201311-4 | 沖縄放蕩記

沖縄放蕩記

2010年に東京から沖縄に移住。

日々の生活を、酒を片手に、徒然と。

管巻き

 

ある程度記事も書いたんで、飲んで気持ちいいから、いつもの管巻きw。

 

・カシオのスマホ

 

今使っている、G'zOneはもう2年経つ。性能も良くないし、買い換えたいところ。ガラケーの頃からカシオでずっと来ているので、出来たらこのG-Shockの携帯がいい。

 

と思って新機種を待っているのだが、全然気配がない。で、調べたら、NECカシオはスマホから撤退、ってことだ。

 

え~、困るなあ。カシオのは俺のつぼなんだよね。デザイン的に気に入っている。それに、これはG-Shockの流れを汲んでいるんで、タフネス、ってのが売り。

 

実際、このスマホも、何だかんだ、結構落としている。で、あちこち欠けていたり。今ではみしみし言う様な箇所も。このG’zだからこそ大丈夫だったはずなんだよね。だから、防水、耐ショックは欲しい。今は他機種でもぼちぼちあるようだけど。

 

どうするか。頑張ってくれよ、日本のメーカー!

 

 

・ショートとロング

 

あちこちバーを巡っていて、ある時カクテルでググった。で、知ったこと。カクテルのショートとロングって、ショートが強め、ロングが弱め、って認識だった。まあ、それは合っているんだけど、度数は違えど、トータルのアルコール量は同じなんだってな。

 

もう一つ知ったのは、ショートとロングの違いは、グラスではなくて、飲む時間の差だとか。ま、結局のところ、ショートで頼めば、すぐにがんがん行くんで酔いやすいから、ショートの方が危険、って認識でいいと思うけどね。

 

ドライマティーニで始めて、そのうちウィスキー、こんなんだから悪いんだけどw。

 

 

 

 

ようやく仕事

 

11月22日金曜。連休前だし、さすがに働くか。下見はしたので朝から。

 

前日、ウルトラマンがレインボーになっていた。データから見るに、水曜に引いて、木曜が据え置きだったか。木曜は1500枚程度だったが。

 

残すんかな?これ。まあ、並ぶ気はないが。後で聞いたが、6時には並んでいたとかw。頑張るねぇ。で、無事消えていたw。すっきりw。

 

朝はゴッドゼウスの1050オーバーを。1300ぐらいで当たる。案の定単発w。しゃーない、2分の1の300ゲーム天井を目指すか。無事300で当たり、そこから6連ほどしてプラスに。写真の通り。

 

次にハナハナ。朝から打たなかったのは、狙い台が弱かったから。できたらクイハナを打ちたかったが、大した凹み台がなかったので。キンハナにはあるんだけど、最近こっちには入ってない気がしている。

 

キンハナのかなり入っている台は既に先客が。夕方まで粘る客なんでそれは空かないだろう。それは別にいいんだけど、朝からかなり投資が嵩んでいる模様w。やっぱりキンハナは危険か。

 

ちょっと弱いけどドラハナで。順調に出て2000枚ほど。判別数値は、パネフラぼちぼち、スイカ良し、バケフラ左。入っていると思うんだけどなあ。が、夜にストレート1200オーバーを食らうw。さすがにやばいかな、これ。何とかプラスだけど。

 

やる気も失せたので撤収。写真の通り。キンハナもいまいちだしね。家で飲んで寝て、夜に下見。

 

・・・。久々だし、勘が鈍っていたかなw。俺の台は+1500まで回復してたw。まあ、連休前の金曜だし、やっぱり入っていたか。一応閉店前に仕掛けようと打つも、当たらず。

 

少しは状況もましになってきたようだし、来週からは頑張るか。土日は休むけどねw。

 

 

 

 

昔話・発端・その1

 

むしゃくしゃしていた。閉塞感なのだろう。時は1997年、バブル経済が崩壊し、平成不況の真っ只中。

 

俺自身には大して関係もなかったし、そんな意識を強く持っていたわけでもない。が、どことなく世間の重苦しい空気を感じてはいた。地価下落、不良債権、金融危機、こんな見出しが躍る紙面の毎日だった。

 

何にせよ、部屋でくすぶっていたことには違いない。だらだらとテレビゲームをやりながら、俺が口を開く。

 

「アワは?」

「連絡取れねぇな。」とデブ。

「マルは?」

「あいつは今日バイトじゃなかったっけ。」とクマ。

「・・・、面子が集まんねぇならどうしようもねぇな。」

 

