もう何十年前になるんだっけ。大学を卒業して入社した会社で、僕は本当にダメな新入社員だった。
 印刷媒体の広告会社で制作を担当していたんだけど、「大勢の人と関わりながらプロジェクトを進める」という、いわば会社員としての基本がまるっきりできていなかったのである。制作の工程管理で毎度やらかし、校正をミスり、お客さんと打ち合わせしているときにうたた寝し、届け物をするために乗った電車では横浜で降りるところを三浦半島まで行ってしまった。いったい何度「もっと落ち着け」と言われたことか。
 自分はどうも、皆と協調して組織の中で上手くやっていく能力がないんじゃないか。そう気づいてそこを辞めた後はライターとして生きてきたんだけど、やっぱり社員として会社に所属すると、どうもうまくいかないことが多かった。これまで社会人生活の大半をフリーとして生きてきたのは、もちろんそれが性に合っていたからなんだけど、実は消去法の結果だったのかもしれない。


 息子が就活のヤマ場を迎えている。
 彼が会社員として上手くやっていけるかどうかは、親であろうとわかるはずがない。もし協調性と調整能力に長けていて、立派な会社員として生きていけるのならそれに越したことはないとは思うが、もし父親と同じように組織の中で生き辛いタイプだとしたら……。
 まぁなんとかなるさ、としか言いようがない。
 組織から弾き出されても生きてはいける。苦労はするけど。どのみち、毎日ご飯を食べて風呂に入り足を伸ばして寝るためには、人はどうにかしてもがくしかないのだ。もがいているうちになんとかなるのは、不思議なものだけれど。
 別にいいのだ。皆と仲良くやれなくても。力を合わせて素晴らしい仕事を仕上げなくても。皆から尊敬される立派な社会人となる以外にも生きていく方法はい
くらでもある。自分の好きなことをしながらでも、だ。


 とはいえ、渦中の彼に正面切ってこんなことを言うのも気がひける。まぁ本人の動きを、少し離れたところから少し見守るとしようか。どうせ親にできるのは、そんなことくらいしかないのだから。