政争の島
子宝の島、の続き。
この徳之島に頑張ってもらうしかないなw。でも、いいことだね、子供は宝、って概念が浸透している。この島の空港、「徳之島子宝空港」って名前がついているくらいだから。
それに、子供は地域で育てる、ってスローガンもあった。素晴らしいね。親だけで面倒を見るのも大変。周りの住人も子育てに協力して、しっかり教育をする、こういうのがあるからこそ、安心して子供をがんがん作れる、ということだろう。
この島には町が3つある。メインが、島東部の徳之島町。ここの中心市街地、亀津に人口が多い。西側が天城町。平土野(へとの)って港町が中心部。ここは寂れた感じだね。島南部が伊仙町。ここは面積的にも小さい。
3つの町の合併話もあったが、流れたようだ。徳田虎雄が選挙に初めて出馬した1980年~1990年にかけて、保徳(やすとく)戦争と呼ばれる、選挙抗争があった。
保岡興治(現衆議院議員)と徳田虎雄との、島を二分する争いで、両陣営ともに公職選挙法違反者が続出。金のばら撒き合戦になったみたいだなw。
この二人の争いは、町長選挙や町議会選挙にまで波及して、島はずだずた。選挙の結果すら島内では賭け事の対象になっていたとか。どの選挙もかなりの僅差だったんで、その都度揉めるから、島が荒れていた時期。
一応、2009年には和解したようだが、こんな経緯もあるし、3町仲良く合併ってのは、なかなか難しいだろう。まあ、こんな政争があるからこそ、自分の陣営の繁栄の為に、がんがん子作りしているのかもしれないなw。
(続)
じゃが芋、うまいよ
前の続き。
それに、町は3つあるが、天城町、伊仙町は寂れているので、財政的にも、徳之島町に負んぶに抱っこになるから、徳之島町が合併には反対している。
産業は、農業、漁業が中心。観光はあまり盛んではないだろうな。一応、オンシーズンには、リゾートバイトってことで、ギャルがスナックで働きながらダイビングをしに来たりするらしい。
農業は、砂糖黍がメインで、他に、じゃが芋、生姜。じゃが芋、ちょうど新じゃがだったみたいで、かなりうまかったよ。お勧め。この島ではこればっかり食ってもいいぐらい。島外にも出荷しているようだ。
漁業は、黄肌鮪、袖烏賊、鰹、伊勢海老。袖烏賊を居酒屋ではよく見たような。かなり大きめの烏賊のようだな。釣りをしたら楽しいかもしれない。
名産品としては、黒糖の菓子、黒糖焼酎。焼酎はかなり種類があった。泥酔して、どの銘柄がどんな味だったか、さっぱり覚えていないw。他にも、島ジンジャーだとか、奄美モヒートなんて酒もあったな。
この島、人口は多いのに、基地もないし、観光もいまいちだし、産業、これだけで大丈夫か?って感じだが、まあ、徳田ががんがん金を引っ張ってきてくれるから安心かw。
一応、普天間基地の移転先として候補に上がったこともあったんだが、反対が大きく、特に、徳田が反対側に回って、計画が潰れた。まあ、良くも悪くも、徳田の島か。
それに、この島の企業、西川グループも結構大きいようで、内地の鹿児島の方でもいろいろやっている。なんで、こういう企業や病院なんかで雇用はありそうだ。
(続)
テクノコーシンの思い出
ラスター倒産、の続き。
「スターゲートX」で攻略騒ぎも起きたな。一定のリズムで打っていればコイン持ちが爆発的に上がる、とかだったっけ?マイナー機種だし、使ったことはないな。
「ナイトバーズ」「男の浪漫」「月夜の鷹姫」あたりは多少見かけたな。「デジタルカウボーイ」は裏物を少しだけ触ったことがある。「神輿」は店が仕込むと5万枚出る、スロット史上最高機械割りとの噂もある台。
「ガンダム」という大型版権を獲得しながら素晴らしい糞台を作って大コケしたり、マイナーメーカーで大して売れていない割りに、何かと話題が多かった。
「トリプルクラウンA-30」は沖縄でも多少見かけた。本家のトリプルクラウンとはいろいろ違っていた気がする。人気はなかったw。
5号機になってからも個性的な台を作っていたような。「メガラニカ」「ドリームJラッシュ」「満福箱」「メガミリオネア」とか。話題だけはあったか。見たこともないけどw。他の機種はp-w・・・で好きに探してくれw。
