーを得ています。このように、身体の働きとエネルギーは切り離して考えることができません。私がこれまで身体に関わる仕事をしてきた中でも、まず身体を整えることが、その後の心の落ち着きにつながる場合があると感じています。例えば、深呼吸をする、身体を休める。無理のない範囲で身体を動かす。こうした比較的簡単なことでも、身体の状態が変化し、気持ちが落ち着くことがあります。ただし、すべての方が同じとは限りません。身体を休めても、なかなか元気が出ない。身体への施術を受けても、十分な変化を感じられない。そのような方もいます。身体とエネルギーはつながっているけれど、必ずしも同じ方法で整えられるとは限らないということです。そもそも「気を整える」とは、どういうことなのか?ここで、私が考える「気を整える」ということについてお伝えします。それは、自分自身に意識を向けることです。例えば、いつも他人のことばかり考えている方。もちろん、他人を思いやること自体が悪いわけではありません。しかし、自分自身の気持ちや身体の状態を確認しないまま、他人のことばかり考えているとどうなるでしょうか。自分が何をしたいのかわからなくなる。何から取り組めばいいのかわからなくなる。物事を決めるときに、いつも誰かの意見を必要とする。こうした状態になることもあります。私は、このように自分自身へ意識を向けられなくなっている状態を、エネルギーが分散している状態として捉えています。ただし、集中力の低下や物忘れには、睡眠不足や体調、病気など、さまざまな原因があります。これらをすべてエネルギーの問題と判断するわけではありません。ここで考えていただきたいのは、自分を主語にして物事を考えられているかということです。「私はどうしたいのか、私は何を大切にしたいのか」という視点を持つことです。私は、これも気を整えるうえで大切なことだと考えています。自然に触れることで、身体や心が落ち着く理由身体や気持ちを整える方法の一つに、自然に触れることがあります。自然環境や自然音が、ストレスや気分などに与える影響については、研究も行われています。一方で、自然の音が人間の「エネルギーの波長」を直接整えるという仕組みまで、科学的に確立されているわけではありません。私は、自然に触れることを、外側に向き続けていた意識を自分自身に戻す機会としても捉えています。現代では、生活習慣や働き方が変わり、自然と触れ合う機会が少なくなっている方もいると思います。だからこそ、ときには自然の中で過ごしたり、身近な自然の音に耳を傾けたりすることも、自分の状態を確認するきっかけになるのではないでしょうか。身体やエネルギーを整えても、不調を繰り返す理由ここからが、今回最もお伝えしたいことです。身体やエネルギーを整えることと、不調の原因を理解することは、つながっているけれど同じではありません。例えば、職場の人間関係に強い負担を感じている方がいるとします。この場合、身体を整えることだけで十分なのでしょうか。私は、そうではないと考えています。なぜなら、不調につながっている可能性のある環境や人間関係が、そのまま残っているからです。もちろん、職場を変えればすべて解決するわけではありません。また、生活や経済的な事情によって、簡単に転職できない方もいるでしょう。その場合には、人との関わり方や距離の取り方を考える必要があります。どこまで自分が関わるのか。どこから先は相手の問題なのか。本当に自分が引き受けなければいけないことなのか。こうした現実の問題を確認することも大切です。私は、エネルギーを整えることと同時に、こうした他人との境界線を確認することも必要だと考えています。健康に気をつけているのに、不調になるのはなぜか?例えば、お酒を飲まない。タバコも吸わない。食事にも気をつけている。適度に運動もしている。それでも、不調を感じる方はいます。なぜでしょうか?必要に応じて医療機関で確認することも大切です。そのうえで、私は身体以外の側面にも目を向ける必要があると考えています。自分の気持ちを無視して、他人の期待に応え続けていないか。こうしたことも、心身の状態に関係する場合があります。身体を整えることは大切です。しかし、身体を整えることだけで、自分が置かれている現実まで変わるわけではありません。だからこそ、不調の原因を理解するためには、身体だけではなく、自分の生活や人間関係、考え方にも目を向ける必要があるのです。不調は、すべて悪いことなのか?例えば、これまで無理をして続けてきたことに対して、身体に違和感が現れたとします。その違和感をきっかけに、「本当にこのままでいいのだろうか」と考えることもあるでしょう。私は、こうした経験が、自分の生き方や方向性を見直す機会になる場合もあると考えています。陰陽という視点で捉えるなら、陰の出来事をきっかけに、陽の方向へ進む機会が生まれるということです。ただし、ここには注意が必要です。すべてのネガティブな出来事を、無理にポジティブに変える必要はありません。また、陽の方向に進もうとするあまり、周囲の状況を確認せずに突き進んでしまうこともあります。陰と陽のどちらか一方だけを求めるのではなく、今の自分に何が必要なのかを確認することが大切です。そして、不調そのものを特別なメッセージと決めつけるのではなく、現実に起きていることを丁寧に確認する必要があります。身体を整えることと、不調の原因を理解すること今回のテーマに戻ります。私の答えは、最初にお伝えしたように、「同じであり、同じではない」ということです。身体を整えることも、心を整えることも、エネルギーを整えることも、最終的には自分自身の人生を生きるためのものではないでしょうか。あなたの世界の主人公はあなたです陰陽整体について陰陽整体 青体seitai-ameblo.s.gy身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=039
皆さんは、誰かと話をしているときに、急に気分が悪くなった経験はありませんか?今回は、契約や商品の購入など、お金が発生する場面を例にお話ししたいと思います。 値段だけで決めてよいのでしょうか?例えば、同じようなサービスを提供している会社が二つあったとします。どちらも説明が丁寧で、自分の質問にも答えてくれる。サービスの内容も似ている。では、値段が安い方を選べばよいのでしょうか?反対に、担当者との相性が良いからという理由だけで決めてもよいのでしょうか?私は、どちらか一つだけで判断する必要はないと考えています。契約や購入には、さまざまな判断基準があります。価格、サービス内容、保証、修理、契約期間、解約条件。そして、自分が何のために購入するのかという目的です。まずは、こうした現実面を整理する必要があります。しかし、私はそれだけではなく、もう一つ確認していただきたいことがあります。それが、自分自身の身体の感覚です。見える部分と見えない部分。陰と陽の両方を見る陰陽整体では、見える部分と見えない部分の両方を大切にしています。今回の契約や購入に当てはめると、陽の部分は、現実に確認できる情報です。一方で、陰の部分は、自分の内側で感じていることです。相手と話しているときの感覚。気分の変化、身体の緊張や違和感。言葉では説明しにくい感覚もあると思います。ここで、波長や波動という言葉を耳にすることがあります。しかし、私は、すべてを波長や波動だけで判断すればよいとは考えていません。どれだけ相性が良いと感じても、契約内容に問題があれば確認する必要があります。反対に、条件が良くても、自分の中に違和感が残るのであれば、すぐに決める必要はありません。見える部分と見えない部分の両方を確認することが大切なのです。身体は違和感を教えてくれることがあるでは、見えない部分をどこで感じ取るのでしょうか?私は、その一つが身体だと考えています。例えば、相手の説明は丁寧です。自分が質問したことにも答えてくれる。話の内容も、自分の目的と一致している。頭で整理すると、特に問題は見当たりません。しかし、話しているうちに、「なんとなく嫌だな、気分が重たいな」「頭が重くなってきたな」と感じることがあります。このような経験はないでしょうか?もちろん、こうした身体の変化には、疲労や緊張、不安、体調など、さまざまな要因が関係します。そのため、違和感があるからといって、相手に問題があると決めつけることはできません。ただし、自分が感じた違和感を、無理に打ち消す必要もないと思います。違和感があれば、まず即決しないでは、違和感を感じたとき、どうすればよいのでしょうか?私は、まず即決しないことが大切だと考えています。その場で契約しなければならないのでしょうか?今日中に購入する必要があるのでしょうか?一度持ち帰って考えてもよいのではないでしょうか?そして、次に必要なのが比較です。例えば、同じ製品を購入するのであれば、ほかの販売店やインターネットでも確認できます。値段だけでなく、保証期間や修理対応なども比較できます。サービスの契約であれば、提供内容や解約条件なども確認する必要があります。ここで一つ考えていただきたいことがあります。「親切にしてもらったから契約する」これは、本当に自分自身の判断基準なのでしょうか?もちろん、親切にしてもらうことはありがたいことです。しかし、親切にしてもらったことと、その商品やサービスが自分に必要かどうかは別の問題です。相手への感謝と、自分の選択を分けて考えることも必要なのです。なぜ特定の人と話すと気分が悪くなるのか?では、今回のタイトルに戻ります。特定の人と話しているときに、なぜ急に気分が悪くなるのでしょうか?