目を覚ますと、俺はベッドに寝かされていた。
枕に頭を乗せたまま、周りを見る。虹色の水晶の壁だから、エンジェモンの城か。客室に俺一人だ。ベッド脇の机には俺のデジヴァイスが置いてある。
ぼうっとしながら、自分の左ももを触る。ユピテルモンに神剣を刺され、えぐられた場所。傷どころかカサブタもない。痛みもない。
上半身を起こして、他にもケガがないか確認する。
手足にも擦り傷一つない。取り込んだデジコードが、完璧に癒してくれている。
全然嬉しくねえ。
俺は深いため息をついた。
それで初めて、胸に引きつれを感じた。
思い出した。俺の記憶が間違いじゃなければ、ユピテルモンに刻印を押されたはずだ。シャツを脱いで、胸をむきだしにする。
胸の中心から少し左にずれたところに、赤みがかかったやけどの跡があった。俺のこぶしくらいの大きさで、円の中に×印がついている。ユピテルモンのハンマーと同じ模様だ。
やけどの跡を、指でなでる。少しかゆみを感じた。
いや、肌だけじゃない。この刻印は心臓に打ち込まれてるはずだ。ユピテルモンの意志ひとつで心臓を蒸発させるために。
「目覚めたようですね」
顔を上げると、テイルモンが部屋に入ってきていた。
「テイルモン、どうしてここに?」
「エンジェモンから連絡が入りました。十闘士の治療のため、手を貸してほしいと」
「純平は、無事なのか!? ノゾムは、友樹達は!?」
思わずベッドから降りかける。それをテイルモンが両手で押し留めた。
「落ち着いてください。順番に話します」
俺がベッドに座り直すと、テイルモンが横に飛び乗った。手を俺の胸にかざし、具合をみている。そうしながら話し出した。
「まず、拓也さん、輝一さん、泉さんは傷が浅かったため、手当だけして休んでもらっています」
「信也!」
ノゾムが部屋に駆け込んできた。俺の顔を見てほっとした表情になる。
「信也が起きたって、聞いて来た」
「ああ。ノゾムも元気そうで良かった」
俺が小さく笑うと、ノゾムも笑顔を見せた。
「ユニモンが最後に残っていたアンブロシアをくれた。輝二さんも友樹さんも、食べたら良くなった」
ノゾムの言葉を聞いて、俺は顔がこわばった。まだ、純平の名前が出てこない。
俺の反応を見て、ノゾムが話すのをためらう。
テイルモンが代わりに口を開いた。
「純平さんは、生きています。ただ、デジコードが体に浮かんだままで、予断を許さない状況です。エンジェモンがつきっきりで看ています」
まだ死んでないだけまし、か。
俺のせいだ。俺がデジコードを吸収する力を抑えきれなかったから。
うつむいて、こぶしを強く握りしめる。
擦り傷くらい俺にはなんてことないのに、そんな軽いダメージまで俺は純平に押しつけた。
俺のこぶしを、テイルモンの手が優しく包んだ。
「あなたのせいではありません。あなたの持っている力自体は悪ではない」
テイルモンの言葉に、ノゾムも大きくうなずく。
「悪いのは、信也を利用したユピテルモンだから。それに、信也は自分の体の心配もしないと……どう?」
ノゾムが聞くと、テイルモンが俺とノゾムの顔を交互に見た。
「刻印は確かにコア――心臓の表面に達しています。信也さんが動いたり戦ったりする分には問題ありませんが、外部からの命令で高圧電流が流れ、心臓を焼く仕組みになっています」
ユピテルモンの言っていた通りってわけか。
「なあ、取り除くことはできないのか?」
俺の質問には、ノゾムが答える。
「ネプトゥーンモンに聞いたけど、刻印を消そうとすれば発動するって言われた。傷じゃないから、アンブロシアを食べても治せないって」
「結局、ユピテルモンに発動される前に倒すしかないのか」
つぶやいて、ため息をつく。
それに対して、テイルモンが力強い言葉をかけてくる。
「まだ手はあります。十闘士のスピリットを全て合わせることで生まれるスサノオモン。あの力でなら、ユピテルモンを倒せるはずです。だからあなたは、ユピテルモンに刻印を発動されることのないように隠れていてください」
俺は反射的に、ふっと笑った。
「俺は隠れたりしない。スーリヤモンの力で、あいつを倒すって決めてるからな」
「しかし、ユピテルモンが刻印を発動させたら、あなたの命もそれまでです!」
テイルモンの反論に負けず、俺は話し続ける。
「分かってるよ。でも、どこにいても敵に命を握られてるのは変わらない。だったら行動する方が、戦う方がましだ」
俺が不敵に笑うと、テイルモンは呆れたように首を振った。
「さすがです。こんな状況でも、あなたの決心は揺るがないようですね」
テイルモンは、食事を運ばせます、と言って部屋を出ていった。
ドアが閉まってすぐ、無理して作ってた笑顔が崩れた。
「揺らぐさ、俺だって」
ノゾムが心配そうに俺の横に座った。
「ごめん、ノゾム。でも俺、初めて……戦うのが恐くなった」
相棒と二人だけになって、本音が出た。胸の刻印を何度もさする。
「デジタルワールドに来て、数えきれないくらい戦ってきたし、危ない目にも遭ってきた。でも今回の戦いで仲間を殺しかけて、自分も死にそうなくらい痛くて、心臓に爆弾みたいなの仕掛けられて。仲間が、俺が死ぬかもしれないって思ったら、すごく恐い」
刻印に触れる指が震えている。左ももに剣を刺された時の痛みがフラッシュバックする。
戦うってことは、命を危険にさらすってこと。敵はたくさん倒してきたのに、自分や仲間の命も危ないんだって当たり前のことに気づいてなかった。いや、気づいてはいたけど、実感してなかった。
ノゾムが自分の胸に左手を当てた。右手で机からデジヴァイスを取り、俺に手渡す。
「……信也が使いたいのなら、使ってもいいんだよ。僕のスピリットの、プルートモンの力。それなら勝てる」
「っ! 使えるわけないだろ。ノゾムだって、死なせたくない仲間の一人なんだから」
弱音を吐いたことを後悔した。恐いのはノゾムも同じだ。
「悪い、弱気なこと言って。ユピテルモンがどれだけ強くても、俺達がやることは変わらない。スサノオモンとスーリヤモンでユピテルモンを倒す。ノゾムの命を引き換えにするプルートモンは使わない。そう決めたんだからやりきるだけだ!」
明るく言ってノゾムの肩を叩く。
でもノゾムはじっと俺の目を見つめたまま、「うん……」とつぶやいただけだった。
俺自身が俺の言葉を信じられてないんだから、当たり前か。
ノゾムに渡されたデジヴァイスを、俺は静かに机に戻した。
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ここから最終戦までは純シリアスの予定です。