SEISHU’54ゴルフ夢ブログ

ラスベガス、ニューヨーク、

ハワイ・マウイ、香港・マカオ

を中心とした旅の思い出と

ゴルフ場・ラウンド紹介。



ラスベガスは20年以上VIPだが今になれば

無意味だった生活を紹介。


気になるビジネスやゴルフなどの思いをこのブログに残します。


Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

宮里 藍、幸せな決断。から考えること学ぶべき人生。

宮里 藍、幸せな決断。から考えること学ぶべき人生。

 

 

 

クリスマスイブの深夜、テレビ朝日系番組で

宮里 藍、幸せな決断。

が放送された。

 

宮里藍選手が引退してからの特番、

楽しみにして観ていた。

 

宮里藍選手の一言一言の言葉や素直な気持ちが心に残る。

 

自分が宮里道場へ初めて行ったときはまだ

宮里藍選手も高校生で優勝もする前、

優作選手はアマチュア学生でプロデビュー

する頃で注目を集めていた。

 

その後、高校生アマでツアー優勝、

宮里藍ブームが巻き起こる。

 

20051JALのダイヤモンドメンバー

だったこともあるが沖縄名護での

宮里道場体験とまだ20歳の

宮里藍選手と優お父さんとの会食限定パーティに

JALから招待を受けて参加した。

 

ちょうど藍&瑠衣コンビが、

激闘を制して初代世界一の座についたWツアーへ

旅立つ前だった。

 

その時にお父さんや藍選手が隣の席で

いろいろ話をできる機会があったときに

他のお客さんがお父さんに藍選手が結婚するといったらどうしますかと話した事があった。

 

その時、

お父さんがすぐに何のためらいもなく藍が幸せなら

いつでもゴルフを辞めて

結婚して幸せになって欲しいと

話していたことが

いまだに記憶に強く残っていたので、

今回の番組で藍選手が話していた

家族が引退を嬉しく受け止めていた話も

そうだろうと聞いていた。

 

宮里藍選手のように自分の仕事を一流選手として

やり遂げて引退できる人は

本当に一握りの人なのは言うまでもない。

 

地位も名誉もお金もあるから悩むべき世界は

一般とは違う次元ではある。

それでも同じ人間である。

 

どんな世界で生きていても

自分で仕事を辞めたり辞めさせられる事もある。

 

宮里藍選手のような引き際は本当に

うらやましいとみな思う事だろう。

 

それでも生きる世界は自分自身で

変える事は可能である。

 

簡単な事ではなくても

諦めない気持ちと考える力と耐える忍耐があれば

きっと少しでも宮里藍選手のような

世界へ近づけることは自分もわかってはいる。

 

果たしてそれをどう考えるかは人それぞれだが、

 

自分の生きる世界を

少しでも豊かにするためには

自分自身が変わるしかない。

 

そんな事を自分も考えていても

いつの間にか時間だけは過ぎてしまう。

 

多くの人に迷惑をかけたりしながら生きている。

 

ただそこから抜け出したい気持ちはまだある。

 

そしてまた新たに自分の世界を作る事の

楽しみも感じたい気持ちは強い。

 

宮里藍選手に憧れて54

という数字もラッキーナンバーにしたりしている

 

宮里ファミリーのファンとしても

今日の番組から新たな勇気や

やる気とパワーを与えてもらえた

クリスマスプレゼントだと

前向きに受け止める事にしていた。

 

社会みんなが金持ちになるのも難しい。

 

成功する人も失敗する人も多くいる。

 

でも時間だけは皆、平等。

 

その時間をどう過ごすかでまた

未来は変わるかもしれない。

 

宮里 藍、幸せな決断。~引退特別番組~

 

 

 

カルロス・フランコとの誕生会 育った街、人形町・今半

カルロス・フランコとの誕生会 育った街、

人形町・今半

カルロス・フランコが日本に来ることが分かったのは昨年

 

JAL選手権の開催が決定してすぐテレビ電話で話していた!
期間:09/08~09/10  場所: 成田GC(日本)

 

そして9月日本に着いたカルロス・フランコからすぐにメッセージが入り

LINEではないがWhatsAppメッセンジャーを使っているらしくそれにアプリ登録しろと電話番号を入れて登録するとテレビ電話で今どこですかとすぐに電話がかかってきた。

 

ちょうど火曜の朝早く、アプリにテレビ電話、成田ゴルフ倶楽部の練習場から風の音も聞こえていたので声が聴きとりづらかったが片言の日本語と片言の英語での会話を二人で交わしていた。

 

ホテルは帝国ホテルに泊まっていると話していてどこに今ますかと言われてもすぐに成田まで行ける事も当然できないのでディナーいつするかと話していた。

 

PGAシニアツアーも日本で初めての開催なのでスケジュールもタイトでプロアマも水曜、木曜の2日間あるとの事でなかなか時間調整もどうしようかと思っていたが、昨年ニューポートビーチのトーナメントの時に日本橋人形町の同級生の弟で高校卒業してからロスに住んでいる後輩とラスベガスやハワイのソニーオープンのプロアマでもキャディなどをしてもらっているときにフランコと知り合った事もあり、その後はフランコと連絡を取ってもらってりしていた。

 

そしてシニアになりいきなり優勝してロスの後輩の家の近くのトーナメントに出場した時に後輩が応援に行った時に自分も久しぶりに電話で話して成田にも出場することを確認した。

 

その後オレンジカウンティに住むゴルフ仲間の自宅でカルロス・フランコとホームパーティなどをしていた方が日本に戻っていて9月7日の木曜日にディナーをする約束をしていたとの事だったのでスケジュール的にもあまりないのでその日に便乗してディナーをすることにした。

 

ちょうどその日は9月7日で自分の誕生日である。

 

フランコには今までラスベガスやハワイなどで散々スポンサー的に世話をしてきたので今回は自分の誕生日にディナーをご馳走してもらう事になっていたが

ロスのゴルフ仲間の家族のご厚意で人形今半を自分が予約してご馳走していただいた。

 

フランコは長男と一番下の娘を初めて日本に連れてきていた。

 

長男とは2005年のハワイ依頼だろうか?