私は、いくつかの可能性があると考えています。一つは、話している内容が自分の目的と一致していないこと。もう一つは、相手との関わり方に違和感を感じていること。そして、そもそも自分が選ぼうとしている方向性に迷いがあることです。こうした違和感が、身体や気分の変化として現れる場合もあると考えています。また、私は施術の中で、エネルギーの状態や人との関わりによる影響という視点からも捉えています。ただし、霊的影響やエネルギー干渉については、私自身の経験やリーディングに基づく捉え方であり、身体の違和感だけでその存在や原因を判断できるものではありません。大切なのは、何かを感じたからといって、すぐに結論を出さないことです。第六感と、自分自身の判断基準霊感や第六感という言葉があります。私は、こうした感覚は特別な人だけのものではなく、多くの人が日常生活の中で何らかの形で経験しているのではないかと考えています。ただし、その感じ方には個人差があります。また、直感が必ず正しいというわけでもありません。だからこそ、私は自分の感覚だけに頼るのではなく、現実面との答え合わせが必要だと考えています。本当に必要なものなのか?相手の説明と契約内容は一致しているのか?そして、自分の身体はどのように反応しているのか。これらを確認したうえで、自分自身が納得して選択する。それが大切なのではないでしょうか。自分の人生の判断を、相手に委ねない私は、違和感を感じやすいときほど、自分自身が何を望んでいるのかを確認することが必要だと考えています。もちろん、人の意見を聞くことは大切です。しかし、最後に選択するのは自分自身です。自分の目的を明確にする、現実を確認する。身体の感覚にも目を向ける。必要であれば、一度立ち止まる。そして、自分で決める。私は、この積み重ねが、自分自身の軸を取り戻すことにもつながると考えています。最後に今回は、契約や商品の購入を例にお話ししました。しかし、これは仕事や人間関係、日常生活のさまざまな選択にも共通することです。違和感を感じたからといって、すべてを悪いものと決めつける必要はありません。反対に、頭で納得できるからといって、自分の感覚を無視する必要もありません。見える現実と、自分の内側で感じていること。その両方を確認しながら、自分自身で選択していくことが大切なのです。そして、最後にお伝えしたいことがあります。あなたの世界の主人公はあなたです陰陽整体について陰陽整体 青体seitai-ameblo.s.gy身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=038
自分で立てるのに、手伝ってもらおうとするリハビリの現場では、自分で立つ能力があるにもかかわらず、職員に介助を求める方が少なくありませんでした。「手伝ってください」そう言われると、つい手を貸してしまうことがあります。しかし、身体の状態を確認すると、ご本人の力で立てる場合もあります。そのようなとき、私はすぐに介助するのではなく、「ここまでは自分でできますよ」とお伝えしていました。そして、本人が動き始めるのを待ちます。もちろん、転倒の危険がないように注意しながらです。実は、この「待つ」ということも、リハビリでは大切な支援の一つなのです。手伝いすぎることで、依存的な関係が生まれるでは、なぜ待つ必要があるのでしょうか?それは、周囲が何でも手伝ってしまうと、本人が自分で動く機会を失ってしまうことがあるからです。本人にできる能力が残っているにもかかわらず、自分で立とうとしなくなる場合もあります。こうした問題は、医療や介護の現場で実際に起きています。ただし、介助を求める理由は人によって異なります。痛みや疲労、不安などが影響している場合もあるため、単純に依存していると決めつけることはできません。だからこそ、本人がどこまでできるのかを確認する必要があります。そして、できる部分は本人に行ってもらい、難しい部分を支援する。この関わり方が大切なのです。家族にも同じように関わってもらう必要があるこれは、病院や施設の中だけの問題ではありません。自宅に戻れば、今度は家族が介助することになります。リハビリの時間だけ本人が立てるようになっても、自宅で家族がすべて手伝ってしまえば、自分で立つ機会は少なくなります。そのため、私は家族にも、「ここまではご本人でできます、この部分は見守ってください」といったことをお伝えしていました。もちろん、家族の負担や本人の状態も考慮する必要があります。しかし、本人ができることまで周囲が引き受けないことも、自立を支えるためには必要なのです。では、反対に、身体能力がある場合は何でも本人に行ってもらえばよいのでしょうか?実は、そうとも限りません。歩ける能力があっても、歩行を制限する場合があるここからは、少し難しい話になります。リハビリでは、歩行能力を改善することが一つの目標になります。しかし、実際の医療や介護の現場では、歩ける能力があるにもかかわらず、歩行そのものを制限する判断が検討される場合があります。例えば、認知機能が低下している方です。身体的には歩くことができても、周囲の危険を十分に判断できないことがあります。また、歩行能力が向上したことで一人で移動する機会が増え、転倒を繰り返してしまう場合もあります。歩行練習によって活動範囲が広がる一方で、見守りが必要な状況でも一人で外へ出ようとするなど、新たな課題が生じることもあります。ただし、認知機能が低下しているからといって、必ずこうした行動が起きるわけではありません。その人の状態や生活環境によって異なります。歩かせないという判断は、正しいのか?ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。歩ける能力がある方に対して、歩行を制限する。この判断を、皆さんはどう思いますか?「そんなことをしたら筋力が低下する」「歩けなくなってしまうのではないか」そう考える方もいると思います。その考えも間違いではありません。実際に、身体を動かす機会が減れば、筋力や身体機能が低下する可能性があります。しかし、転倒を繰り返し、大きなけがにつながる危険性が高い場合はどうでしょうか。私が経験してきた現場でも、身体機能の改善だけを優先できない状況がありました。本人の状態や家族の意向も確認しながら、歩行をどこまで認めるのか、どのように安全を確保するのかを考える必要がありました。場合によっては、歩行そのものを制限する選択が検討されることもあります。ただし、歩行を制限することは、本人の自由や尊厳にも関わる重大な判断です。家族の承諾があれば自由に制限してよいわけではありません。見守りの方法や生活環境の調整など、ほかにできることがないかを検討し、本人の意思も可能な限り確認する必要があります。また、行動を制限する方法によっては身体拘束に該当するため、法令や施設の基準に沿って、必要性や代替手段を慎重に判断しなければなりません。私が伝えたいのは、歩行を制限することが正しいという話ではありません。身体能力だけでは判断できない、難しい現実があるということです。リハビリは、身体機能を改善するだけではない今回お伝えした二つの事例は、一見すると矛盾しているように感じるかもしれません。一つは、自分でできることを手伝いすぎないこと。もう一つは、できる能力があっても、その行動を制限する必要性が検討されること。しかし、どちらにも共通していることがあります。それは、本人の身体能力だけで判断してはいけないということです。筋力があるから立てる。歩行能力があるから歩かせる。反対に、できないからすべて手伝う。このように単純に判断することはできません。本人の身体の状態だけでなく、認知機能、生活環境、家族の状況、そして本人が何を望んでいるのか。さまざまなことを考える必要があります。私は、理学療法士として働く中で、リハビリは単に身体機能を改善することだけではないと感じてきました。どこまで手伝うのか。どこまで本人に任せるのか。そして、何を優先することが本人の生活につながるのか。そこまで考えることが、リハビリに求められる役割の一つだと思っています。最後に人を助けることと、その人のためになることは、必ずしも同じではありません。手伝うことが必要な場合もあれば、あえて待つことが必要な場合もあります。そして、本人の能力を伸ばすことだけでは解決できない問題もあります。大切なのは、支援する側の考えだけで決めるのではなく、本人の状態や意思を確認しながら、その人にとって必要な関わり方を考えることです。皆さんは、手伝うことが本当に優しさだと思いますか?今回の記事が、人を支援することについて考えるきっかけになれば幸いです。陰陽整体について陰陽整体 青体seitai-ameblo.s.gy身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=037