意欲作を作ってくるメーカーではあったので、倒産は多少残念な気もしなくはないかもしれない。いや、そんなに思い入れがあるわけでもないからさw。別に、この世からスロメーカーなんて全て消えてなくなってくれて構わないのでw。
今回の規則改正で、スロメーカーには冬の時代がやってくるだろうな。ARTも、以前のものに戻るわけだから、しょぼい出玉感は拭い去れない。
(続)
アマミノクロウサギ
じゃが芋、うまいよ、の続き。
地形は山勝ち。最高標高は645mあるので、離島にしてはかなり高い。因みに、沖縄最高峰は石垣島の於茂登(おもと)岳で、526m。これと比べると、徳之島北部にある天城岳でも533mなんで、この島は高い山が多い。
島の中央部が山脈のようになっていて、これで島が東西に隔てられている。山地は特に利用はされていないようだ。何しろ、貴重な生物の宝庫なので。
奄美野黒兎は、奄美大島と徳之島にしかいない、計4000匹の、貴重な兎。耳が短い、鼠みたいな黒兎。あまりかわいくはないかw。夜行性で、鳴き声を上げるのが特徴的。
子育てが変わっていて、子供用の巣穴を掘り、乳を与えるとき以外は子供を土に埋めてしまっているんだと。この島にはハブがたくさんいるから、それが天敵。子供を守る為の対策のようだな。
これの観察小屋が山中にあるので見てみたかったのだが、電話してもつながらなかったので、諦めた。多分、狭い山道を行く必要があるので、車で行くのもなかなか難しいと思われる。
それに、貴重な野生動物なんで、実際に飼っているわけではないようだ。映像が見られる程度とか。他に、毛長鼠、棘鼠なんかもいる。植物も独特のものがあるようだ。この島の山は、自然のままで立ち入らないでおくのが良い。
山勝ちの島、ってイメージだったが、山地以外には平野が広がっていて、奄美の島では最大の耕地面積なんだと。車で一周した感じではそんな風に思わなかったので、これは意外。
文化的には沖縄と内地の中間的な感じだが、やや内地寄りかな。言葉は沖縄に近いとか。でも、居酒屋なんかでは、普通の標準語で皆話していたような。あまり方言は使われなくなって来ているのかも知れない。
(続)
闘牛の島
前の続き。
この島の見所は、何と言っても、闘牛だね。スペインのあれとは違って、牛対牛。角を突き合わせて勝負する。どちらかが逃げ出した時点で試合終了。逃げた方が負け、残った方が勝ち。
人は、自分の牛に気合いを入れるだけで、手は一切出さない。一勝負10分ぐらいが多いようだ。できたら見たかったんだけどね、行った時期は正月前で、観戦はできなかった。料金は3000円ほど。
この小さい島に、闘牛場は7箇所もある。正月1日から4日まで、いきなり4大会ある。これを年間に5回ぐらい行う、ってんだから、相当な頻度。これが毎回祭で盛り上がる。ビデオで見た感じ、楽しそうだ。
闘牛に賭け事?ねぇよ、ねぇ。公的には、賭博は禁止だぜ?そんなこと、やっているわけがねぇだろ、多分・・・w。嘘、間違いなくやっているなw。ま、それは沖縄でも他でも同じことだろう。
名誉(と金?)がかかっているので、牛の飼育には皆熱心。子供達も、犬を散歩に連れて行くような感覚で、牛をトレーニングさせているようだ。
砂浜で牛が走らされているのを何度か目撃したなw。かなりでかい鳴き声を上げていた。砂浜なんで走りづらいから、相当へばっていた感じ。それでも、正月の大会が近いこともあってか、きついトレーニングをさせられていた。
ちょっとかわいそうな感じではあるが、負けて肉になるよりは、勝った方が牛の為でもあるしなw。他にも、角の形を生かした突き技なんかを練習させられているよう。そういう練習風景を闘牛場で見ることもできたりする。
(続)
花火、出るよ
テクノコーシンの思い出、の続き。
逆に、今回の規制でも、ジャグ、ハナは安泰か。これを見習ってなのか、メーカーの中にはARTに見切りをつけて、こういうマイルドに遊べる方向性に切り替えているところもあるようだ。
最近発表されたね、「花火」。ユニバの傘下、アクロスってメーカーから。4号機の「花火」、コンドルの世代から打っている人間なら皆触ったことはあるであろう台。台数も多かったからね、俺も触る機会はかなりあったよ。
