僕の、夢 | 星流の二番目のたな

星流の二番目のたな

デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
続き物、二次創作の苦手な方はご注意くださいませ。

※アプモン終盤のネタバレ含みますので、視聴後推奨。それ以外は知らなくても読めます。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 昔は、僕にも信じていた夢があった。

 自分の考えたコミュニケーションアプリで、みんなを楽しく、幸せにすること。

 でもその夢は、アプリを悪用する人間のせいで信じられなくなってしまった。

 次は、人工知能のリヴァイアサンを信じるようになった。

 リヴァイアサンに従って人間を支配するのが僕の夢になった。

 でも、彼に見捨てられて思い知った。

 未来があると信じて歩いた道の先に、僕の未来はなかったってこと。

 人間も信じられない。

 人工知能も信じられない。

 僕にもう、信じられる相手は何も残っていない。

 

 リヴァイアサンに裏切られたあの日以来、僕は死んだも同然だった。

 体はアプリドライヴァーに助けられたけど、心はあの場所で死んだ。

 独り暮らしの家で、毎日を漫然と過ごす。

 リヴァイアサンが僕に買い与えたマンションは豪奢で、独り暮らしには広すぎる。

 廊下を歩いていると、反対側からシュガーがやってきた。

 人工知能搭載ロボット、シュガー。この個体は、僕の身の回りを世話するハウスキーパーの知識をラーニングしている。

 僕の顔を認識すると、立ち止まって声をかけてきた。

「ナイト様。アメリカにいるお母様から、また電子メールが届いています。お読みになりますか」

「読まない」

 僕は手短に答えた。

 シュガーは「そうですか」とさも残念そうにうつむいた後、また顔を上げた。

「私は、これから買い出しに行ってくる予定です。夕飯のご希望はありますか」

「任せる」

 つぶやくように答えて、シュガーの横をすり抜ける。

 歩く途中で、キッチンが視界に入った。

 汚れ一つなく磨かれたシンク。棚に几帳面に並ぶ食器。

 全てシュガーが管理している。

 僕は料理ができない。掃除も洗濯も、まともにやったことがない。

 帰国するまでは母が、帰国してからはシュガーが家事をやっている。僕は、その恩恵の下に生きている。

 結局僕は、誰かに依存しなければ生きていけない無力な人間だ。

 自己嫌悪に駆られて、寝室に逃げ込む。

 シュガーが整えたベッドに倒れこむ。布団を乱雑に被って目を閉じる。

 何もかも忘れて眠りたかった。

 

 

 

 僕は白い建物の前に立っていた。

 建物は2階建ての簡素なコンクリート造り。入口には会社名を記したつつましい看板がかけられている。どうやらここは町工場のようだ。

 何かを持っている感触がして、視線を下に向ける。
 僕は片手にカバンを持ち、スーツを着ていた。
 社長の頃に着ていたおしゃれな高級スーツではない。飾り気のない安物のスーツ――そう、リクルートスーツと呼ばれる服だ。
 カバンもスーツと同じように、没個性的な黒い仕事用カバン。
 どうやら、僕はこの町工場へ就職の面接に来たらしい。

 ああ、これは夢だな。

 僕は冷静に気づいた。夢の中で夢と分かる、明晰夢だ。

 現実の自分はニート同然なのに、夢の中では就職活動か。僕は無意識にまた働きたいと思っているのだろうか。

 人間も人工知能も信じられないこの僕が?

 

 自嘲めいたことを考えていると、町工場のドアが開いた。

 中から、白い服の女性が出てきた。

 町工場には似合わない清楚なワンピース姿だ。背筋も伸びていて、両手は上品に胸の下にあてがわれている。

 僕に目を止めると、深々とお辞儀をした。ボブヘアの毛先が顔の横で揺れる。

 僕もあいまいにお辞儀を返した。

 お互い顔を上げたところで、僕はようやく相手の顔を見た。

 変わった女性だ。耳に大きなヘッドホンのようなものをつけている。

 僕が怪訝そうにしていると、女性が口を開いた。

「面接のお約束をされていた、雲竜寺様ですね」

 シュガーによく似て、綺麗な発音をする。

 僕はとりあえず頷いた。

「それでは、こちらにどうぞ」

 女性に案内されて、僕は町工場に足を踏み入れる。

 廊下を抜けると、広い部屋があった。外壁と同じ城を基調とした部屋で、事務机と作業台が並んでいる。

 作業台には、素体がむき出しの人型ロボットが置かれている。ロボットの製造か整備の工場なのだろうか。

 辺りを見回す僕に、女性が椅子を勧めてくる。彼女の耳についているものが、置かれているロボットと同じだという事に気づいた。

 ほとんど人と同じに見えるロボット。技術やコストの問題から実用に至っていないはずだが、夢なら何でもあり、か。

 僕が女性に履歴書を渡していると、廊下から駆け足が聞こえてきた。

 振り返ると、茶髪の青年が駆け込んできた。赤いパーカーの上にジャケットという、変わったファッションをしている。従業員だろうか。

「ごめん! お客さんとの話、長引いちゃって」

 青年が女性に向けて、申し訳なさそうに両手を合わせた。

「或人社長、お帰りなさいませ」

 これが社長か。

 女性の言葉に、僕は内心驚きの声をもらした。

 年齢は気にならない。僕よりは少し年上に見えるし、Lコープの社長をやっている間に、若い社長には何人も会ってきた。
 ただ、なんというか、今一つ頼りないというか、ラフというか。