そもそも、運動をする目的は人によって異なります。筋力、体力、疲れにくい身体、ダイエットそして、身体の柔軟性を高めたいという方もいらっしゃいます。今回は、筋力トレーニングを続けていても、なかなか身体が緩まなかった40代の方の事例をご紹介します。生活習慣に大きな問題がなくても、身体は硬くなるこの方は、睡眠もしっかり取れていました。仲間との交流もあり、仕事もプライベートも充実していました。時には舞台役者として忙しく活動することもありましたが、自分の時間も確保されていました。また、筋力トレーニングにも取り組んでいました。それでも、ご本人は身体の硬さを感じていました。では、なぜ身体が緩まなかったのでしょうか?身体が硬い場所と、原因がある場所は同じとは限らない実際に身体を確認すると、肩や腰そのものには、ご本人が感じているほどの硬さはありませんでした。もちろん、骨盤や肩甲骨、首周りの位置や動きを調整することで、身体はかなり緩んでいきました。しかし、特に気になったのは、手首から肘にかけての硬さでした。そこで、その部分を中心に施術、エネルギーの繋がりを繋げました。すると、首や肩、背中までさらに緩み、ご本人も身体の変化をはっきりと自覚されました。このように、硬さを感じている場所だけを施術すればよいとは限りません。身体はそれぞれの部位が連動しているため、別の場所への施術によって動きや緊張が変化することもあります。身体の硬さを、エネルギーの視点から考えるここからは、私が陰陽整体で大切にしている考え方についてお話しします。私は身体を評価する際、筋肉や関節だけでなく、エネルギーの流れという視点も取り入れています。陰陽整体では、左側をエネルギーを受け取る側、右側を送り出す側として捉えることがあります。また、左側を計画、右側を行動という観点から考えることもあります。これは医学的に確立された身体の仕組みではなく、私が施術の中で用いている考え方です。今回の方は、特に左側の硬さが目立っていました。そこで、身体への施術だけでなく、普段の人との関わり方についてもお話を伺いました。人との距離感も見直してみるこの方は、人に対して平等に接することを大切にされていました。一方で、相手との境界線が曖昧になりやすいところもありました。カウンセリングでは、役者仲間との飲み会についてのお話が出ました。その中で、周囲にも会話を聞いている人がいることを踏まえ、話す内容や相手との距離感に少し気をつけた方がよいのではないかと、一緒に考えました。何故なら、この方は主役を演じており、周囲から嫉妬を受けやすい状態でした。この嫉妬は無意識でも起こります。仲が良いから、話が合うからでも関係なく起こります。人は少しのことでそういった感情を引き起こすものです。その感情は気、エネルギーによって相手に影響します。この方の場合には、境界線を曖昧にしている事で、影響が強く、そのため身体が防御していたという仕組みです。運動だけで身体の問題を解決しようとしていませんか?身体が硬くなる背景には、筋肉や関節の状態、呼吸、無意識の力み、心理的な緊張など、さまざまな要因が考えられます。そして私は、そこにエネルギーや人との関わり方という視点も加えて考えています。大切なのは、運動を頑張ることだけではなく、なぜ身体が緩まないのかを一つひとつ確認することです。筋力トレーニングが必要な場合もあれば、身体の使い方や休息を見直した方がよい場合もあります。また、日常生活や人との関わり方を振り返ることが役立つ場合もあるでしょう。身体の状態を一つの原因だけで決めつけず、その方に必要なことを一緒に考えていく。私は、そうした関わり方を大切にしています。今日から、少し相手と関わる時に、身体の反応を感じて下さい。関わった後、関わる中での違和感、重たい、だるい、気分が落ち込む等があれば少し距離感を考えてみてはどうでしょう。何かが分かるかもしれません。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp陰陽整体についてhttps://seitai-ameblo.s.gy/hp
「もっと筋力をつけないと、できるようにならないんでしょうか?」理学療法士として患者様と関わっていた頃、このような質問を受けることがありました。その時、私はよくこう伝えていました。「筋力がなくても、大丈夫ですよ」もちろん、筋力をつけることは大切です。今回は、筋力トレーニングを始める前に確認しておきたいことについてお話しします。① まず、身体を動かす習慣がありますか?筋力がつかないという話になると、プロテインを飲んだ方がいいのか、トレーニングの回数が足りないのか、疲労が蓄積しているのかなど、さまざまな話が出てきます。もちろん、栄養や休息、運動負荷は重要です。しかし、その前に確認したいことがあります。普段、どれくらい身体を動かしているのでしょうか。まずは身体を動かす習慣をつくることが必要です。身体を動かすことで、筋肉だけでなく、血液循環や心肺機能、神経系の働きなど、さまざまな身体機能が関わってきます。筋肉は、脳からの指令が神経を通じて伝わることで収縮します。また、身体を動かす経験を重ねることで、筋肉を働かせる神経系の適応や、動作の協調性にも変化が生じます。つまり、筋肉を大きくすることだけが、身体を動かす能力を高める方法ではありません。まずは、今の身体でできる活動から始め、身体の状態に合わせて活動量を増やしていくことです。② 筋力がつけば、目的の動作ができるのでしょうか?例えば、速く走れるようになりたいという方がいたとします。そのためには、筋力をつける必要があると考えるかもしれません。確かに、走る動作には筋力が必要です。しかし、筋力トレーニングを行えば、それだけで速く走れるようになるのでしょうか。私は、そう単純ではないと考えています。例えば、普段ほとんど歩いていない方が、いきなり速く走ろうとしたらどうでしょうか。まずは、現在どれくらい歩けるのかを確認する必要があります。ほとんど歩いていないのであれば、まず歩く習慣をつくる。次に、身体の状態を確認しながら、歩く距離や速度を増やしていく。そして、速歩きや短い距離の走行など、目的の動作に近づけていく。このように段階的に練習することができます。大切なのは、今の身体の状態と、最終的にできるようになりたい動作を確認することです。筋力をつけることが目的なのか。それとも、歩けるようになることや、速く走れるようになることが目的なのか。この違いを考える必要があります。③ 身体の柔軟性や関節可動域はどうでしょうか?筋力トレーニングを行う際には、筋力だけでなく、身体の柔軟性や関節可動域も確認する必要があります。例えば、関節の動く範囲が制限されている場合、その動作を補うために別の関節や筋肉へ負担がかかることがあります。その状態で、動作を確認せずに負荷を増やしていけば、身体の一部分に負担が集中する可能性もあります。ただし、身体が硬いから必ず怪我をするということではありません。重要なのは、行いたい動作に対して、必要な関節可動域が確保されているかということです。筋力をつけることだけを考えるのではなく、その筋力をどのような動作で使うのかまで確認する必要があります。④ 怪我が怖いから、負荷をかけてはいけないのでしょうか?運動について話をしていると、「無理をすると怪我をする」「筋力トレーニングは身体に負担がかかる」という考えを持っている方もいます。もちろん、無理な運動によって怪我をすることはあります。しかし、だからといって、負荷をかけること自体が悪いわけではありません。大切なのは、現在の身体の状態に合わせて負荷量を設定することです。ここで、プロスポーツ選手の怪我を一般の方の運動と同じように考える必要はありません。プロスポーツ選手は、高い強度のトレーニングや試合を繰り返しています。一方で、普段ほとんど運動していない方では、身体が慣れている負荷量そのものが違います。ただし、運動習慣のない方でも、急に強い負荷をかければ怪我をすることがあります。アキレス腱の断裂なども、プロスポーツ選手だけに起こるものではありません。だからこそ、他人の運動量を基準にするのではなく、今の自分にとって適切な負荷量を考えることが必要です。⑤ 筋力だけでなく、全身の持久力も必要ですもう一つ、見落とされやすいことがあります。それが、全身の持久力です。身体を動かし続けるためには、筋肉だけでなく、心臓や肺、血液循環などの働きも必要です。心臓から送り出された血液が全身を循環し、肺で取り込まれた酸素が筋肉などの組織へ運ばれます。そして、活動を続けるためには、こうした心肺機能と筋肉の働きが関わってきます。だからこそ、目的によっては筋力トレーニングだけでなく、歩行や自転車などの有酸素運動も組み合わせる必要があります。筋力をつけることと、身体を動かし続けられること。この違いも考えておきたいところです。筋力がないから、できないと決めつけない私は理学療法士として患者様と関わる中で、筋力がないという理由だけで、動作ができないと判断しないようにしていました。もちろん、筋力が不足していることで、難しくなる動作はあります。しかし、筋力が十分につくまで、その動作を練習できないとは限りません。手すりを使う。介助を受ける。動作の範囲を小さくする。距離や回数を調整する。その人の身体の状態に合わせて条件を変えれば、練習できる場合があります。大切なのは、筋力があるかないかだけではありません。その人は何ができるようになりたいのか。そのために、今の身体で何ができるのか。そして、どのような順番で負荷量を変えていけばよいのか。そこを評価することが重要だと考えています。筋力をつけることは、一つの手段です。しかし、筋力をつけること自体が、その人の最終的な目的とは限りません。身体を動かす習慣、関節可動域、負荷量、全身持久力。こうしたさまざまな要素を確認しながら、目的に合った運動を選ぶ。筋力がないからできないと決めつける前に、今の身体でできることから考えてみてはいかがでしょうか。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=035