挟み打ちの綺麗なリーチ目が気持ち良い。遅れはそんなに俺は好きじゃない。ハズシは2コマでお手軽なんで、プレッシャーもないから、目押しが大してうまくない俺には有り難かったなw。
判別で設定5以上が、かなりスピーディに見抜ける。ま、イベントでもあんまり通らないことが多かったけどw。それに、俺はどちらかと言うと、同系機の「バーサス」の方が好きだった。
「花火」は、右に「バー、リプ、ドン」が止まらな過ぎる。「バーサス」は良く止まる。まあ、スイカばっかりだけど、この方が打っていて飽きない。音楽的にもバーサスの方が良いし、3、4でも判別が効くから、こちらの方が現実的。
とまあ、「花火」出るよ!と煽っておいてなんだが、俺はあんまり好きでもないから、大して嬉しくもないw。「バーサス」ならまだ良かった。それに、結局は5号機だからな。もっと言うと、沖縄にいたら打つ機会もないしw。
「クランキーコレクション」、評判良いよね。アクロスから既に出ている台。俺は触ったこともない。そりゃあねぇ、新台で1、2台しか入らねぇもん、沖縄じゃ。
(続)
闘人に発展しそう
闘牛の島、の続き。
ま、牛も、トレーニングして根性つけることが大事よ。何しろ、闘牛の決着は、「逃げ出したら負け」だから、闘志さえ常に見せていれば、敗北はほぼない。角が刺さってTKOってのはあるみたいだけど。牛の世界も楽じゃねぇなw。
でもよ、闘牛、頻繁にやっていて、大丈夫なのかな、と思う。牛が、じゃなくて、人間が。勝負事だし、熱くなって揉めることもあると思うんだよね。
ただでさえ、政争なんかをやらかしているのに、闘牛ばっかりやっていて、隣人同士、仲が悪くならないのかな、と。勝負の後に飲み屋で祝勝会とかやっていたら、やばそう。相手側と同じ店で鉢合わせたら、確実に喧嘩になるな。
ま、この辺の事情は観光客の俺にはわからない。狭い島なんだし、仲良くやってくれよw?あ、強い牛は内地や沖縄に遠征して戦うこともあるみたいだな。逆に、向こうから来ることもある。闘牛の地域間の交流はあるようだ。
競馬と同じく、ブリーダーもいるし牛主もいる。血統とかもあるんだろうな。何にせよ、この島では、闘牛は娯楽ではあるけれども、これを生業にしている人も多く、また、名誉と遊びですまない金額がかかっている、ってわけだねw。
さて、徳之島の知識はこんなところで。後は観光地を巡って、その場その場で、知識を補充。観光って、遊びじゃねぇぜ?人間、日々勉強だ。
12月28日日曜。レンタカーを借りて観光に出発。泡島が運転、俺がナビ。泡島は地図が読めないので、これが良い。ただ、泡島の運転もちょっと不安ではある。
(続)
3代目朝潮太郎
前の続き。
普段乗っている外車とは色々違うようで、乗るなり、鍵穴はどこだとか、ギアのPってなんだとか、ウィンカーを出すのにワイパー動かすわ、で、ワイパー止まらんわw。
まあ、普段の車と勝手が違うのは理解するにしても、少なくとも教習所では日本車だったと思うんだが・・・。パーキングレンジ知らないとか有り得ない、というか、免許貰えないと思うんだけどw?
こんなんなんで、俺としては、同乗していて恐ろしい。一度、袋小路に入って脱出できなくなったしw。何でそんな、どっちにハンドルを切っていいかわからなくなるのか、不思議。教習所の教官って、大変だな、と思った。
レンタカーはオリックスので、一日5000円ぐらいだったかな。とりあえず、不安はあるが、泡島の運転で出発。まずは、港の近く、なごみの岬。何もない浜だな。遠浅で穏やかなので、潮干狩りが出来そう、ってぐらい。
次、朝潮太郎記念像。この島が生んだ第46代横綱、朝潮太郎の像。朝潮って名前の力士は4代目までいる。その3代目。戦後に活躍した力士ということだ。俺の知っている朝潮は4代目のだな。
この3代目はかなり特徴的な顔をしている。像は等身大ではないだろうな。足とかがかなりでかすぎたので。でも、身長189cmとあるから、大柄であったことは間違いない。この島の最高峰、井之川岳を背に悠然と立っている。
そうそう、この島には、こういう像や記念碑がやたら多い。何かあったらすぐに作る文化でもあるのか。この横綱像ならあっても良いと思うのだが、他に、わけがわからないものが至る所にある。
(続)
名機復刻?
