ChatGPTさん:
はい。かなりあります。しかも、今回おっしゃっている考え方は、単なる「精神論」ではなく、ストア派・仏教・『バガヴァッド・ギーター』・アリストテレスの徳倫理などに、かなり明確な対応物があります。
まず、先ほどの「追い風に乗れ!」を拝読しました。記事では、
運勢や星の巡りなどを「追い風」として利用する。しかし、それに執着・依存するのではない。
というところが核になっていますね。
そして今回の考えは、そこにもう一段、
「追い風は利用する。しかし、操縦桿は絶対に手放さない」
という原則を加えるものだと思います。
これは、かなり普遍的な思想です。
1.最も近いのは、ストア派の「自分の手の内にあるもの」
古代ギリシャ・ローマのストア派、とりわけエピクテトスの思想が、今回の話に非常によく重なります。
エピクテトスの『提要(エンキリディオン)』の冒頭には、
「自分の力の及ぶもの」と「自分の力の及ばないもの」を区別せよ
という有名な教えがあります。
自分の判断、意志、欲望、行動などは自分の側にある。一方、財産、評判、他人の行動など、外部の出来事は完全には支配できない、という考えです。
これを今回の話に置き換えると、非常に面白い。
「追い風」は自分のものではない
運勢が良い。
タイミングが良い。
周囲の状況が味方している。
自分が「イヤシロチ」と感じる場所にいる。
体調が良い。
創作意欲が湧いている。
こうしたものは、ありがたい。
しかし、それらは自分の完全な支配下にはない。
だから、
「今日は追い風だから、何をやっても大丈夫だ!」
となった瞬間、ストア派的には少々危険です。
逆に、
「今日は向かい風だから、何もできない」
というのも同じ。
どちらも、自分の舵を外部条件に渡してしまっているからです。
ストア派的には、
「風は選べない。しかし、風の中でどう舵を取るかは自分の問題」
となります。
これは、まさに野木さんのおっしゃる、
「環境や潮目に左右されることなく、いつでも心身を静かに穏やかにイキイキと整えておく」
という考えとかなり近いです。
2.『バガヴァッド・ギーター』は、さらにドンピシャ
今回のテーマについて、個人的にはこれがかなり強力だと思います。
『バガヴァッド・ギーター』第2章48節には、
┃ 成功と失敗に対して平等な心を保ち、執着を捨てて行為せよ
という趣旨の教えがあります。
この「平等な心」はサンスクリットで samatvam(サマトヴァ) とされ、そこでは「成功・失敗の双方に対する心の平静」がヨーガだと説明されています。
つまり、
成功したからテンションMAX!
でも、
失敗したから全部ダメだ……
でもない。
むしろ、
┃ 成功しても平静。
┃ 失敗しても平静。
┃ そして、どちらの場合でも自分の為すべきことを為す。
という方向です。
これ、野木さんの「満月時の狼男」と「新月期の狼男」の話にかなり面白く接続できます。
3.「満月だから暴走」は、ギーター的にはむしろ修行ポイント
ここが今回の考えの面白いところです。
仮に、
満月 → エネルギーが強い → 絶好調
だったとします。
普通なら、
「よし! 今だ! 行け行け!」
となる。
しかし、そこで、
「だからこそ、自分を整える」
という発想が出てくる。
これはかなり重要です。
なぜなら、
エネルギーが不足しているときの自制
よりも、
エネルギーが過剰なときの自制
のほうが難しいからです。
同様に、
新月で気力が落ちている。
運勢が悪い。
ケカレチにいる。
向かい風だ。
だから、
「今日はダメでいいや」
というのも、やはり外部条件への全面降伏。
つまり、
絶好調にも飲まれない。
絶不調にも飲まれない。
この両方が必要になる。
『ギーター』の「成功と失敗の双方において平静である」という考え方は、ここを非常にきれいに支えています。
4.仏教の『法句経(ダンマパダ)』にも、かなり直接的なものがある