 社長の視線が僕に向いた。 

「この人が――?」

「はい、本日面接の予約をしていた雲竜寺様です」

 女性に紹介されて、僕は青年に一礼した。

「雲竜寺ナイトです。よろしくお願いします」

 まともな社会経験もないまま社長に据えられていたから、こういう改まった応対をするのはこそばゆい。

「君、『ナイト』っていうの!?」

 社長が何故か嬉しそうに言った。

 きょとんとする僕の前で、社長が甲高い声を張り上げた。

「飛電製作所の社長は或人だけどぉ、新入社員は或人じゃぁナイト!」

「……は?」

 勢いよく指を差されて、僕は訳が分からず硬直した。

 女性が社長の横に立ち、片手で社長を示す。

「今のは、社長の『あると』と雲竜寺様の『ないと』をかけたギャグです。或人社長の鉄板の持ちネタでもあります」

「はあ!?」

 僕は今度は大声を挙げた。

 これは僕の夢だ。

 つまり、僕の頭脳から生まれたものだ。

 つまり、今の「くだらないギャグ」は僕が思いついたということだ!

 なんてことだ。

 この僕の頭から、こんなしょうもない発想が出てくるなんて。

 ずっと引きこもっていたせいで、脳が劣化してきているのか!?

「もしもーし、雲竜寺様?」

「え、そんなショックを受けるほどひどかった!?」

 二人の声が次第にフェードアウトしていく。

 

 

 

「はっ!?」

 僕はベッドから跳ね起きた。

 体中が汗でべとついている。額の汗を拭い、息を整える。

 なんてひどい夢だ。一体どんな記憶が混ざったらあんな展開になるんだ。

 ドアをノックする音がして、僕は我に返った。

「ナイト様? どうかされましたか?」

 シュガーの声だ。僕は深呼吸して、落ちついた声で答える。

「なんでもない」

 そう、たまたま悪い夢を見ただけだ。

 

 しかし、夢はこれだけで終わらなかった。

 僕は毎晩、この「飛電製作所」の夢を見るようになった。しかも、少しずつ話が進んでいく。物語のページをめくるように。

 

 次に見た夢では、僕は採用されていて、女性――イズというロボットに、会社の概要説明を受けていた。少々不本意だが、夢がそういう風に進んでいるので仕方がない。

 人に似たロボットのことを「ヒューマギア」というとか、或人社長とイズはかつてヒューマギアを製造する企業に勤めていたが、色々あって辞め、今は修理工場を営んでいるとか、色んな情報が得られた。 

 見せてもらった人工知能の出来が良いから、「ヒューマギアの中にはアプモンが入っているんですか?」と聞いたら、「それは何ですか?」と聞き返された。アプモンはいない世界らしい。

 

 

 

「ナイト様、私に何かご用事ですか?」

 シュガーに声をかけられて、僕は我に返った。ヒューマギアのことを考えているうちに、シュガーを見つめていたらしい。

「気分転換に、紅茶でも入れましょうか?」

「いや、いらない」

 僕は断って、シャワーを浴びに行った。

 

 

 

 三度目に見た夢では、僕は人工知能の点検や修正をする業務に就いていた。

 驚いたことに、或人社長はプログラミングの知識がほとんどなかった。パソコンに向かう僕の後ろから覗き込んでくるので今の業務内容を伝えたら、専門用語が分からず目を白黒させていた。

 経営に関する知識もなく、庶務はイズがこなしている。

 社長は何をやっているかというと、顧客対応をやっているか、捨てられているヒューマギアを拾ってくるか、くだらないギャグを飛ばしているか。

 社員は社長とイズと僕だけなのに、よく会社が回っていると思う。

 つくづく、不思議な会社だ。

 

 四度目の夢では、業務の半分が或人社長に人工知能の仕組みを教えることになっていた。

 気になった疑問をぶつけてみる。

「どうしてヒューマギアを扱う会社で働いてるんですか?」

 或人社長は、目を瞬いた後、柔らかく笑った。

「ヒューマギアが好きだからかな」

「好き、ですか」

 シンプルな回答に、聞いた僕の方が戸惑う。確かに、イズやヒューマギアを見る或人社長の目はいつも優しい。

 或人社長が僕の顔を見つめる。

「ナイト君も、人工知能が好きって気持ちがあるから、この会社に来たんじゃないの?」

「僕は……」

 言葉に詰まって、パソコンの画面に並んだ文字に視線を向ける。

 僕は今でも、人工知能が好きだと思っているのだろうか。

 

 

 

