第三章:語られざる過去



カイトの背中が完全に視界から消えた後、レンは扉を閉め、小屋の中央にある古びた机に腰を下ろした。沈黙の中、彼は壁に立てかけていた漆黒の剣に目を向け、そっと語りかけた。


「……静かにさせて、すまなかったな。」


無言のようでいて、確かにそこに意志がある。レンは目を閉じたまま、言葉を続ける。


「カイトにも知られたくなかった。お前に“意思”があるなんてことが知られたら、俺はもう街には住めないだろう。」


やがて、剣から低く響くような声が返ってきた。


《お前は優しいな。オレが喋ると知れば、人々はさらに怯えるだろう。》


「だから……ここにいるんだ。静かで、過ごしやすいし。何より……お前がいるから、寂しくない。」


レンは少し笑ってから、ふと懐かしそうに魔剣を見つめた。


「……あの事件の時、初めてお前を手にしたときは、本当に驚いたよ。」


魔剣はくぐもった声で応じる。


《懐かしいな。あれが始まりだった。オレがいなければ、お前はもういなかっただろう。》


レンの表情が少し曇り、過去の記憶が脳裏に蘇った。


「――あの時、俺たちは騎士団として裏貴族の屋敷に潜入していた。彼らの闇取引を暴き、裁きを受けさせるために……。」


「だが、失敗した。屋敷の奥で奴は“魔物化”した。仲間は次々と倒され、俺とカイトの二人だけが残された。」


「カイトを庇って、俺は吹き飛ばされた。気づいたら、瓦礫の中にお前がいたんだ。まるで、俺を待っていたかのように……。」


魔剣は静かに語り返す。


《あの時、オレはお前に問いかけた。『魔物を倒したいか?』とな。》


「俺は即答した。『倒したい、仲間を助けたい』ってな。」


《それでオレは言った。『オレを手に取れ』と……》


レンはうなずく。


「……手に取った瞬間、心を引き裂かれそうになった。お前に精神を奪われる、そんな感覚があった。でも――」


《奪えなかった。どうしても、奪えなかった。オレは不思議だった。こやつは何者なのか……と。》


「それで、力を貸してくれた。お前の力で、魔族化した裏貴族を倒せた。」


レンは剣に目をやったまま、静かに呟いた。


「……あの時は、本当に助かったよ。」


風が小屋の隙間から吹き込み、焚き火の火が小さく揺れる。魔剣はそれ以上何も言わなかった。ただ静かにそこにあり、レンの心に寄り添うように沈黙していた。