大学3年の4月。とは言え、単位的にはまだ1年と何ら変わらない。入学当初からアルバイトで始めた塾講師に夢中になっていたからだ。いや、正確には、この少し前まで、だが。

 

好きで選んだ筈の大学の、あまりに退屈な授業、くだらないサークル。が、そんなのは大した理由ではない。そもそも俺が大学に入った理由は、この塾で講師をするためであった。高校の頃自分が通っていて憧れていた塾。

 

大学生にもかかわらず高三を教えられる能力、しかも家庭教師のような一対一の、その場凌ぎで何とでもなってしまうようなアルバイトではなく、2~30人を前にして授業ができる、プロと呼ぶに値する仕事。それを片手間でこなしつつ、大学生として自分の勉学にも励む、そんな理想像を描いていた。

 

この日は塾のバイトはなし。家でごろごろ。そこにいつもの面子がやって来て、アンニュイな時間を重ねる。

 

 

 

 

昔話・発端・その2

 

俺は入学当初から大学のそばで、そう、それこそ、教室まで徒歩5分と言う立地の、そんなところで一人暮らしをしていた。

 

当然の如く、家は部室の様相。手積みの麻雀にテレビゲーム。コンポで流行りの音楽を流し、棚には漫画の山。冷蔵庫にはビール、流しの下には、日本酒、焼酎、ウィスキー、ブランデー、何でも御座れ。

 

俺が家にいる限り、誰かが訪れて来る。そして、家の固定電話から、ポケベルやPHSでさらに召集をかける。面子が揃ったならば、すわ、麻雀開始。

 

世間一般が認知しているであろう、昭和の馬鹿田大学生そのままの生活が、平成に入ってしばらくした今でも、このグランド坂下の一室では行われていた。

 

だが、さすがに大学3年にもなれば、そう遊んでもいられなくなって来る。ぼちぼち、羅針盤をしっかりと見つめ、ユートピアに向けて帆を広げ、錨を上げる時期。俺の家にも人はそう集まらなくなって来ていた。

 

「面子が集まんなけりゃあ、飲みにでも行くしかねぇわな。」

「お前はいつもそればっかりだな。まあ、やることもねぇし行くか。」とデブ。

「いいぜ。でも、俺は終電で帰るからな!」とクマ。

「よし決まり!じゃあ出陣!」

 

この日は集まりが悪く、デブとクマと俺の3人だけ。麻雀もできない。時間は17時過ぎ。家で飲むのも、いつもの面子、何の新鮮味もないし、折角ということで、馬場の飲み屋に繰り出すことと相成った。

 

・・・。ここが運命の分岐点だったんだろう。残念ながら、家のセガサターンとは違い、人生にはリセットボタンもなければ、セーブポイントまで戻ってやり直すこともできない。だが、それに気付くのは遥か先の話になる。

 

 

 

 

昔話・発端・その3

 

さて、飲み屋に向かったわけだが、寄り道をさせられる羽目に。

 

「おい、パチンコなんざどうでもいいから、さっさと飲みに行こうぜ。」と俺がせかす。

「ちょっとだけだって。お前もやってみろよ。」とデブが言えば、

「そうだよ。まだ時間は早いんだし、やっていこうぜ。」とクマが言う。

 

困ったな。こんな無駄なことに金は使いたくないが、こちとらどうしても飲みたいわけであるし、付き合ってもらうためにはこっちも譲歩してやるしかないか。

 

「しゃあねぇな。が、終わったらすぐに飲みに行くからな。」

 

渋々承諾して付き合うことにする。こいつらは麻雀はおろかパチンコにもどっぷり浸かっていて、正に悪友だ。

 

デブの方は、高校の頃からパチンコで結構稼いでいたと言う。100万とか言っていたか。そんなのは、どうせ勝った記憶が負けた記憶よりも鮮明に残っているだけだ、と思っていた俺は、全く信用していなかったが。

 

クマの方はといえば、スロットに相当熱を上げていて、バイトで稼いだ金を相当つぎ込んでいるらしかった。

 

ともかくも、高田馬場の行きつけの飲み屋「丸八」のちょっと手前の、でかいパチ屋に入る。

 

パチ屋に入るのは、実は初めてではない。中学生の頃、実家の福島に帰った際に入ったことが一度ある。田舎故にやることもない上に、爺婆から小遣いが貰える。

 

そこで、今までは、ちょっと危ない遊び場と言えばゲーセンしか行ったことがないが、一度チャレンジと思い入ってみた。あまりはっきりとした記憶はないが、パチンコ、スロットともにちょろっと遊んで帰ったぐらいだ。