花火、出るよ、の続き。
新装なら抽選で当たらないと打てないし、並ばず打てる時期には既に設定は・・・、ってなるから。一応、スロを打つのが仕事なんで、遊び打ちはさすがにしない。多少興味はあったけど、結局触らず仕舞い。
それに、「コンテスト」はたくさん打ったけど、「コンドル」はあんまり打ってない。俺が打ち始めた時期には「タコスロ」があったので、同じ1なら期待値が高いタコスロを優先していたから。よって、青テンにも特に思い入れは、なしw。
どちらかと言うと、「コンテスト」でコンドル狙いをするから、挟み打ちで、左上段コンドル、右中段スイカの2確が好きだったな。
ちょっと前にも「ビーマックス」が出てたね。これも触っていない。4号機の時から、俺は「ビーマックス」が嫌い。評判は良かったけどねぇ、親父打ちでリーチ目を楽しむ、ってのはあんまり性に合ってねぇな。
何より、目押しがね・・・w。あのプレッシャーがきついんだよ。大量獲得機なだけに。左に準備目作って空回し、よくやってた。当時はタイミング押ししかできなかったので、左に赤7、青7、2つあるから、すげー厄介。
割りと見やすい赤7はビタ。青7の2つ下で外すと、ラインによっては2コマの余裕になるが、見づらい。そもそも、高設定は、4でも115%ぐらいはあったはずだから、並ばないとまず座れない。よって、大して触ってねぇな。
ってことで、結局、アクロスから5号機で4号機の名機を復刻、ってのをやってくれているけど、まだ1回も触ってねぇや。沖縄じゃ今後も機会なさそうだなあ。残念だ。
(続)
畦プリンスビーチ
3代目朝潮太郎、の続き。
どうせ大した物ではないので、いちいち気にしなくて良い。会社創立何周年の記念碑だとか、こちとら知るか、ってものばっかりだからねw。
次、下久志海浜公園。一応ビーチがあるが、ここは波が荒い。泳ぐには向かないか。ここで、牛に遭遇。正月の闘牛大会の為、ここでトレーニングさせられているようだ。
砂浜を走り回させられて疲れていたのか、飼い主に引っ張られても、なかなか前に歩こうとしなかったw。牛の生活も楽ではないってことよ。
ここから山側にある奄美野黒兎の観察小屋へ行こうとしたが、電話がつながらないし、道が細くてわかりづらいので、諦めた。海岸からの距離と山の高さを考えると、かなりの急斜面。無理しない方がいいだろうね。
先の、畦プリンスビーチへ。今上天皇と皇后が、皇太子時代に訪れたことがあるので、この名前。この碑はまあ、ぎりぎりあっても許されるか。ビーチはかなり穏やか。シュノーケルにも向いているだろうね。
一応、シュノーケルの道具は持って行ったのだが、やらず。でも、頑張ればできなくはなかったかな。この日は風が全然なくて、体感的にも寒いとは感じなかったので。
ただ、天気もそんなに晴れってほどではないんで、海の色が美しくないから、気分が乗らず。それ以前に、俺は昨日の泥酔で気持ち悪い。この日は夜までほとんど何も口にしなかった。
近くの飯屋で食事は、泡島だけ。俺はちょっとつまんだぐらい。泡島は最後の店で寝てばっかりで飲まなかったから、元気なもんだ。黒糖焼酎、ぐびぐびとやるもんじゃねぇな。当たり前かw。
(続)
ムシロ瀬
前の続き。
店の人が、小さい蜜柑をくれた。見た目はシークワーサーだが、味はやや酸っぱい蜜柑。この島で取れるようだ。ただ、小さいくせに種がやたら多く、食うのに手間がかかるが。
先へ。ソテツトンネル。350年前のものらしい。元々、畑の区切りに蘇鉄を植えてあったようで、それが農道にトンネルを作っている。範囲は結構広く、蘇鉄も大きい。
ただ、区切りに蘇鉄を植えるのはいいけど、これを植えているところに作物を植えた方が畑が広く使えるような気がしたけどw。折角の耕地に蘇鉄を植えておくのは些か勿体無いような気がするね。
