背後から地響きと同時に爆風が襲ってきた。小石や氷が降り注ぐ。俺とノゾムはかばんで頭をかばいながら走った。むき出しの腕はかばいきれず、鈍い痛みがいくつも走る。サッカーの経験上、後であざになるケガだと分かった。
もっとも、あざになる頃まで無事だったらの話だけど。
行く手にあった岩陰に、二人で逃げ込んだ。全速力だったせいでお互いに息が上がっている。俺は荒い息を無理やり飲み込んで、そっと様子をうかがった。
いきなり空中爆撃してきた野郎は、地面に降りて背中のウィングを格納した。この間灯台で戦った奴と似た外見をしている。人型で頭の三本の角があり、半人半獣なのは同じ。ただ仮面の色は青で、同じ色のウィングと、同じく青のばかでかい機械の左腕を持っている。奴の身長の半分くらいはある手のひらは、頭より上の位置に掲げられていた。さっきの爆撃もあの指から飛んできたものだ。
「ったく、お前の相手なんかしてる場合じゃないってのに」
ぐちがこぼれた。
モジャモンに教えられた雪の壁が、地平線の向こうに見えている。あと一日もすれば、ノゾムの記憶の手がかりになりそうな場所にたどり着けるのに。
俺にはここを突破できる手段がある。破壊してしまう恐れのない、ホロウスピリットの力。
ポケットのデジヴァイスが熱を持ち出している。戦いたい、今すぐ目の前の敵を倒したいという俺の心に応えて、スーリヤモンの力が目覚めかけている。
手がデジヴァイスに伸びそうになって、ノゾムがその手を押さえた。
「信也、それを使ったら」
「……分かってる」
俺は食いしばった歯の隙間から声を絞り出した。
敵の外見から考えても狙いは一つ。俺をスーリヤモンに進化させて、戦わせる気だ。ユピテルモンの望みのために。
それでも唯一ましなのは、その望みのためには俺もノゾムも必要だということ。いくら攻撃を仕掛けてきても、俺達が死なない程度に手加減をしてくれるはず。
「《ペネトレイザー》」
背後の遠くから聞こえた声。何かが風を切る音。
「ノゾム走れ!」
岩陰から飛び出す。ジッという音に振り返ると、さっきまで俺達のいた場所から湯気が立ち上り、氷どころか岩まで蒸発していく。俺の顔と背中に熱風が吹きつける。流れかけた汗は頬の途中で乾いた。
被害のないぎりぎりの地点に当てる自信があるのか、それとも俺達が逃げ切ると信頼しているのか。どっちにしろ逃げる方としてはありがたくない。これ、一瞬でも反応遅れたら死ぬぞ。
凍った地面に足をとられながら、一歩でも距離を取ろうと走る。スーリヤモンに進化できたら。あの二対の翼があれば簡単に射程から逃れられるのに。いや、進化さえすればあんな奴すぐに倒せる。緑の奴も軽々倒せた。空を飛ぶ翼と剣があれば、状況は変えられる。
そう、ホロウスピリットがどんな力かなんて、気にしなくていいんじゃないか? 進化しても自我がなくなるようなこともなかったし、体にも異常はない。出所が不明であることと妙な言葉の他は問題ないじゃないか。それで戦えて、ノゾムを守れるなら一回くらい――。
「信也、空から本が!」
「っはあ!?」
いや、荒野のど真ん中で空から本とか、空から女の子以上にあり得な
あったよ。ノゾムの指さす上空から、ちょっと赤い光を放っちゃったりしながらゆっくり落ちてくる本が。
何で本が!? と突っ込む間もなく、俺達と本の距離は縮んでいく。駆け寄ったノゾムの腕の中に、本はタイミングよく収まった。
「一旦あそこに!」
進む先にほら穴を見つけた。ノゾムの肩を押し中に逃げ込む。
すぐに手近な枝道に飛び込み、息をひそめた。敵が入ってくる足音が聞こえてきた。そう入り組んだほら穴じゃない。見つかるのも時間の問題だ。
「さっきの本は?」
小声で聞くと、ノゾムは抱えていた本を手渡してきた。暗がりでもほのかに光っている。革張りの分厚い本だ。古い図書館でほこりをかぶってる辞典、って感じの。表紙に金色の文字が入れられている。ただ、デジモンの文字で書かれていて俺には読めない。
ただ、普通の本とは違う感触がする。指を吸いつけられる微かな引力。この感覚どこかで。
「思い出した。木のエリアに出てきた時空のゆがみだ。あれに近づいた時と同じだ」
「ゆがみ?」
「ああ。ノゾムと会う前に見たんだ。そのゆがみを通ると他の世界に行けるんだよ」
「じゃあこの本も時空のゆがみなのかな。表紙にも『転送』って書いてあるし」
ノゾムが表紙の字をなぞり、俺は目を見開いた。
「お前、この文字読めるのか」
「え? うん……」
ノゾムは戸惑ったように答えた。聞かれるまで不思議に思わなかったらしい。
けど、それについて詳しく聞く暇はなかった。敵の足音が近づいてくる。ここもそろそろ危険だ。
俺は本に目を落とした。この本が時空のゆがみなら、これを開けばきっと別の世界に行ける。どこに飛ばされるのかは分からないけど、今の危機から逃げることはできる。
これがユノモンの張った罠だとは思わなかった。皮肉だけど、何度も絡まれたせいでユノモンの傾向が分かるようになってきた。本を空から降らせるなんて。そんなあからさまな演出、ユノモンはやらない。俺達を異世界に連れていこうとしているのは、十二神族とは関係のない誰かだ。
だとしたら、ここで俺達が行けば十二神族の計画は混乱する。
「ノゾム、俺にしっかりつかまってろ」
言われて、ノゾムが俺の右腕に両手でしがみついた。俺は革表紙に手をかける。
「行くぞ!」
ページを勢いよく開くと、本の引き込む力が増した。手がページの中にぬめり込む。底なし沼のように、肘も頭も足も。
俺達は何も見えない空間を落ちていく。ノゾムがつかんでいる腕の感覚だけがはっきりしている。
行く先が妙な世界じゃなきゃいいけど。今更だけど、そんな不安がよぎった。
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信也とノゾムがフロ02の世界からログアウトしました。
今回の話はパラレルさんのコラボとのつなぎになります。せめて戦える状態にしてから、と思っていたら初進化からそう経たないうちに放り込む展開になりました。参考にできる描写が少なくて申し訳ないです(汗)不明な点があれば遠慮なく質問してくださってかまいませんので。
どうぞうちの問題児をよろしくお願いします。進化は渋るでしょうが、戦わないと帰れないとかなれば思い切って使います。
拓也(信也を追跡中)「ん? ログアウト……あれ?」
さて、風のエリア編終了! 次回からは氷のエリア編が始まりますよ!(笑)