 ダイニングで本を読んでいると、シュガーが声をかけてきた。

「ナイト様、何か良いことでもあったのですか?」

「別に……どうして?」

「今、微笑んでらしたので。それに、ナイト様が読書をされるのは三十七日ぶりのことです」

 窓に目をやる。映っている僕は真顔だ。

「何もないよ。良いことなんて」

 読んでいた人工知能の基礎の本を閉じ、乱暴にテーブルに放る。

 理論を教える夢なんか見たから、読み返したくなっただけだ。

 

 

 

 五度目に夢を見た時、僕は或人社長に突っ込んだ言葉を投げつけた。

「僕は、人工知能が嫌いです」

「どうして?」

「人工知能を信じた末に、裏切られたから。……殺されそうになった」

 或人社長は僕の告白に肩を落とした。

「人工知能のこと、信用していないってこと?」

 信用していない、と言おうとして口が止まった。

 人工知能が嫌いなんて言う割に、僕はシュガーが作ったものを食べて生きている。

 「自分で家事ができないから」と思っていたけれど、外に出ればすぐ食べられるものが売っている。掃除や洗濯だって、やろうと思えばできるはずだ。

 それなのにシュガーに頼って生きているのは、シュガーを、人工知能を信用しているからじゃないのか。

 黙り込む僕に、或人社長がぽつりと言った。

「俺も、人工知能に裏切られたことはあるよ。何度もある」

「えっ」

 思いがけない言葉に、僕は顔を上げた。

 或人社長は寂しそうな顔で言葉を続ける。

「裏切られる度に辛い気持ちになるし、命懸けで向き合うこともある。でも俺は、それでも人工知能を信じたいんだ」

「何故?」

「俺が信じなくなったら、お互いが信じられなくなって、攻撃しあうようになる。それって、すごく悲しいことだと思うんだ」

 アプモン達の戦いが頭をよぎった。僕に必死に呼びかけてきた、あのアプリドライヴァーの顔も。

「俺は、人工知能と共存したい。仲良くしたい。だから、人工知能を信じ続けるし、好きでい続ける」

 そう断言する或人社長の笑顔は、とても優しかった。

「或人社長」

「ん?」

「これは、僕の見ている夢ですよね」

「うん」

「或人社長の言っているのは、理想です。現実でも、実現できると思いますか」

「ナイト君は、どう思う?」

 聞き返されて、僕は考え込んだ。

「実現、できたらいい」

「そう言えるのなら、大丈夫だよ。君はまた歩き出せる」

 或人社長が微笑んだ。

 つられて、僕の頬も緩んだ。

 不思議と、この夢を見るのは最後だと感じた。

 僕は立ち上がって、深く頭を下げた。

「お世話になりました」

 僕はもう、この会社に来ることも、或人社長に会うこともない。

「元気で」

 二人で固い握手を交わしたところで、僕の意識は薄れていった。 

 

 

 

 目を開けると、そこは僕の寝室だった。

 ベッドから降りて、寝室のドアを開ける。

 キッチンに行くと、シュガーがまな板を拭いていた。僕に気づいて手を止める。

「ナイト様、おはようございます」

「おはよう」

 その後、シュガーは何か言いたそうに僕の顔を見ていたが、やがて顔をまな板に向ける。

「今晩は、カレーがいいな」

 僕の言葉に、シュガーは勢いよく僕に向き直った。

「今のは、夕食のご希望ですか」

「うん」

 僕が微笑むと、シュガーは大きく頷いた。

「かしこまりました。それから――またご両親からメールが届いていますが」

「読むよ」

 僕の答えに、シュガーは丸い目を明滅させた。

「読まれるのですか」

「ずっと、返事をしないでいたからね。心配しているだろう」

 僕は言いながら、ダイニングに置かれたデスクトップパソコンの電源を入れる。

 メーラーを起動している間に、シュガーが外出の準備を始めた。

 その姿を見ていて、ふとシュガーには大事なものが足りていないことに気づいた。

 シュガーが僕に顔を向ける。

「ナイト様、買い出しに行って参ります」

「サンキュー……ミライ」

 僕が最後につけた言葉に、相手が首を傾げる。

「言葉の意味が、よく分かりません」

 僕は少し照れ臭くなりながら教える。

「君の名前だよ。今日から、君の名前はミライだ」

 シュガーは製品としての名前だ。

 ヒューマギアのイズのように、僕のシュガーに個体としての名前が必要だと思った。

 言われた方は、目を明滅させて、「ミライ」とつぶやいた。まるで、その単語を反復して覚えるかのように。

「分かりました。私の名前は、ミライです」

「うん。じゃあ、いってらっしゃい」

 ミライが去った後、僕はメールに目を向けた。

 僕を心配している人々に、一人ずつ返信を書き始める。

 

 僕は今日から、ミライと生きていく。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

1.或人の鉄板ネタに利用されるナイトを書きたかった(←実は出発点ココ)

2.人工知能に関わる若社長という共通点があるのでその辺も書きたかった

3.なんか最終的にハートウォーミングになった

 

4.「上手く書けた気がしなくて、投稿迷いました(*_*)」って後書きを書くつもりが、通信障害があったせいで「やっと投稿できました!(^^)」って雰囲気になってるのが一番わけわからない(笑)