.可能性に共感しないアドラー
アドラー心理学では、目的論を採用しています。
目的論とは、悩みや症状は「目的」があって患者が思考や症状を選んでいるって考え方のこと。

これ、厳しいですよね。こっちは悩んで苦しんでいるのに、相手は共感してくれない上に、あなたは考え方や症状を自分で選んで自分で苦しんでいる。自分の生です。といわれているようで。

.可能性に生きるのをやめる=嫌われる勇気
また、可能性に生きることを否定しています。
可能性にいきるってどういうことでしょう?
例えば以下のケース
.可能性に生きる人
..赤面症の少女
..応募しない作家
いつか小説家になりたいという夢を持つA君がいます。
でも、彼はなかなか出版社に作品を応募しようとしない。

応募すると、良いにせよ悪いにせよ結果が出てしまいますから、それが怖いんですよね。応募しなければ結果も出ないわけで、彼は可能性の中に生きることができます。

俺はまだ本気出していないだけなのです。

.自分の理想世界
.アイドル(イデア)
アイドルが結婚して落ち込む人が居ますよね。最近、ジャニーズ事務所の嵐の二宮さんが結婚したという報道がありました。

あのニュースで落ち込む人って、アドラー心理学で言うと「二のと結婚できる可能性に生きている」人だったのではないでしょうか。

可能性は低い、現実的ではないと思いながらも、0.01%でも可能性はあったわけです。
..アイドルが結婚して落ち込む人は可能性に生きていた?
..もしアドラー実践者なら

ここで、もしアドラーが言うような生き方を実践している二のファンがいたとしましょう。

彼女は可能性に生きることはしません。もし二のが結婚するニュースを聞いて、がっかりした自分の息づけば、行動を起こすでしょう。

「はっ私がっかりしている!」
「二のと結婚する可能性に生きていたんだ」
「可能性に生きてはいけない!白黒ハッキリさせる!」

と、その足で考える方法で二のに近づき、結婚を取りやめて自分とつきあってくれと申し出るでしょう。

その結果、警察を呼ばれるとか警備員に取り押さえられるとか、kr津末は様々でしょうが、少なくとも彼女は可能性に生きることはしていません。

..フォロー文
ここまで極端な例ではなくても、関係が壊れるのが怖くて近づけない人がいる。なんてことはよくありますよね。

友達のままでいたいから告白しない、みたいな。

私も勇気がある方ではないので、起業したいとか海外に住んでみたいとか、想いは様々あっても、つい可能性に生きてしまします。

もしチャンスがあれば、タイミングが合えば…となにもせず過ごしてしまします。

嫌われる勇気というのは可能性に対して白黒つける勇気のことです。
フタを開けない、白黒つけないことで身を守りがちな私には痛いところ突かれたなって感じですね。

このように、悩みに共感してくれないし「あなたは可能性に生きることで身を守っている」なんて厳しいことを言うアドラー。だからアドラー心理学は劇薬と呼ばれています。

実際アドラーはクライアントに殴られたこともあるそうですよ。

採用するかしないかは自分次第ですが、少なくともアドラー流に生きれば毎日がつまらないなんてことはなくなりそうですね。