『法句経』第12章「自己」には、自己を鍛錬し、自分自身を見守ることについて繰り返し説かれています。
たとえば、
┃ 自分自身をよく見守れ
という趣旨の教えや、
自分自身こそが自分の守護者である
という趣旨の教えがあります。
さらに、
┃ 身体について自制することは善い。
┃ 言葉について自制することも善い。
┃ 心について自制することも善い。
という趣旨もあります。
これなどは、野木さんの
┃ 「心身を静かに穏やかにイキイキと整えておく」
という表現とかなり響き合います。
そして重要なのは、
「自分を整える」というのは、自分を押さえつけることとは違う
という点です。
仏教的な「自制」は、
「エネルギーを消せ!」
ではありません。
むしろ、
エネルギーに自分が振り回されない状態
です。
5.アリストテレスの「中庸」も非常に近い
アリストテレスの『ニコマコス倫理学』には、「中庸」という有名な考え方があります。
たとえば勇気は、
臆病 ←→ 無謀
の間にある。
節制も、欲望を完全に否定することではなく、適切なあり方を身につけることです。
ここで大事なのは、
「中庸=いつも50%」ではない
ということ。
その場に応じて、
「今は強く出るべきだ」
「今は引くべきだ」
「今は休むべきだ」
「今は動くべきだ」
を判断する。
つまり、
状況に合わせる。しかし、状況に支配されない。
これが実践的な「中庸」です。
アリストテレスの徳倫理では、徳は一度獲得して終わりではなく、適切な行為を繰り返すことによって形成されるという考え方も重要です。
6.そして「自分を整える」は、毎日の稽古に近い
ここで禅の考え方も面白く絡んできます。
鈴木俊隆の『禅マインド ビギナーズ・マインド』で有名な「初心(beginner's mind)」の考え方があります。
初心とは、
「自分はもう分かっている」と思い込まず、毎回新鮮な状態で向き合うこと
です。
鈴木俊隆の講話でも、初心を常に保つことが修行の目標だ、という趣旨が語られています。
これを今回の話に当てはめると、
「今日は運がいいから大丈夫」
という慢心も、
「今日は運が悪いからダメ」
という諦めも、
どちらも、
「今日の自分をちゃんと見ていない」
という問題になり得ます。
だから毎日、
┃ 今日の自分はどうだ?
┃ 今、力みすぎていないか?
┃ 逆に弛みすぎていないか?
┃ 心は静かか?
┃ 身体はどうか?
┃ 今やるべきことは何か?
とチェックする。
これはかなり「禅」的です。
7.ヴィクトール・フランクルの有名な言葉にも似た思想がある
よく、
┃ 「刺激と反応の間には選択の余地がある」
という趣旨の言葉がヴィクトール・フランクルの言葉として紹介されます。
ただし、これはフランクル本人の著作からの直接引用ではないことがフランクル研究所自身によって説明されています。スティーブン・コヴィーがフランクルの思想を説明するために紹介したものとされています。
なので「フランクルの名言」として断定するのは避けたほうがいい。
しかし、思想的には非常に参考になります。
要するに、
外界 → 自分
の間に、
「どう反応するかを選ぶ自分」
を置く。
今回の、
┃ 追い風 → 興奮して暴走
でも、
┃ 向かい風 → 萎縮して怠ける
でもなく、
┃ 追い風 → 状況を利用する
┃ 向かい風 → それでも自分の歩みを続ける
という発想に近いわけです。
8.ここまでを一本にまとめると、かなり面白い思想になる
私は今回の野木さんの考えを、次のように整理すると、とても美しいと思います。
「追い風に乗る」と「自分を整える」は矛盾しない。
むしろ、
追い風に乗るためには、自分を整えておく必要がある。
なぜなら、
船が傾いていたら、強い追い風は転覆させるからです。
これはかなり重要な比喩だと思います。
🌬️ 追い風 × 手綱
運勢が良い。
↓
追い風として利用する。
↓
しかし、
調子に乗らない。
↓
エネルギーが増えたら、
