タイトルだけみると、「サピエンス全史」の流れに乗る二番煎じの本かと思いきや、まったく違っていた。

 

著者は精神科医の「岡田尊司」さん。

精神科医として発達や愛着に深刻な問題を抱えた若者たちと向き合ってきた。

その岡田先生が、最近の若者たちの発達の状況をみて、今人類は新しい進化の段階にさしかかっているのではないかと考え、本書を著わした。

 

岡田先生は、母子間の愛着が崩壊することにより現れてきた「愛着関連障害」が社会的な困難を背負った若者たちの背景にあると考え、そこにアプローチすることで医学的な治療の手ごたえを感じていた。

ところが、境界性パーソナリティ障害などの不安型の障害に比べれば、それほど深刻ではなく当事者も生きづらさをアピールすることもない「回避型愛着」スタイルの若者が急増していることに気がついた。

 

「回避型愛着」とは、他者との情緒的な関わりに喜びも関心ももたず、誰とも希薄な絆しかもたないタイプだ。このタイプも愛着崩壊がもたらした適応型のタイプではある。

 

人類史では、三万九千年前に、運動能力や体力的に優位だったネアンデルタール人が滅び、言語能力に優れ、集団での共同作業や知識の伝承・蓄積により人口が増えた現生人類のホモ・サピエンスが生き残り、現代に至っている。現人類はいわゆる他者との交流や仲間意識をもつことで生き残ってきた。

 

岡田先生は、この共感モードで生きているホモ・サピエンスにとってかわるのは、今急速に増えている「回避型愛着」タイプではないかと感じている。

 

「回避型愛着」タイプの特徴は、ここ10年くらいで広く認知されてきた、「発達障害」をもった人々の特徴とかなりの部分重なっている。発達障害は、ASD、ADHD、LDなど、様々なタイプがあり、またその度合いも個人差があるので、一言でくくるのは難しい。

 

が、それを承知で「回避型愛着」の特徴をまとめてみると、「自閉的」「情性や共感性に欠ける」「他人に無関心」「子どもや育児に興味がない」「人を物のように扱い」「意に反することが起きると激しい怒りにとらわれて衝動的な攻撃性を爆発させる」といった感じである。

 

そして、こうした特徴が進化して、「未来の回避型人類」が生まれる。

この人類は、ルールと服従が生きる基準であり、生きる意味などなく、好きな事だけを遣って生きている。AI、ロボットなどど親和性が高い。平和主義、個人主義であり、家族が死んでもそれほど悲しまない。いわゆる愛情ホルモンと言われているオキシトシンの分泌が少ないので、薬を服用し、衝動的に自殺や殺人を起こす。

 

こうした人類は平和主義なので、議論や対立は避け、戦争などもってほかに違いない。この人類が主流になれば、世界は平和になるかもしれない。

 

でも……と私は思ってしまう。

でも、と思うのは私がまだ、「ホモ・サピエンス」だからなのかもしれない。

 

本書の締めくくりは、「現・人類」の私にはほっとするものだった。

 

未来では、時々、人が忽然といなくなってしまう。

他人に興味がなく、親子間であっても干渉しないので、いなくなっても誰も気づかない。

では、そんな人々はどこへいってしまったのだろうか?

 

未来社会では、「ホモ・サピエンス(その時は旧人類になっているだろう)」はマイノリティとして、ひっそりとコミュニティを作って暮らしている。そこには、愛情ホルモンがたっぷり分泌されている人類が、人とのつながりを楽しみながら、母乳で子どもを育てている。そこには、回避型として生きることに疲れた人々がやってくるという。

(フローレンス人の進化形がイエティだという説があり、時々目撃情報が出てきている。ホモ・サピエンスもそうなっていくのだろうか……)

 

このひっそりと隠れん住んでいるホモ・サピエンスのコミュティの様子を私はすぐに想像することができた。

そして、なぜかほっとしたのだ。

 

皆さんはどうだろうか?