昨夜は久しぶりに街に出た。息子と元嫁さんと僕の三人で、旧家族が久しぶりに会しての晩餐だったのだ。

 最初和やかに始まった宴は、最後は僕の不機嫌によって幕を閉じた。誰のせいでもない、僕自身のせいだ。僕の執筆活動を知っている元嫁さんが、その内容についてちらほらと息子に話し始めたのである。

 彼女にしてみれば「パパも頑張ってるから、君も大学進学頑張りなさい」というつもりだったのだが、僕が過剰な拒否反応を示してしまったのである。そのことには触れないでと最初に言っておくべきだった。


 息子は僕が何をしているか知らない。何か書いてるんだろうな、くらいは思っているだろうが、具体的な内容は一切知らず、当然作品も読んでいない。まぁ18禁だから読ませられないというのもあるけれど。

 若干興味はあるようで、「どんなの書いてるの?」とか「古紙に出すあれ、ゲラ?」などと訊いてくるが、絶対に教えない。ブログを書いているのも昨夜初めて知ったはずだ。

 元嫁さんは作家活動は知っている。一人の女性として作品や語っている言葉を読まれるならいいが、それでも元は身内というのは気恥ずかしいものだ。ましてや限定的とはいえ家族として復活すると、こちらはどういう顔をしていいか分からない。なかなか微妙な関係である。


 嫌なのだ。家族にもの書きとして接したくない。自分のインナースペースから創り出された作品世界を読まれたくない。その後どうやって父親の顔をしたらいいのだ。

 世の中には、新作を書き上げると真っ先に奥さんに読ませて感想を訊く同業者がいるが、その気持ちがどうしても分からない。ジャンルにもよるだろうが、小説は人間のダークな部分を剥きだしにして叩きつけるものだ。それは作者が内面にある恥部を抉り出し、物語に昇華させることではじめて可能になる。

 恥部を晒した作品を読ませたその夜、いったいどうしたら同じテーブルでにこにこと一緒に夕食がとれるのだろう。まぁよほどの絆と信頼関係で結ばれた夫婦ならできるのかもしれないが。


 小説家を出した家の親兄弟は面を上げて近所を歩けない、と昔から言われる。知っていて僕は書いた。故に親兄弟には自分の作品を読ませていない。ペンネームさえ教えない。「ああ、なんか書いてるらしいが、あいつのやってることなんか知らないよ」といってほしい。


 身内に作品は読まれたくない。ブログもそうだしツイッターもフォローなんかしてほしくない。同じSNSにいるなんて真っ平だ。


 もとより家族という人間関係はどうも苦手で……やめておこう。近親憎悪とか共依存とか、とんでもないことを書きそうだから。


 ご不快に思った方、ごめんなさい。でも僕は身内の前で、作家の顔はどうしてもできません。













#twnovel

 偽善と無法地帯の間、ってとこですかね。

建物を離れるときになって、自然とため息が漏れてきた。どうしてこんなに疲れるんだろう。特に悪意を向けられたわけでもないのに。きっと僕が「人」ではなかったせいだろう。住基カードの一枚、データの一部。どうやらのっぺらぼうの世界に人は住めないらしい。人間臭さがなければ。