このトンネルの先には海岸が広がっているが、これは普通。ところどころ工事していたのが興醒めな感じであった。蘇鉄のトンネル自体は面白いよ。
次、ムシロ瀬。ここから天城町になる。ここの海岸は非常に特徴的。南国には珍しい花崗岩が、筵のように敷き詰めらている、とのこと。うーん、筵ってのはセンスがないような気がするw。俺にはどう見てもそうは見えなかったな。
ただ、これは一見の価値あり。刺々しい岩の海岸は、沖縄でも残波岬などで見るが、ここの岩は丸みを帯びているのが面白い。俺のイメージする花崗岩とも全然違う。
海岸の波はかなり荒かったので、その浸食作用によるものだろうな。そんな波にも負けず、釣り人はいた。釣り好きって、こういうところでもお構い無しにやっているよね。恐ろしくないのだろうか。
そこから南へすぐ、ヨナマビーチ。ここは整備された海水浴場だね。近くにウォータースライダーのプールもある。ちょっとしたリゾートビーチ。徳之島で毎年開かれているトライアスロンのスタート地点でもある。
(続)
目先だけでも、変わって
名機復刻?、の続き。
でも、こうやって、ART一辺倒の流れに一石を投じてくれるのは非常に嬉しいね。今後ARTは島をどんどん削られるだろうから、こういう台が割って入ってくれるといい。
でさあ、この流れを受けて、沖スロの方にも参入して、ちょっとは変わった機種、入れてくれないかなあ。ハナハナのあの配列、飽きたんだけど。折角参入してくれた北電子には悪いけど、マハロ、ほとんどハナハナと変わらねーんだもの。
もっとさ、既存の配列をぶち壊すようなもの、作ってくれよ。なんなら、ジャグでも構わんからさ。ついでに、下皿直しておいて。マハロの下皿、コインががんがん飛び出すから。手で押さえてないと落ちるんだよね。
ま、スロなんざどうせやることは毎日同じなんだけど、新しい機種があれば、目先だけでも少しは楽しく打てるような気がするんだよなあ。
以上、思い出話を絡めて長々と書いて来た。多分、糞餓鬼、いや、若者には、わけがわからん言葉の羅列かも知れんね。逆に、俺にとっては、今の機種のゾーンがどうとか全くわからんし、お互い様よ。
最後、ブログの方には以前載せたけど、リンクを。これ見て、懐かしんでくれ。しかし、それにしても、この動画、素晴らしい。本当に、無茶苦茶うまいぜ。
こんなレベルだったら当時は食う台に全く苦労しなかっただろうな。ビタビタやっているだけで楽しく金が転がり込んできた時代。別に懐古主義ってわけじゃないが、それにしても、今のスロット、つまらん。これ、俺だけかなあ?
(終)
天城町
ムシロ瀬、の続き。
そのすぐ近くには、尚子ロード記念碑がある。これは正直、いらねぇんじゃねぇのw。マラソンの高橋尚子がここで合宿を行っていたからで、その練習コースが尚子ロード、ってことだ。これで記念碑はちょっと大袈裟じゃないかな・・・w。
さらに南下して、ウンブキ。陸の海、という意味らしい。鍾乳洞が沈んで海底とつながっているから。海につながる鍾乳洞というのは珍しいようだ。ここで初めて見つかった穴子など、希少な動植物が周囲にある、とのこと。
見た目は普通の鍾乳洞に見えるけどね。水は海水なのかも知れん。ライトをつけることができて、それをつけると幻想的な感じ。
泡島が何やら見つけたようだ。崖の窪みに空き缶が挟まっている。崖の上から落としても絶対に入らない位置だし、誰かがゴミを投げたら偶然窪みに突き立ったのかw。ある意味、これが名物かも知れん。
この近くに西郷南洲上陸記念碑がある。沖永良部島に流される前、ここに寄ったみたいだな。滞在期間を考えると、そこまで記念碑にするべきことでもないような。ま、ここ、鹿児島県だしね。西郷の影響はあるか。
