私は、何故生まれてきたのか知りません。


   気がついたら存在していたのです。


 私は、死んだらどうなるのか知りません。


   「無」というものはないので、

 無くならないとわかりましたから、

 そのときを楽しみにして、

 今を確かに生きていくだけです。


  私たちの常なる不本意は、

自ら意志して存在したのではない、ということ。

 この始まり方に尽きるのです。



   先日「わたしはわかりました」という

 お手紙をいただきました。


  塾でも、「わかった」と言う人がいます。


 私たちは、わかるというのは、自分の分り方でしかないということがわかりません。

  

 「知っている」ことを「知っている」


 「知らない」ということを「知っている」


その外側に無限に広がる

 「知らない」ことも「知らない」世界


   己に死ななければ神の国に入れない。



 私は答えのない問いを今日も生きてゆきます。


   誰もが正解を欲しがり、


   聞きたい答えが聞けるまで聞き続ける。


だけど、誰が何と言おうと、

 私は、私が「善い」と思うことだけをするのです。


  この社会を生き延びるつもりなどありません。


どんなことがあっても、私は、しあわせでいる。



  なるほど、この時代は乱れています。

けれど、イエスの時代ほど乱れているわけではない。


乱れているのは、世が乱れていると裁くその人の自己。


  内省することのない自己が乱れて、

寄る辺をを見失うのは、今に始まった事ではない。


 だからこそ、内省する人の言葉が

どんな世でも、岩のように動かないのは

素晴らしいと思うのです。


  自分であること


  生きて死ぬこと


この当たり前のことが「わからない」


  この「わからない」がわかるまで65年かかりました

そして、「わからない」がはっきりわかって、

私は強くなれました。


  わかった気になって自己を納得させたり、

「わからない」ということの凄さに耐えるスタミナのない人が宗教に走る。


  認識とは、常に次の認識の始まりであって、

 終わりではないのです。



   学んだことの唯一の証は、変わること。


 わかる、とは、かわる、こと。



   



 今朝きた新聞では、南米で事件が。


 ニュースが流れると、一瞬びっくりするけれど、
いつの間にかまた「自分」の日常に戻って、世界とは分離してゆきます。

 そんなニュースを見ながら、普通に朝食をとっている自分の神経はどうなっているのでしょう。

自分に関係する誰かのことなら「痛い」のに、
知らない人のことは痛みすら覚えない。

世界平和と口には出しながら、知らない人の苦しみは知らぬふり。


 糸川英夫博士が亡くなった、1999年にイスラエルを訪ねたとき、
仲間と一緒にヨルダンに立ち寄りました。

どのお店にも、どのホテルにも国王の写真が飾られていました。

どの家にも同じように掲げられていると聞きました。

 ヨルダンでは、殺人事件は年間3件あるかないかだと、
ホテルのボーイは言っていました。

スーパーマーケットに買い物に行って、ホテルに帰るとき道に迷うも、英語が全く通じなくて困った思い出があります。

安全で、平和な国でした。

シリアもレバノンも平安なところでした。


 イスラエルの友が、
「アカツカ、お前は日本のような危険な国によく平気で暮らしているな」と真顔で聞いたことがあります。

年間3万人が自殺する国。

友が友をいじめて自殺に追いやる国。

親が子を、子が親を殺す国。


そして、
食べ物の6割以上を輸入に頼る国。

 「アカツカ、食べ物の自給率が40%切っているなんて、自殺行為だぞ」
と、イスラエルの友は私に言いました。


国土の60%が砂漠の国イスラエルの自給率は100%を超え、輸出までしています。

日本が平和だと、誰が決めたのでしょう。

魂の戦争が続いている。


そんな中で、苦しむ国民の中へ降りてゆき、寄り添い、救う天皇皇后両陛下のお姿こそ、
キリストそのものです。

 夢を叶えることも大切です。

自己実現も大事なこと。


でも、
人は、自分で自分を幸せにすることはできません。

人は幸せになるために生まれてきたのではありません。


人は、人を幸せにするために生まれてきました。

そのとき、人は幸せを感じるようにプログラムされているように思えるのです。

 祈ります、
人の痛みを我が痛みと感じることのできる優しさを、
人の喜びを我が喜びと感じることのできる愛情を与え給え、と。

  きっといつかどこかでまた逢えますように。


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