こんにちは、陰陽整体の渡邊裕之です。私がまだ理学療法士になる前、学生時代の実習で初めて担当した方です。この経験が、現在の私の身体評価や、人を観察するという考え方につながっています。初めて担当したのは、難しいと言われていた患者さん実習が始まっても、なかなか私だけ担当する患者さんが決まりませんでした。そんなとき、実習の指導者から、「難しい症例だけど、経験として担当してみるか」と声をかけられました。その方は脳の疾患で入院されており、高次脳機能障害がありました。最初に驚いたのは、私が挨拶をしても、こちらの顔を見ずに話をされていたことです。しかし、さらに難しかったのは、片方の手が本人の意思とは関係なく動いてしまうことでした。本人もそのことを自覚していました。それでも、自分の意思で動きを止めることが難しい状態だったのです。検査をしようとしても、検査ができない理学療法士は、患者さんの身体の状態を把握するために、さまざまな検査を行います。しかし、この患者さんの場合、検査の途中で身体が動いてしまいました。関節の角度を測ろうとしても、途中で姿勢が変わる。筋力を確認しようとしても、一定の姿勢を保つことが難しい。さらに、高次脳機能に関する検査も、最後まで続けることが困難でした。学生だった私は、本当に困りました。なぜなら、実習では検査結果をもとに評価し、考察をまとめ、レポートを提出しなければならなかったからです。しかし、肝心の検査ができない。では、何を根拠に患者さんの状態を説明すればいいのか。当時の私には、非常に難しい問題でした。検査ができないことも、重要な情報ではないのか実習では、医学的根拠を求められることが多くありました。「なぜ注意障害だと考えたのか」「その根拠となる検査結果は何なのか」「文献ではどう説明されているのか」もちろん、医学的根拠は大切です。現在でも、その考えは変わりません。しかし、当時の私は一つの疑問を持っていました。検査ができなかったという事実も、評価の一つではないのか。例えば、検査の途中で身体が動いてしまうのであれば、どの場面で動いたのか。どの程度の時間なら姿勢を保てたのか。何をしようとしたときに、本人の意思とは違う動きが出たのか。検査を最後まで実施できなかったとしても、その途中には多くの情報があります。私は、そうした患者さんの様子をできるだけ観察するようになりました。もちろん、観察だけで障害の種類や原因を確定できるわけではありません。それでも、検査結果が得られないからといって、何も評価できないわけではないと思ったのです。リハビリ中だけでは分からないことがあるこの患者さんは、少しずつ身体を動かせるようになっていました。しかし、片方の手が意思とは関係なく動いてしまうことで、さまざまな問題が起きていました。例えば、動作の途中で手の動きに意識が向いてしまう。すると、それまで行っていた動作の手順が分からなくなることがありました。また、立ち上がりや移動の場面では、予期しない動きが転倒の危険につながることもありました。身体機能が改善していても、実際の生活動作が安全にできるとは限らないのです。だからこそ、私は検査以外の時間にも患者さんの動きを観察するようになりました。どのような場面で動作が止まるのか。どのような状況なら動けるのか。本人は何に困っているのか。検査室だけでは分からないことが、日常の動作には表れていました。レポートは不十分だった。それでも残ったものがある結論から言えば、私が提出した実習レポートは、十分なものではなかったと思います。検査できなかった項目もあり、考察も不十分でした。今、当時のレポートを読み返したとしても、きっと修正したいところがたくさんあるでしょう。学んだことは、検査の項目を埋めることだけが、患者さんを評価することではないということです。今でも私は、身体の状態を確認するとき、数値だけで判断しないようにしています。例えば、同じ関節可動域でも、立ち上がりや歩行での使い方は人によって違います。筋力が十分にあっても、実際の動作ではうまく力を発揮できないこともあります。だからこそ、検査結果と実際の動作を照らし合わせながら、その人の身体に何が起きているのかを考えます。今の私につながっていること理学療法士として13年間、そして整体師として6年間、さまざまな方の身体を見てきました。その中で、評価の方法や施術技術は変わってきました。しかし、学生時代に感じた疑問は、今でも大切にしています。「検査結果だけで、この人の状態を判断していいのだろうか」身体の状態を確認するには、検査だけでなく、姿勢や動作、日常生活での身体の使い方など、さまざまな情報が必要です。また、身体の状態を把握できたとしても、それだけで本人が抱えている問題をすべて理解できるとは限りません。そのため、私は身体評価を大切にしながら、その人が何に困っているのか、どのような生活を送っているのかにも目を向けています。現在の陰陽整体では、身体の評価に加えて、エネルギー干渉や霊的影響など、別の観点からも状態を確認しています。ただし、身体の問題とエネルギー・霊的な問題を混同するのではなく、それぞれを確認することが必要だと考えています。そして、その考え方の土台にあるのが、学生時代に出会った一人の患者さんです。あのとき、思うように検査ができなかったからこそ、私は目の前の患者さんを観察し続けました。検査ができなかった経験が、私に「人を観察することの大切さ」を教えてくれたのです。今でも忘れられない、理学療法士としての原点の一つです。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください無料ステップメールのご案内 | 陰陽整体 青体seitaiin-seitai.jp
身体を整えているのに、なかなか痛みが改善しない。このような経験は、整体やリハビリの現場でもあると思います。一般的には、若い人ほど身体の回復力が高いと考えられています。しかし、実際の臨床では40代、50代であっても、思うように身体が変わらない方がいます。以前、腰痛を訴えていた40代男性を施術したときにも、そのような経験がありました。骨盤や肩甲骨を調整しても、身体が緩まなかったこの男性は、腰の痛みだけでなく、全身に強い力みがありました。身体を確認すると、骨盤や肩甲骨、首の位置にも気になる部分があったため、それぞれの状態を確認しながら調整を進めていきました。しかし、思うように全身の緊張が抜けませんでした。腰が痛いから腰を施術するという考えではなく、身体全体のつながりを確認していたものの、十分な変化が得られなかったのです。そこで、さらに身体を確認していく中で、手首の調整を行いました。すると、それまで抜けにくかった全身の緊張が緩み始め、腰の痛みや張りも気にならなくなっていきました。腰の痛みを訴えていても、腰や骨盤だけを調整すれば改善するとは限らない。この症例では、手首へのアプローチが身体全体の変化につながりました。なぜ、これほど身体に力が入っていたのか?この男性には、もう一つ特徴がありました。舞台俳優として活動しており、普段の主な仕事でも、人と直接関わる機会が多かったことです。私は、身体の緊張が強い方を見るとき、筋肉や関節の状態だけでなく、普段どのような環境で過ごしているのかも確認します。特に人と接する機会が多い仕事では、相手の反応を気にしたり、その場の状況に合わせたりすることが必要になります。そうした環境の中で、自分では気づかないうちに身体へ力が入っている場合もあるのではないかと考えています。この男性についても、単純に筋肉が硬いという問題だけでなく、普段の仕事や人との関わり方が、身体の緊張と関係しているのではないかと感じました。ただし、仕事の環境が直接の原因だったと確認できたわけではありません。身体の状態を理解するうえで、生活背景も含めて考える必要があるということです。人との境界線を意識できているのか?私は、人と深く関わる仕事をしている方にとって、自分と相手との境界線を意識することも大切だと考えています。相手の感情や反応に意識が向きすぎると、自分が今どのような状態なのかを確認する余裕がなくなることがあります。その結果、自分では力を抜いているつもりでも、身体が緊張したままになっている可能性もあります。私がこうした場面で一つの方法として考えているのが、自分の身体の周囲に境界線をイメージすることです。例えば、赤い糸で自分の身体の周囲を囲むようにイメージし、自分と相手との間に境界線があることを意識します。これは、赤い糸そのものに特別な効果があるという話ではありません。相手に向きすぎている意識を、一度自分自身へ戻すための方法として捉えています。人と関わることを避けるのではなく、相手と自分は別の存在であることを意識する。私は、身体を整えることと同時に、こうした自分自身の状態を確認することにも意味があると考えています。身体が回復しない理由を、年齢や筋肉だけで判断しない今回の40代男性は、骨盤や肩甲骨、首を調整しても十分な変化が得られませんでしたが、手首へのアプローチをきっかけに全身の緊張が変わりました。この経験から、改めて身体全体のつながりを確認することの重要性を感じました。そして現在の私は、身体の状態だけでなく、その方がどのような環境で生活し、人とどのように関わっているのかにも目を向けています。もちろん、すべての身体の緊張が心理面や人間関係によって起こるわけではありません。ただ、身体を繰り返し整えても思うように変わらないのであれば、同じ場所を施術し続けるだけではなく、評価する視点を変えることも必要です。身体が変わらないとき、何が足りないのかを考えるだけでなく、今まで何を見ていなかったのかを確認する。年齢や施術回数だけで回復を判断するのではなく、その人の身体と生活背景を含めて考えることが大切だと私は思っています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体に現れる原因の分からない反応や、人と関わる中で感じる違和感。それは身体だけの問題なのか。それとも、感情や思考、エネルギー、霊的影響など、別の背景があるのか。私自身が抱えてきた疑問と、理学療法士・整体師としての臨床経験をもとに、7日間の無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。https://seitaiin-seitai.jp/step?utm_source=ameblo&utm_medium=article&utm_campaign=033