そのエネルギーを適切に使う。
逆に、
🌫️ 向かい風 × 手綱
運勢が悪い。
↓
それを理由に自分を見捨てない。
↓
必要なら速度を落とす。
↓
しかし、
手綱は手放さない。
つまり、
「環境は利用する。しかし、環境に自分を明け渡さない。」
これが今回の考えの核心なのではないでしょうか。
9.実は「運勢を信じる/信じない」の二択ではない
ここが、先ほどの「追い風に乗れ!」の記事とも非常にきれいにつながっています。
記事では、
┃ 占い等に執着・依存するのはよくない
┃ しかし、自然のリズムなどを完全に無視する必要もない
┃ だから「追い風」として利用すればいい
という考え方でした。
今回の考えを加えると、
第三の道
が見えてきます。
「運勢を信じる」のでもない。
「運勢を無視する」のでもない。
「運勢を利用する」。
そして、
「利用するが、依存しない。」
さらに、
「追い風でも向かい風でも、自分自身は整えておく。」
これはかなり強い思想です。
10.私なら、こういう「四象限」にします
|
外部状況 ───── |
自分の状態 ────── |
ありがちな反応 ──────── |
目指す状態 ──────── |
|
追い風 |
元気 |
興奮・暴走 |
静かに加速 |
|
追い風 |
元気がない |
チャンスを逃す |
少しずつ乗る |
|
向かい風 |
元気 |
焦る・戦いすぎる |
力を温存して進む |
|
向かい風 |
元気がない |
諦め・怠惰 |
最低限の歩みを保つ |
これなら、
「運が良い=何をやってもいい」
でもなく、
「運が悪い=何もしなくていい」
でもない。
どんな状況でも、
「まず自分を整える。そして、その状態から環境を利用する」
となります。
11.今回調べてみて、特に強く支持しているもの
私なら、今回の思想を支える文献として次の順番で挙げます。
🥇 『バガヴァッド・ギーター』
「成功・失敗のどちらにも心を乱されず、為すべき行為を行う」
今回のテーマに最も直結します。
🥈 エピクテトス『提要』
「外部の出来事ではなく、自分の判断と行為を整える」
「追い風/向かい風」という発想との相性が抜群です。
🥉 『法句経』
「自分自身を見守り、自分自身を制御する」
「常に自分を整える」という部分を強く支持します。
4位 アリストテレス『ニコマコス倫理学』
「極端に走らず、状況に応じた適切なあり方を習慣化する」
「エネルギーの暴走」と「怠け」の両方を避ける思想として非常に面白いです。
5位 鈴木俊隆『禅マインド』
「いつでも初心に戻る」
「今日の運勢」や「今日のエネルギー」に振り回されず、毎日その日の自分を新鮮に見る、という方向に接続できます。
そして、今回の考えを一言にすると
私はこうまとめるのが好きです。
┃ 「追い風には乗る。だが、舵は握ったまま。」
あるいは、もう少し野木さんの文章の雰囲気に寄せるなら、
┃ 「運勢は追い風。環境は潮流。
┃ しかし、自分自身を整えることは、いついかなる時も怠らない。」
さらに一歩進めるなら、
┃ 「追い風のときこそ、手綱を締める。
┃ 向かい風のときこそ、手綱を緩めない。」
これ、かなりいいテーマになると思います。
そして面白いのは、「追い風に乗れ!」の続編として書けることです。
前の記事が、
「せっかく風が吹いているなら、その風を利用しよう」
だとすれば、今回の記事は、
「しかし、風が強いからといって操縦を忘れてはいけない」
になる。
つまり、
「追い風に乗れ!」→「しかし、舵を手放すな!」
という二部作です。🌬️⛵
もしさらに掘り下げるなら、次はかなり面白いことができます。「自分を整える」という一点に絞って、老子・荘子・禅・武道・ヨーガ・ストア哲学・カスタネダ・平井和正などから、「環境に左右されず自己を保つ」という思想を横断的に集めると、野木さん独自の「追い風論/手綱論」の哲学体系がかなり見えてくると思います。