その時はまだ10代だった長男も30近くになっていて最近はお父さんのキャディをさせられているようである。

 

そして2002年頃ロスでカルロス・フランコファミリーと食事した時にまだ赤ちゃんだった娘はもう17歳になっていた。

 

カルロス・フランコも53歳

自分も9月7日で53歳になったので同じ世代で出会った時から意気投合してかなり親密な友達になっていたが子供の成長を見ると本当に時間がたつのは早いものだと感じていた。

 

成田ゴルフ倶楽部トーナメントのチケットとカルロス・フランコの新しい帽子に誕生日メッセージとサインを書いてくれてプレゼントしてくれた!

 

寿司は銀座久兵衛が仕切っていたらしく刺身ばかり食べたので今半を予約した時からメッセージで

[14:25, 2017/09/05] Papi Usa フランコ: Yakiniko                       
[14:52, 2017/09/05] Papi Usa フランコ: Yakiniko oishi

と送ってきたのでいつもラスベガスやハワイでも焼肉屋に行っていたのでステーキ嫌なのかと思ったがただ肉は全て日本語でヤキニクと言っていただけだったようである。

 

今半の蛤のスープは喜んでくれていた。

 

当然肉はまずい訳も無くみんな喜んでくれて良かった。

 

そしてトーナメントも最終日まで上位で優勝争いをしてくれたのでそれも又嬉しかった!

 

フランコの話ではJALが4年はスポンサー契約したような話だったが毎年来てくれたら嬉しいものである!

 

 

 

宮里藍 引退!それを聞いたとき正直びっくりもしなかったし残念とも思わなかった。

宮里藍引退!それを聞いたとき正直びっくりもしなかったし残念とも思わなかった

 

JAL再生稲盛会長2010JAL再生稲盛会長2010JAL再生稲盛会長2010JAL再生稲盛会長2010

 

 

彼女がプロゴルファーを辞める事がもったいないとも思わなかったのは20051月に沖縄名護のホテルでスポンサーであるJAL企画の食事会でおとうさんの宮里優氏と藍ちゃんの隣で一緒に食事をして話す機会が会った時の話を思い出していたからかもしれない。

 

ちょうど2004年の5月に初めて宮里道場へ行ってそれから2度目の宮里道場とJALのゴルフコンペをその頃の喜瀬カントリークラブで開催されたのに参加していた。

コンペの日の夜には宮里藍と宮里優氏との食事会を限定20名ぐらいで行ったので気軽に話す事が出来たのでいろいろな話や質問もなども出ていた。

 

そんな時20歳になったばかりだった藍ちゃんが結婚したらどうしますかと誰かが質問しただろうか。

 

その時にすぐにお父さんの優氏が迷う事も無く答えたのは今すぐ藍がゴルフを辞めて結婚してくれてもそれが藍の幸せならゴルフなんかいつでも辞めて結婚して孫でも早く見せてほしいと話していた記憶がある。

 

そう宮里家は無理に子供にゴルフをさせている訳でもないのである。

 

ゴルフをやる事が幸せならやればいい。

 

他にやりたいことがあればそれをすればいい。

 

おとうさんの優氏の考えは明確であった。

 

そんな話の思い出が記憶から消えていなかったので今回、宮里藍選手が引退するという話もびっくりもしなければ次にどう生きて行くのかの方が気になり楽しみである。

 

自分が本当にゴルフが好きになりハマりだしたのは宮里道場へ行ってからである。

 

それはゴルフだけでなく宮里藍選手の真面目な生き方や宮里優氏の家族愛や考え方に共感を感じ自分が不真面目なだけにそんな世界に憧れた事もあるが自分の中に信じられる理想が宮里優氏から学んだからこそここまでゴルフにのめり込んでしまったのかと思う。

 

宮里道場で知り合った小林伸太郎もプロになってからわざわざ宮里道場へ来て優氏のレッスンを受けに来ていたのはやはりプロでも教えを信じられる人を探しての事だったと思う。

 

自分も優氏にレッスンしてもらう事がアマチュアでありながらも他のレッスンプロに教わる事より素直に学べるのはやはり尊敬して信じているからなのだろう。

 

ここ数年宮里道場へも顔を出していないので又、宮里道場へ行ってゴルフというより精神を見直しに行きたいと思います。

 

今年の残りの宮里藍選手の活躍が楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルフの宮里藍選手 引退会見(全動画46分)

 

 

女子ゴルフブームを作った宮里藍の華麗なる戦績

 

 

【動画】宮里藍引退会見インタビュー1

 

石川遼、宮里藍との出会いから抱く思い

 

 

 

「緊張して話せなかった」松山英樹が宮里藍への思いを語る

 

300人が詰めかけた、宮里藍引退表明会見フォトギャラリー

 

宮里藍の影響力 あるゴルフ記者の場合

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>