「姿勢を良くしようと思って、背筋を伸ばしています」しかし実際に姿勢を確認すると、腰の下側だけを反らせていたり、骨盤が後ろに引けていたり、頭が前に出ていたりすることがあります。では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?自分の身体の位置を把握できているのか?私が臨床で感じるのは、頭や骨盤の位置を自分で把握することが難しい方がいるということです。例えば、背筋を伸ばしてくださいと伝えると、腰を反らすことはできても、骨盤の位置や頭の位置までは意識できていない場合があります。これは単純に筋力が不足しているという話ではありません。自分の身体が今どこにあり、どのような位置関係になっているのかを認識することも必要です。特に頭や骨盤の位置は、普段から意識していなければ、自分では分かりにくい部分でもあります。そのため私は、鏡を見てもらったり、実際に身体に触れて位置を確認してもらったりすることも大切だと考えています。姿勢には心理的な状態も関係しているのか?もう一つ、私が確認するのが、その方の今の状態です。例えば、身体が前のめりになっている方や、視線が下を向いている方、反対に顎が上がりすぎている方もいます。こうした姿勢を見たとき、私は身体の問題だけでなく、その方が普段どのような状態で生活しているのかも確認します。仕事や人間関係の中で、常に先のことを考えているのか。気持ちに余裕がなくなっているのか。それとも、今の自分の状態を振り返る時間が取れていないのか。もちろん、前のめりの姿勢だから心理的に焦っている、視線が下を向いているから後ろ向きになっている、と決めつけることはできません。しかし、本人との会話や普段の生活を確認していくと、姿勢と心理的な状態が重なっているように感じることがあります。ここで私が大切にしているのは、その方に今、ゆとりがあるのかどうかということです。身体を無理にまっすぐにしようとしても、力が入りすぎていれば、かえって緊張が強くなる場合があります。だからといって、身体を緩ませれば緩ませるほど良いというわけでもありません。必要なのは、身体を固めることでも、力を抜きすぎることでもなく、自分の状態を確認しながら姿勢を整えていくことです。自分で姿勢を確認する方法私がおすすめするのは、まず足元から確認する方法です。立った状態で足を肩幅程度に開き、つま先が外側に開きすぎていないかを確認します。無理に正面へ向ける必要はありませんが、普段どのような足の向きになっているのかを知ることが大切です。次に、片方の手を胸に、もう片方の手をお尻の中央にある仙骨付近へ添えてみてください。この状態で顎を軽く引き、胸と骨盤の位置関係を確認します。腰だけを大きく反らしたり、胸を無理に張ったりする必要はありません。最初は鏡を見ながら行っても構いません。自分ではまっすぐだと思っていた姿勢が、実際には違っていたと気づくこともあります。そして、姿勢を確認したら呼吸をしてみてください。鼻からゆっくり息を吸い、口から息を吐きます。私は、腹部の動きも感じながら呼吸することで、身体全体の状態を確認しやすくなると考えています。ただし、お腹だけを無理に膨らませる必要はありません。呼吸を止めず、自然に続けられることが大切です。姿勢を整えた状態で無理なく呼吸ができるのか。ここも一つの確認ポイントになります。良い姿勢を維持することだけが目的ではない姿勢を良くしようとすると、どうしても「まっすぐにしなければ」と考えがちです。しかし、私たちの身体は一日中同じ姿勢で過ごしているわけではありません。座る、立つ、歩く、物を取るなど、日常生活では常に身体を動かしています。そのため、良い姿勢を一度取れることと、その姿勢から無理なく身体を動かせることは別の話です。また、生まれ持った骨格や身体の特徴にも個人差があるため、全員が同じ形の姿勢を目指す必要もありません。私は、姿勢を確認するときに、見た目がまっすぐになっているかだけではなく、身体に余計な力が入っていないか、呼吸ができているか、そして実際の動作がどう変わるかまで確認しています。良い姿勢を意識することよりも、まず自分の身体が今どのような状態にあるのかを知ること。そのうえで、身体の位置や動かし方を少しずつ確認していくことが大切だと考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。
理学療法では、筋力を確認する方法の一つとして「MMT(徒手筋力検査)」があります。MMTでは、重力に抗して関節を動かせるか、さらに徒手的な抵抗を加えても動かせるかなどを確認し、筋力を段階的に評価します。学生の頃は、この筋力の数値を見ながら「この人は立てるのか」「歩けるのか」と考えることがあります。しかし実際に患者様を担当すると、筋力の数値だけでは説明できないことが出てきます。立つことは、筋力だけの問題ではない座っている状態から立ち上がれば、身体を支える面は小さくなります。その状態で歩くには、重心を移動させながら身体を支え続けなければなりません。そのため、MMTである程度の筋力が確認できたからといって、そのまま安全に立ったり歩いたりできるとは限りません。痛みがあれば動き方は変わりますし、血圧や心拍数などの全身状態も関係します。杖などの補助具が必要なのか、介助があればできるのかによっても、実際の動作は変わります。つまりMMTは大切な評価の一つですが、筋力を測ることと、実際の生活動作を評価することは同じではありません。ここは、私自身も臨床を経験する中で理解が深まった部分でした。「運動不足」という言葉にも違和感がある「最近、運動不足なんです」と言われる方は多いですが、話を聞けば、通勤で歩いていたり、仕事中に動いていたり、買い物や家事をしていたりします。もちろん活動量が少ない人もいますが、日常生活を送っている人すべてが、身体をまったく動かしていないわけではありません。では、久しぶりにスポーツをすると、なぜ思ったように身体が動かないのでしょうか。ここで必要になるのが、筋力とは別にその動作を実際に行うことです。ソフトボールをして分かったこと私自身、町内会のソフトボールでそれを感じました。普段の生活では歩いていても、ソフトボールでは走る、投げる、打つ、方向を変えるなど、日常生活とは違う身体の使い方をします。久しぶりに行えば、当然最初から思ったようには動けません。しかし練習を1回、2回、3回と繰り返していくと、少しずつ身体がその動作に慣れてきます。これは単純に「筋力がついたから動けるようになった」という話ではありません。実際の動作を繰り返したことで、その動作に必要な身体の使い方が戻ってきたと考えた方が分かりやすいと思います。もちろん、久しぶりの運動で急に負荷を上げれば怪我につながるため、身体の状態を見ながら段階的に行う必要があります。筋力をつけることを目的にしない筋力トレーニングには意味があります。ただ、筋力をつければ自動的にすべての動作ができるようになるわけではありません。立ちたいのであれば、立つ動作を確認する。歩きたいのであれば、実際に歩いたときの状態を見る。スポーツをしたいのであれば、その競技で必要になる動作を少しずつ練習する。そのうえで筋力が不足していると判断すれば、必要な筋力トレーニングを加えていく。「筋力があるか」から始めるのではなく、「何をできるようになりたいのか」から必要な運動を考える。理学療法でも整体でも、私はこの順番が大切だと考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「身体が硬いから、もっとストレッチをした方がいい」そう考える方は多いと思います。もちろん、身体が硬く、動きにくさが出ているのであれば、柔軟性を高めることが必要な場合もあります。しかし私は、身体は柔らかければ柔らかいほど良い、とは考えていません。十分柔らかいのに、もっと柔らかくしようとする人整体をしていると、すでに十分な柔軟性があるにもかかわらず、「もっと柔らかくなりたい」「まだ硬いと思う」と言われる方がいます。しかし身体を動かしてもらうと、柔軟性よりも、動きの中で身体を安定させることが必要だと感じることがあります。柔らかく動けても、その動きを支えられない。そういう場合には、さらにストレッチをするよりも、筋肉の出力や体幹など、身体を安定させるための運動が必要になることがあります。では、硬い人はどこまで柔らかくすればいいのか?反対に、身体が硬い人もいます。身体は動かしていけば、ある程度は柔らかくなっていきます。しかし、どこまでも柔らかくなるわけではありません。生まれ持った身体の特徴もあります。性別による違いもあります。そして当然、一人ひとり個人差があります。だから私は、「どこまで柔らかくなれば正解なのか」という一つの基準を、全員に当てはめる必要はないと思っています。