私は昔から、
どうでもいい話を「うんうん」と聞く時間が苦手だ。

ビジネスの場で、
みんなが真面目な顔をして、
丁寧な言葉を選んで、
無難に話し合いを進めていく、あの空気。

本音を言えば、
「これ、そんなに大事?」と思ってしまう。



上手く話せるようになれば、幸せなのか?

私は自分が“話すのが上手い”タイプではない。

でも、正直に言うと
「上手く話せるようになったところで、幸せな世界が待っている気がしない」と思っている。

なぜなら、
その世界はきっと、
• うまく相手に合わせられる人
• 空気を壊さずに立ち回れる人
• 本音を少し隠して、角を立てない人

が評価される世界だから。

それは悪いことじゃない。
でも、たぶん私はそこを目指していない。



私が苦手なのは「話すこと」じゃない

よく考えると、
私は話すこと自体が嫌いなわけじゃない。

本当に興味のある話なら、いくらでもできる。
心から納得していることなら、自然に言葉が出る。

苦手なのは、
• 興味のない話に興味があるフリをすること
• 共感していないのに「わかります」と言うこと
• 本音と建前の間で、自分を少し削ること

つまり、
“自分らしくない時間”がしんどいのだと思う。



みんなはなぜ頑張っているのか

きっと多くの人は、
• 生活のため
• 評価のため
• 人間関係を壊さないため

に、あの空気の中で頑張っている。

それも理解できる。
でも私は、

「関係を守るために、自分を削る」
というやり方に、どこか違和感を覚えてしまう。



無理に好きにならなくていい

最近思う。

無理に“上手くなろう”としなくていいのかもしれない。

私は
• 本音で話せる環境
• 形式より実質を大事にできる場所
• 無駄なやり取りが少ない世界

を選べばいいだけなのかもしれない。

“うんうん”が得意にならなくてもいい。
その代わり、

「本当に意味のある話をする人」になれたらいい。



自分らしくない幸せはいらない

話せるようになることがゴールじゃない。

自分らしくいられることが、たぶんゴールだ。

もし、

上手く話せるようになった未来が
自分を好きになれない世界なら、

私は今のままでいいと思う。

少し不器用でも、
少し浮いていても、

自分を削らない生き方のほうが、
きっと私は安心できる。