前の続き。
で、「火」、この話からしようか。俺にとっての「火」と言うのは、ライターをこするか、チャッカマンのボタンを押すか、ガスコンロを捻れば、点くもの。キャンプ場って言ったって、ガスぐらいあるもんだ。だから「炭」と言うものに接する機会があまり無かった。
炭火焼きの焼き肉屋、こう言うのでは勿論見たことはあるけど、俺がやったことと言えばせいぜい網の上に肉を置くだけ。七輪の中にある炭、これは眺めるだけの物であって、出て来る時には火が付いた状態でテーブルの上に置かれている。
「火」を自由自在に使いこなせるようになったことこそが人類の現在の繁栄の根幹である、とも言われる。「人間とは何か」と言う問いに対してこんな定義をされると、俺の人としてのランクは下から数えた方が早い。50億位ぐらいかな。この屈辱よ。普段、上位5%から10%には確実に入るはずだと思い込んでいるのに。だから今まで大っぴらに言えなかった。
俺にとっての「火を起こす」と言うことのイメージは、着火がとにかく大変、だが、火が付き始めたら、後は、落ち葉だの枯れ木だのをくべて燃料を絶やさなければ勝手に燃え続けるもの、と言う感じ。
さて、疑問その1。キャンプ場ってのは大概自然の中にある。自然の中には落ち葉も枯れ葉も、その辺に腐るほどある。なのに、何で「炭」なんて物を買って持って行かなきゃなんないの?バーベキューの火の燃料なんて、現地調達出来るんじゃないの?
以下、自問自答で解決して行く。解答その1。実は落ち葉も枯れ葉も腐るほど無い。むしろ、全然無い。生木は水分があるから燃えにくい、これは分かってはいたけど、「火」に対して直面すると、これを燃え続けさせようと意識した時、燃料を確保することの難しさに初めて気付く。
燃えるものなんてその辺に落ちているだろ?と思って自然の中でふと周りを見渡すと、意外に、どころか、かなり、無い。昔の社会において、薪を集めることがいかに重要な仕事であったか、火を前にして、漸くここに思いが至る。
ガスコンロを捻れば火は付く、ここに何らの疑問を抱かずに生きて来てしまった俺にとって、この事実は衝撃的。火を起こし、それを絶やさないことは、自然の中では実は相当に困難。その為の炭か、これで一つ解決。
(続)