実際の生活や運動の中で必要な動きができている。以前より痛みが軽減している。動作やパフォーマンスが変わっている。そこまで確認したうえで、さらに柔らかさを求める必要があるのかを考えます。柔らかさを求め続ける理由は、身体だけなのか?十分に柔らかいにもかかわらず、「まだ足りない」「もっと柔らかくならないといけない」と求め続ける方です。そうした方と話をしていると、完璧を求める傾向が見えることがあります。一つのことをやり遂げなければ、次へ進めない。「ここまでできなければいけない」という基準が強く、自分自身の選択肢を狭めている。もちろん、柔軟性だけを見て性格を判断することはできません。ただ私は、身体だけではなく、本人の言葉や反応、普段の考え方も一緒に確認しています。身体は変わっているのに「まだ硬い」逆のケースもあります。最初は身体が硬かった。しかし身体を動かしていく中で柔軟性が変わり、痛みが軽減したり、動きやすくなったりしている。それでも、「まだ硬い」「もっと柔らかくならないといけない」という考えから離れられない方もいます。身体はすでに変化しているのに、本人の中にある基準だけが変わっていない。そうした方と話していると、「こうでなければいけない」という考えが強かったり、自分とは違う考えを受け入れることが難しかったりすることもあります。だから私は、身体の硬さだけではなく、その人が何を基準に「まだ足りない」と判断しているのかまで確認することがあります。柔らかくすることを目的にしないストレッチをすることが悪いわけではありません。柔軟性を高めることが必要な人もいます。しかし、柔らかさそのものを目的にしてしまうと、本当に必要なものが見えなくなることがあります。そして、なぜ自分は、そこまで「もっと柔らかくならなければ」と思っているのか。身体を見ることは、単純に硬い・柔らかいを判断することだけではない。私は、その人にとって必要な身体の状態と、そこに対する本人の捉え方まで含めて確認することが大切だと考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「肩が痛い」そう言われれば、まず肩に原因があると考えることがあります。肩の筋肉が硬いのか。肩関節の動きが悪いのか。肩周辺をストレッチした方がいいのか。もちろん、肩そのものに問題がある場合もあります。しかし、痛みを感じている場所と、実際に動きを妨げている場所が同じとは限りません。肩の痛みを訴えていた50代女性以前、肩の痛みを訴えていた50代の女性が来られました。介護職として働いている方で、仕事に対する不安はありながらも、「これからも仕事は続けたい」という思いを持っていました。身体を確認すると、確かに肩を上げた最終域で痛みがありました。ただ、私が気になったのは肩だけではありませんでした。骨盤が後ろに傾き、腹部周辺にも硬さがありました。肩を上げるために、背中も動いている腕を上まで上げていくとき、肩関節だけが動いているわけではありません。最終域まで上げていくには、背骨を反らす動きも必要になります。しかしこの方は、骨盤が後ろに傾いた姿勢になっていたため、背骨を反らす動きが出にくくなっていました。そこで私は、まず肩を施術するのではなく、座っている姿勢を確認しました。普段より骨盤を少し前に傾けてもらい、その状態でもう一度肩を上げてもらいました。すると、肩の上がり方が変わりました。私が一方的に、「骨盤が原因です」と説明するだけではありません。姿勢を変えた状態でもう一度動いてもらい、本人にも身体の違いを確認してもらう。私はこうした確認を大切にしています。肩が痛いから、肩だけをストレッチするとは限らないこの方にお伝えした自主トレーニングも、肩の運動だけではありませんでした。股関節周囲のストレッチをお伝えしました。骨盤や股関節周囲の動きが変われば、座っている姿勢も変わります。その結果、背骨が動きやすくなり、肩を上げる動作にも影響します。だから、肩が痛い=肩だけを整えるとは限りません。痛い場所だけを見ない痛みが出ている場所は、もちろん大切な情報です。しかし、それだけを見ていると、なぜそこに負担がかかっているのかを見落とすことがあります。肩が痛くても、骨盤や股関節、背骨の動きが関係していることがある。膝や腰でも同じように、痛みが出ている場所とは別の部分が影響していることがあります。だから私は、「どこが痛いのか」だけではなく、「身体全体がどう動いているのか」を確認する。そして、この方の場合はもう一つ大切なことがありました。介護職として、これからも仕事を続けたいと思っていたことです。痛みを減らすことだけが目的ではありません。その身体で、この先何を続けたいのか。そこまで確認したうえで、身体を見ることが大切だと私は考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「まだ若いから、もっと回復する」リハビリの現場では、年齢から回復の可能性を考えることがあります。私自身も以前は、年齢が若ければ、それだけ回復しやすいと考えていた。しかし、ある脳梗塞の方との関わりで、その考え方が変わった。脳梗塞から約1か月だった60代男性その方は60代の男性で、もともと経営者。脳梗塞で入院し、発症から約1か月。自宅ではある程度、自分で歩けるところまで回復していた。私が当時働いていた施設に来られたときも、杖を使えば歩くことができていた。発症からまだ1か月、年齢も比較的若い。私は、「ここからもっと回復していくだろう」と思っていた。リハビリの時間が少なかったわけではないこの方は、ほぼ週4回以上来られていました。理学療法士と作業療法士が関わり、それぞれ40分程度リハビリを行っており、私自身も、当時すでに整体をしていたため、身体を整えることも取り入れていた。さらに、感覚を入れる練習、神経や筋肉への電気刺激も実施したしかし電気刺激をすると、「身体がだるくなる」と言われることがあった。負荷が強すぎるのか。方法が合っていないのか。その都度、身体の反応を確認しながら進めた。それでも、思っていたほど回復しなかったもちろん、最初に来られたときから変化がなかったわけではありません。屋内では杖なしで歩けるようになり、ただ、屋外では転倒の危険性も考え、杖を使うことにした。私が最初に想像していた、「まだ若いし、発症から時間も経っていないから、もっと回復するだろう」という経過にはならなかった何が原因だったのか自主トレーニングをあまりされていなかったこと。食生活が乱れ、体重が増えていったこと。生活そのものの影響もあったと思います。では、自主トレーニングをもっとしていれば違ったのか。食生活を整えればもっと回復したのか。リハビリのプログラムが悪かったのか。負荷量の問題だったのか。今振り返っても、私は一つの原因には決められません。「若いから回復する」では見えないことがあるこの経験以降、私は年齢だけを見て回復を判断しなくなりました。若いことは、回復を考えるうえで一つの要素にはなります。しかし、若い。たくさんリハビリをしている。いろいろな方法を試している。それだけで、身体が思った通りに回復するとは限りません。私はこの方との関わりから、そのことを学びました。過去の私なら、技術が足りない、知識が足りない。もっといい方法があるなど意見があったでしょう。この頃は、知識も経験もありましたし、これ以上のことはできませんでした。では今ならどうでしょう?変わらないと思います。できることとできないことがあるのです。最後に気になることは、この人は努力が足りなかったから、、違います。脳梗塞になる前に、お金に不安であり、寝ずに携帯の情報を見ていた生活環境。それと、この人と別れる前まで、お金があるのに、必要以上に気にしていること。私は、この人に発症する前にあったことがないが、とても繊細で繰り返し悩みを考える人ではなかったのかと、、、 発症されて、楽観的思考ができることで、身体は不自由であるが生き方は自由であること。もし、今の陰陽整体でこの方が来院するのであればと仮定したら、この生き方を本来の自分へ戻したいと思う今日この頃です。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「できるだけ自宅で生活したい」そう希望される方は少なくありません。家族も、「できる限り家で見てあげたい」と考えることがあります。もちろん、自宅で生活を続けられるのであれば、それも一つの選択です。しかし私は、デイサービスで働いていたときに、自宅で暮らし続けることが、本当に本人と家族にとって一番良いのだろうかと考えた経験があります。介護職員2人で支える必要があった方その方は、私がデイサービスで働き始めた頃から利用されていました。身体を動かすにも介助量が多く、場面によっては介護職員2人で支える必要がありました。娘さんも、自宅での介護を一生懸命されていました。私はその姿を見ていたので、「家族が大変だから施設に入った方がいい」と単純に考えていたわけではありません。むしろ、気になったのは本人の生活でした。自宅にいることと、安心して暮らせることは同じなのか日中から夕方、場合によっては夜まで、本人が一人で過ごさなければならない時間がありました。私は普段の会話の中で、本人からその時間の心細さについて聞くことがありました。ここで考えたのが、自宅にいられることと、安心して生活できることは、本当に同じなのかということでした。身体的に介助が必要な状態で、一人になる時間が長い。家族は仕事や自分たちの生活をしながら介護を続ける。