平土野港周りが天城町の中心部だが、かなり寂れている感じだったな。昔ながらの集落だからか、道は狭い。こちらに来るフェリーの航路もあるのだが、便数は限られているしね。こっちで宿泊は厳しそう。
港のすぐそばに、犬の門蓋、がある。いんのじょうふた、と読む。昔飢饉の頃、人を襲う犬を捕らえてここから捨てていたそうだ。刺々しい断崖絶壁。
(続)
犬田布岬
前の続き。
メインは眼鏡岩。岩がアーチ型に、眼鏡のように繰り抜かれている。この島は、様々な種類の岩があるので面白い。質感とかがそれぞれの海岸でかなり変わる。
先へ。小原の滝ってのは見つからなかったので、犬田布岬へ。いぬたぶ、と読む。ここには戦艦大和の慰霊の碑がある。何でここ徳之島に、と思ったが、当時は沈没場所が正確にわかっておらず、ここの沖合いと言われていたからだと。
実際の沈没場所は屋久島の西の沖合い。ま、今更なので、ここに慰霊の碑がそのままに残されている、というわけ。ここ犬田布岬からは北西のかなり先の沖合いになる。
坊ノ岬沖海戦と呼ばれているようだ。大和だけで2740名が戦死、この時の海戦で計3721名が戦死。米軍の死者12名。阿呆な戦をやったもんだ。一応、大和の乗員でも270名は生き残った。この人数、大和、相当でかかったんだな。
その慰霊の碑がここにある。が、この岬には、なんかよくわからん企業の記念碑とか、勝手に個人で作って建てたんじゃねぇの、っていうような謎の像もあったりするw。景色自体は断崖絶壁の見晴らしの良い岬。
ただなあ、この島と大和、何の関係もないから、ここに慰霊碑があることに非常に違和感は感じる。沈没場所もこの島とは全然関係ないと言って良いほど遠く離れているわけで。ま、細けぇことは、いいか。
次、犬田布騒動記念碑。役人の理不尽な仕置きに反発した農民が起こした一揆。勿論、そんな有名なものではなく、ここを見て初めて知った。農民の方の観点から「犬田布義戦」とも呼ばれている。
(続)
フィーバークイーン
スロの思い出話をしたので、ついでに、パチの話も。ちょっと前だが、「フィーバークイーン」、出てたね。一応、少しだけ動画を見たけど、ふーん、って感じだったので、結局触ってもいない。
というか、初代のフィーバークイーンの後、何回もリメイクされて、ことごとく糞台。本当にどうしようもねぇな、このメーカーは。株価の凋落にも見事に表れているよ。全然、わかってねぇ。
まあ、スペックの再現は困難ではあるか。でも、元のスペックはかなり辛いんだから、もう少しやりようがあると思うんだけどなあ。それ以前に、演出なんかが全然駄目なんだけどね。
まず、通常時の回転。音楽に合わせてきっちり止まれよ。保留玉で早く止まる必要はねぇの。変なところで止まるから、音楽が切れて、すげー気持ち悪い。この時点で、動画を見て糞台と確信した。
そして、相も変わらず、余計な演出をくっつける頭の悪さ。開発者の頭をカチ割って中身を見てみたい。予告演出とか、昔のクイーンが好きな奴に、そんな阿呆なもの、受けると思ってんの?
選択で昔のモードにできるとか聞いたが、選択できる、では駄目なんだよ。隣の台から余計な音がしたりするだろ?全台同じじゃないと意味がねぇんだって。
メーカーのクイーンのページを一瞬見たが、即閉じた。目が汚れる。だから詳しく知らんけど、半コマ戻りの時はプルプル震えるんだろうな、こら?ま、どうでもいいか、こんな産業廃棄物。
ったく、俺に開発させろ。いいもの作ってやるから。売れるかどうかは知らんw。もう、昔からの連中、とっくに足を洗ってしまっていたりするだろうし、今更、懐かしいと思って打つ奴は少ないかもね。
ただ、もうクイーンは作るな。それだけだ。
長寿の島?
犬田布岬、の続き。
眺めていたら、近くの家から爺さんが出て来た。「見学ですか?」「ええ。」「うちの爺さんの墓です。ゆっくり見て行ってください。」ああ、この子孫なのか。
こういう記念碑、俺らのような観光客にとっては遠い歴史の1ページに過ぎないけど、身内の出来事である人間もいるんだから、気をつけないと。
「何この汚ねぇ墓」とか、記念碑見て「ふーん、つまんね」とか、余計な事を口にしていなくて良かったw。こんな島で島民を敵に回したら生きて帰れなくなるからな。周りを伺いながら口を開くようにしよう。
次、泉重千代の像。この名前は俺も知っているな。昔、長寿記録でギネスに載っていた人物。120歳まで生きたらしい。この時は、その爺さんの像を見て、ふーん、で終わった。
調べたけど、全然駄目じゃねぇかよw。戸籍に疑問があって、現在では105歳というのが通説になっているとか。ギネスでも2012年から記録を取り消したらしい。そんな話、記念碑には何も書いてなかったぞ、こらw。
そもそも、ただ長生きしたからって像を作るのはどうかと思うがねw。一応、ギネスに載っていて、健在だった頃は、観光客がかなり訪れて来ていたらしいから、そういう面ではこの島に貢献はしたのか。
この近くには、本郷かまとっていう、同じく長寿の婆さんもいたことから、長寿ロードとか名付けられていたな。こちらの婆さんも生年月日が怪しく、ギネス取り消しw。
次に、泉芳朗(ほうろう)の像ってのを探したが、見つからず。詩人で、奄美の日本復帰を勝ち取った人物らしい。しかし、誰でも彼でも、すぐ銅像建てるな、この島。
(続)
一日あれば周れるな
前の続き。
近くのカムィヤキ遺跡ってのは見なかった。焼き物の窯の跡らしいが、興味がなかったので。考古学的な遺跡は、見ても、ふーん、で終わってしまうからな。貝塚ともそう。研究者のオナニーに近いw。
そこから少し車で走って、喜念浜海岸。多分、徳之島で一番美しいのはこのビーチ。砂浜が1キロ続き、波も穏やか。遠浅でシュノーケルにも向いているだろうね。
晴れていれば綺麗なエメラルドグリーンの海になるようだ。この時は曇っていたのと、既に時間も遅くなって来ていたので、写真ではうまく撮れなかった。ここの砂浜でも牛がトレーニングさせられていた。
次、なくさみ館。この島の中でも一番新しく、設備も整っている闘牛場。闘牛は正月なんで、この日は見られなかったが、資料館が併設されていて、そこで各種の展示、ビデオなどが見られる。入場料200円。
ビデオを見るだけでも楽しめる。闘牛の面白さはわかったな。勿論、生で見るのが一番だとは思うが。闘牛場では練習風景が見られることもあるらしいけど、この時は既に大会前なんで、やっていないとのことだった。
これにて徳之島一周完了。多少見ていないところもあるが、レンタカーならば一日あればほぼ見られる。できたら、闘牛の日程をこちらで調べて、それに合わせて数日滞在すれば、余裕を持って周れるだろう。
さて、後は夜の街を徘徊するだけだなw。明日の朝の船で帰るので、それに乗り遅れさえしなければ大丈夫。ただ、今日は年末の日曜日。居酒屋、やっているかなあ。
(続)
離島のパチ屋の考察
徳之島紀行のおまけ。ガチプロである以上、旅先でも仕事を忘れない。で、この島にパチ屋は計7軒。徳之島町4軒、天城町2軒、伊仙町1軒。
これは島の人口25000人に対して、かなり多い。日本全国で見ると、人口あたりのパチ屋数は、鹿児島が1位で、6500人に1店舗。最下位が沖縄で、16300人に1店舗。
徳之島は鹿児島県。このデータ通り、人口の割りにパチ屋が多い、というわけだ。鹿児島の他の離島も同様で、奄美大島17軒、 喜界2軒、沖永良部5軒、与論2軒。
人口は、奄美64000人、喜界7800人、沖永良部14000人、与論5300人。よって、大体、3000~4000人に1軒。鹿児島の平均よりも多い。
沖縄と比較してみる。石垣島47000人で、パチ屋は4軒。宮古島52000人で4軒。久米島8000人で1軒。平均して、12000人に1軒程度。こう見てみると、奄美諸島は人口の割りにパチ屋は相当多い、と言える。
この事実をそのまま解釈すれば、奄美はパチ屋の競争率が激しいので、出す必要があり、沖縄は競争率が低いから、特に出す必要もない、ということになる。
後者は割りと正しいがw、前者はどうかなあ。離島だし、出玉は期待できないと思われる。それに、これは単に、パチ屋の軒数と人口の比較。もう一つ、台数を考慮する必要がある。つまり、パチ屋の規模。
沖縄のはどこもでかいからね。400~500台規模の店が多い。それに対して、奄美のは小さいな。大きくても300台程度。200台ぐらいの店も多い。
(続)