本人にも家族にも、それぞれの生活があります。「本人が自宅を希望しているから」という理由だけで考えてしまっていいのか?家族が「介護する人」だけになっていないか施設へ入るという選択をした場合、家族が介護そのものをすべて背負うのではなく、「介護するために会う」のではなく、「家族として会いに行く」こともできるのではないか。私はそう考えるようになりました。最終的に娘さんは、涙を流しながら施設への入所を決断されました。最後まで介護をした結果、判断をされました。「自宅か施設か」だけでは決められない施設へ入ることが、すべての人にとって良いとは思いません。反対に、自宅で生活を続けることが、すべての人にとって良いとも思いません。大切なのは、「自宅だから幸せ」「施設だからかわいそう」と、場所だけで判断しないこと。自宅で暮らし続けることだけが、本人のためになるとは限りません。施設に入ることもまた、本人と家族が、それぞれの生活や関係を取り戻すための一つの選択肢になることがある。私はこの経験から、そのように考えるようになりました。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「猫背だから背筋を伸ばしましょう」「身体が前に傾いているから、まっすぐにしましょう」と、姿勢の形だけを見ることがあります。もちろん、身体の負担を考えるうえで姿勢は大切です。しかし私は、姿勢を見るときに、単純に「良い姿勢」「悪い姿勢」だけでは判断していません。なぜ今、この人はこの姿勢になっているのか。そこまで確認するようにしています。予約時間より30分早く来られた40代男性以前、40代の男性が来院されました。予約を取るときに、「直前まで別の方を施術していますので、早く来なくても大丈夫です。5分程度前後しても構いませんので、予約時間くらいに来てください」ということを事前にお伝えしていました。ところが当日、予約時間より30分ほど早く来られました。まだ前の方を施術していたため、「今は施術中なので、予約時間になったらもう一度来てください」とお伝えしました。そして予約時間に戻って来られたときには、かなり怒っていました。物を投げるような行動があり問診をしようとしても、「どこが痛いか分からん」「とりあえず腰をやって」という状態でした。そのときの姿勢を見ると、身体もかなり前のめりになっていました。腰をほとんど触っていないのにまずは身体の状態を確認しながら施術をしました。本人は腰を希望されていましたが、私は腰だけを施術したわけではありません。施術が終わったあと、本人から、「身体が楽になった」「身体が軽い」「腰をあまり触っていないのに、すごいね」という話がありました。そこで改めて、最初に十分できなかった問診を軽く行いました。すると、来られたときとは様子が大きく違っていました。言葉遣いが丁寧になっており、表情も変わっている。そして、自分の身体が今どういう状態なのかを、落ち着いて話されるようになっていました。姿勢も、最初のような前のめりの状態から変化していました。姿勢だけが変わったわけではない私が興味深いと思ったのは、姿勢だけが変わったわけではなかったということです。もちろん、この一例だけから、「前のめりの姿勢だから怒っている」「この姿勢だから、この心理状態になっている」と判断することはできません。しかし私は、姿勢を身体だけの問題として切り離して見ることもしません。姿勢、表情、言葉、本人の反応。それらを一緒に確認します。「まっすぐにする」だけでは分からない反対に、「姿勢を良くしてください」と言うと、一生懸命まっすぐ座ろうとする方もいます。ところが実際に見ると、腰を強く反らしている。胸を張りすぎている。それでも頭は前に出ているということもあります。本人は「まっすぐにしている」つもりでも、身体には別の力が入っているわけです。だから、姿勢が悪い → まっすぐにするだけでは、その人の身体を十分に見たことにはならないと私は考えています。なぜ、今この姿勢なのか姿勢は、筋力や関節の動き、身体の使い方など、さまざまな影響を受けます。そして私は臨床の中で、それだけではなく、そのときの本人の状態や心理面も含めて確認することがあります。今回の男性も、姿勢だけをまっすぐにしたわけではありません。身体を整えたあとに、姿勢が変わり、表情が変わり、話し方が変わり、自分自身の状態を落ち着いて確認できるようになった。私はこうした一連の変化を見ています。だから姿勢を見るときに大切なのは、「正しい姿勢になっているか」だけではなく、「なぜ今、この姿勢になっているのか」まで見ること。姿勢は、単なる身体の形ではなく、今の自分の状態を確認するための一つの情報になると私は考えています。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
年齢とともに筋力が落ちたから、歩きにくくなった」高齢になると、このように考えることがあります。もちろん、加齢による筋力低下は歩行に影響する一つの要因です。私も理学療法士として、筋力をつけることが必要な方を多く見てきました。「筋力をつければ歩けるようになる」だけでは説明できないと感じた経験があります。それを強く感じたのが、理学療法士になって2年目の頃でした。足を引きずりながら来られた80代の女性80代前半の男性でした。最初にお会いしたときは、足を引きずるようにして歩いていました。それでも本人は、「まだ仕事をしたい」と言われていました。私は正直、「この状態で仕事を続けるのは、もう限界なのではないか」と思いました。そこで本人に、「なぜ、そんなに仕事を続けたいのですか?」と聞いたことがあります。返ってきた答えは、とてもシンプルでした。「楽しいから」もちろん、仕事を続けることが全員にとって良いわけではありません。身体の状態によっては、仕事をやめたり、負担を減らしたりする必要がある方もいます。ただ、この方の場合は、本人が仕事を続けたいという意思を持っていました。そこで身体の状態を確認しながら、できることを考えていきました。筋力不足だけを見なかったこの方にも、もちろん筋力低下はありました。しかし、歩き方を見ると、それだけではありませんでした。足先が外側へ開きすぎている。それによって骨盤が後ろへ傾く。身体が丸くなる。そして、その姿勢のまま歩くことで、さらに足を引きずりやすくなっていました。つまり、「筋力が弱いから足を引きずっている」だけでは説明できなかったのです。そこで、立ち座りの練習に加えて、股関節を内側へ挟む運動なども取り入れました。この方の場合、その運動をしたあとに身体を確認すると、姿勢がまっすぐになりやすいことが分かりました。さらに、足先の向きも確認しました。外へ開きすぎていた足先を、本人が無理のない範囲でまっすぐ使えるようにしていく。そして、実際に歩いてもらいます。大切なのは、運動した後に歩行を見ることここで大切なのは、「股関節を挟む運動をすれば歩きやすくなる」という話ではありません。この方には、この運動が合っていたということです。例えば一つ運動をしてもらったら、その後に歩いてもらう。足の引きずり方は変わったのか。姿勢、歩きやすさ、歩ける距離を確認します。変わらなければ、別の運動を試す。一つでは足りなければ、いくつかの運動を組み合わせる。運動をすることが目的なのではなく、その運動によって実際の動作がどう変わったのかを見ることが大切です。少しずつ、足を引きずらなくなったこの方は、少しずつ歩ける距離が伸びていきました。足の引きずりも減っていきました。2〜3か月経つ頃には、最初にお会いしたときとは歩き方も変わり、仕事も意欲的に続けていました。本人からも、「これからは身体を動かしながら、自分でももっと頑張ります」という言葉が聞かれるようになりました。ただし、歩けるようになったからといって、すべての安全対策をなくしたわけではありません。本人は意欲的でしたが、転倒する可能性も考え、杖は持ってもらうようにしていました。できるようになったことと、安全にできることは別だからです。年齢や筋力だけで判断しないこの方との経験は、私自身にとっても大きなものでした。最初は私自身が、「もう仕事を続けるのは難しいのではないか」と思っていたからです。しかし実際には、身体を一つずつ確認し、必要な運動を行い、その後の歩行を確認することを繰り返すことで、身体は変わっていきました。そして改めて、歩くことそのものが身体を動かすうえで大切だということも感じました。だから私は、「高齢だから」「筋力が弱いから」だけで、歩きにくさを判断しないようにしています。筋力をつけることが目的ではなく、その人が必要としている動作につながっているかまで確認する。それが大切だと、この方との経験から学びました。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
「身体が硬いから、毎日ストレッチをしています」整体をしていると、20代、30代の方からもよく聞く言葉です。実際に、「ストレッチを続けているけれど、あまり身体が変わらない」という方もいます。では、もっと長い時間、もっと強く伸ばせばいいのでしょうか?私は、そうとは限らないと考えています。大切なのは、「身体が硬いから何を伸ばすか」ではなく、「なぜ身体が硬い状態が続いているのか」を見ることです。10代の頃と比べて、身体を動かしていますか?20代、30代の方を見ていて感じることがあります。それは、10代の頃と比べて身体を動かす時間そのものが減っている方が多いということです。学生時代には、通学したり、体育があったり、部活動をしたりしていた。ところが仕事を始めると、長時間座っている。パソコンを使い続ける、移動は車が中心。仕事が終われば疲れて身体を動かさない。このように、身体を動かす時間そのものが少なくなることがあります。筋肉は、使わなければ硬くなりやすくなります。その状態で一日の最後にストレッチだけをしても、また翌日は長時間同じ姿勢を続ける。これでは、「ストレッチが効かない」のではなく、身体が硬くなりやすい状態を毎日繰り返しているとも考えられます。まず「同じ姿勢を続けない」では、何をすればいいのでしょうか。私は、難しい運動から始める必要はないと思っています。まずは、長時間座っていたら立つ。少し歩く、腕を回す、首をゆっくり動かす。屈伸する、足首や股関節を回す、その程度でも構いません。大切なのは、身体をこまめに動かすことです。身体を動かす習慣を作ったうえで、必要な場所をストレッチする。そうすることで、ストレッチで得られた変化も維持しやすくなります。ストレッチをしても変わらなかった50代女性以前、脊柱管狭窄症と診断され、脚のしびれがあった50代の女性がいました。この方も、自分でストレッチなどいろいろなことをされていました。それでも、「なかなか変わらない」という状態でした。そこで私は、特別に難しい運動ではなく、朝と夜に脚を動かす、股関節をぐるぐる回す、身体を簡単に動かす。まずはそういったことを続けてみるようにお伝えしました。そして1〜2か月後。本人から、脚のしびれが以前とは変わってきたという話がありました。もちろん、この一例だけで、簡単な運動をすれば脊柱管狭窄症によるしびれが改善すると言いたいわけではありません。私が伝えたいのは、身体を変えるために必要なのは、ストレッチだけとは限らないということです。「ストレッチが効かない」と考える前になぜ、身体が硬くなっているのでしょうか?一日の大半を同じ姿勢で過ごしていないでしょうか。以前より歩く量が減っていないでしょうか。身体を動かす機会そのものが少なくなっていないでしょうか。そこを変えないまま、ストレッチだけを追加していることもあります。だから私は、身体が硬い=ストレッチとは考えません。身体が硬くなっている背景を確認し、まず身体を動かす。そのうえで、必要なところにはストレッチを取り入れる。ストレッチをすること自体が目的なのではありません。なぜ今、身体が硬くなっているのか。そこから考えることで、自分に本当に必要なことも見えてくると思います。身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。こうした疑問について、無料ステップメールでお伝えしています。気になる方は、続きを読んでみてください。
身体の痛みがあると、「痛みがなくなった=良くなった」「まだ痛い=良くなっていない」と考えることがあります。もちろん、痛みがどう変化しているのかは、身体の状態を見るうえで大切です。しかし私は、痛みだけで身体の回復を判断しないようにしています。実際に、80代の女性を施術したときのことです。「なかなか良くならないね」この方は、立ったり座ったりするときに、腰や股関節周囲に痛みがありました。低い椅子から立ち上がる。しゃがんだ状態から立ち上がる。こうした動作を確認しながら施術をしていくと、施術前と比べて動作は少しずつ変わっていきました。ただ、痛みは残っていました。また、股関節周囲を施術したときに、身体全体に「モヤモヤするような感覚」が広がることがあり、本人からは夜間にも同じような感覚があるという話がありました。そして、この方がよく口にしていたのが、「なかなか良くならないね」という言葉でした。本当に、身体は変わっていなかったのか?私はこの方の身体が、まったく変わっていないとは考えていませんでした。特に分かりやすかったのが、車から立ち上がる動作です。最初は、車から立とうとしてもなかなか立つことができませんでした。時間もかかり、何かにつかまらなければ立ちにくい状態でした。そこから身体は段階的に変わっていきました。⚫️最初の段階では、なかなか立てない。痛みもある。 ↓⚫️立てるようになった。しかし、まだ痛みが気になる。 ↓⚫️以前より短い時間ですぐに立てるようになった。それでも違和感は残っている。というように変化していきました。つまり、痛みや違和感は残っていても、「できる動作」は明らかに変わっていたのです。痛みだけを基準にすると、変化に気づきにくいもしこの方が、「痛みがあるか、ないか」だけで身体を判断していたらどうでしょうか。まだ痛い。まだ違和感がある。だから、「良くなっていない」と感じるかもしれません。しかし実際には、立てなかった状態から立てるようになった。つかまらなければ難しかった動作が変わった。立ち上がるまでにかかる時間も短くなった。身体には、こうした変化が起きていました。だから私は、この方に身体の変化を時間をかけてお伝えしていきました。施術の効果を証明したかったわけではないここで私が、「私の施術でこれだけ良くなりましたよ」と伝えたかったわけではありません。大切だったのは、本人自身が、自分の身体に起きている変化を認識することです。人はどうしても、自分が一番気になっているものに意識が向きます。痛みが一番気になっていれば、痛みが残っている限り、「まだ良くなっていない」と感じることもあります。しかし、身体の回復は必ずしも、痛い → 痛くないと一度に変わるわけではありません。今回のように、できない↓できるけれど痛い↓以前より楽にできるけれど違和感があると段階的に変わっていくこともあります。回復を見る基準は、痛みだけではない痛みを無視すればいいという話ではありません。痛みが強くなっているのであれば、その理由を確認する必要があります。ただ、痛みが残っているという一点だけで、「身体は何も変わっていない」と判断するのも違うと私は考えています。以前できなかったことができるようになっていないか。同じ動作でも、かかる時間が短くなっていないか。何かにつかまらなくてもできるようになっていないか。痛みそのものも、「強い痛み」から「気になる違和感」へ変わっていないか。こうした変化も、身体の状態を見る大切な情報です。痛みが残っていても、身体は良くなっていることがある。だから私は、痛みだけではなく、実際の動作や本人の感覚を比較しながら、身体がどのように変化しているのかを確認しています。あなたは自分の身体の回復を、「痛みがあるか、ないか」だけで判断していないでしょうか。身体の不調の背景には何があるのか。人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。
結論から言えば、必要でもあり、必要でもありません。身体の柔軟性があることで、身体を動かせる範囲が確保されます。スポーツや日常生活でも、必要な可動域を保つことは大切です。身体が硬い原因を考えず、とにかくストレッチだけを続ければいいのでしょうか?そもそも、人によって身体の硬さは違う関節可動域には個人差があります。同じ年齢、同じ性別であっても、全員が同じ角度まで動くわけではありません。だから、「この角度まで曲がらないから身体が硬い」「周りの人より前屈できないからストレッチが必要」と、それだけで判断することはできません。大切なのは、その人にとって必要な動きができているのかということです。身体が温まっていない状態で、いきなり伸ばさない例えばスポーツをする前。身体がまだ十分に動いていない状態から、いきなり強くストレッチするよりも、私はまず軽く歩いたり、身体を動かしたりすることを勧めています。身体を動かして温めてから、必要なストレッチをする。反対に、お風呂上がりなど身体が温まっているときであれば、無理なくストレッチしやすくなります。「何を伸ばすか」だけではなく、「いつ伸ばすか」も大切なのです。座りっぱなしなら、まず立つことでもいいでは、なぜ身体が硬くなったのでしょうか。例えば、一日の大半を座って過ごしている人。長時間同じ姿勢を続けて、その結果として身体を動かす機会そのものが少なくなっている。この人に、「身体が硬いから毎日ストレッチしてください」と伝えるだけで十分でしょうか。私はそれよりも、まず途中で立ってもらう。少し歩いてもらう。身体を動かしてもらう。そもそも身体を硬くし続ける生活を変えずに、あとからストレッチだけを追加しても、それだけでは不十分なことがあります。ストレッチだけで、身体をうまく使えるようになるわけではないもう一つ大切なのがここです。身体が柔らかくなれば、それだけで身体をうまく使えるようになるわけではありません。身体を動かすためには、実際に筋肉を使い、動作を繰り返し、身体にその動きを覚えさせることも必要です。つまり、「動く範囲を作ること」と「その範囲を実際に使えること」は別です。動かしていないから硬くなっていることもある筋肉や関節は、普段どのくらい使っているかによっても状態が変わります。運動習慣がなく、身体をほとんど動かしていない人であれば、まず軽い体操や歩行から始める。それだけでも身体の動きが変わることがあります。そのうえで、まだ動きにくい場所や必要な可動域があればストレッチを加える。私はこの順番も大切だと考えています。「身体が硬い=ストレッチ」だけで考えないだから最初の質問に戻ります。身体が硬い人にストレッチは必要なのか?動く、温める、必要な場所を伸ばす、そして実際の動作で使う。その人に必要な方法を選ぶことが大切です。ストレッチをすること自体を目的にするのではなく、そのストレッチを何のためにするのか。私はそこを考えて身体を見るようにしています。