 

もちろん当たってもいないし換金もしていない。大して面白かった記憶もない。故にいい印象はない。店員が色々親切に教えてくれた覚えはある。まあ、今のように、細かいことにいろいろとうるさくない時代の話だ。

 

 

 

 

昔話・発端・その4

 

よって、パチンコの経験があるとは言え、ほぼ初打ち。右も左も分からない故、デブに教えてもらうことに。

 

クマは喜々として一人でスロットの島に向かった。相当嵌まってやがるな、あいつ。まあ、いきなりスロットもなんだろうから、まずは王道でパチンコでも。

 

「おう、これがいいんじゃないか。俺の隣に座ってやってみろよ。」とデブ。

 

薦められるがままに座り、デブの行動を見てそれを真似る。コインサンドに500円玉を入れ、両手で押し上げて掌に玉を出し、それを台の上皿に流して打ち始める。

 

今にして思えば本当に面倒な作業だが、当時のパチ屋ではこれが当たり前。こう考えて見ると、現在の快適さの有り難味がよくわかる。

 

さて、開始。打ったのは、現金機の一般電役、マジカルランプだった。無論、当時は何もわかっていない。こういう時には得てしてビギナーズラックが起きる。こうやって人は道を踏み外していくのだから、神は残酷なものだ。

 

「お、来たぜ!ラッキー!」とデブ。

「ふーん」

 

どうやら、デブはすぐに当たったらしい。

 

「おっ、お前のもリーチだぞ。・・・お、来たぜ!ついてんな、おい!」とデブが俺の肩を叩く。

「???これ、当たったのか?」

 

俺も当たったらしい。

 

何が何だかわかっていないので、当たったという興奮すら沸かないが。デブは喜んでいたから、まあいいことが起きたのかな、ってぐらいの認識。でも、大した金も使っていないのだが、簡単に当たるものなのかね?

 

当然何をすべきか分からないので、教えられるがままに。というか、何も難しいことはなく、ずっと玉を打っていればいいんだな。

 

玉がじゃんじゃん出てくる様は、確かに爽快ではある。店に入った瞬間に感じた不快な騒音は、いつの間にか気にならなくなっていた。

 

 

 

 

昔話・発端・その5

 

やはり気になるのは、これがいくらになるのかということだが、7000円ぐらいとのこと。そんなに大きい金額ではないな。思ったよりも派手なギャンブルではないのか。

 

が、その後が続かず、結局出た玉を全部飲ませて終わり。そりゃね、こんなもんだろう。この世にうまい話なんてあるはずもないな。パチンコで勝とうなんざ、そもそも虫がよすぎる。

 

俺は持ち玉が尽きたし、やめることに。一度当たったことだし、大体パチンコがどんなもんかもわかったので、もう十分。が、デブはまた当たったようで、打ち続けるとのこと。

 

しょうがねぇな。もうやる気はないので、クマのところに様子見でも。が、こちらも、もう少しやる、という返事が。

 

やはり、こういうのは一旦始めてしまうとやめられなくなるものだ、というのを痛感しながらも、仕方ないので、もう少し付き合うことに。

 

暇なので店内をぶらぶら歩いていると、何か近未来的な感じがする台がある。先程のように現金をサンドに入れて玉を買うのではなく、カードを買って打つらしい。

 

初心者がそんなことわかるのか、って所だが、周りの行動を見ていればそれくらいの推測はつく。

 

後々理解することだが、こちらはCR機、現金機に比べればギャンブル性が高い。CRビッグパワフルFX。これがきっかけだったと言っても良いだろう。台枠が他と違って斬新だったというのが打ち始めた理由だ。

 

デブやクマが終わるまで暇なので、チャレンジしてみることにする。どうせさっきとさほど変わるまい。

 

 

 

 

昔話・発端・その6

 

3000円のカードを買ってきて、適当に座る。これくらいの金額ならお遊び程度、これがなくなる頃には、あいつらも飽きてやめるだろう、それまでの暇潰しに、ってな感じで打ち始める。

 

勿論打ったこともない台だが、要は7が揃えばいいんだろう。ストロークの話は、さっきの台を打っている時にデブから聞いたから、その通りに。が、さっきと違ってすぐには当たらん。カードももうすぐなくなるな、と思っていたところに当たりが。

 

玉がじゃらじゃら出てくる。さっきのは教えられるがままに打って当たっただけだけど、今回は自分一人で当てたから、その分だけ達成感はある。

 

量はさっきと変わらんか。7000円ぐらいとデブが言ってたな。まあ、さっきと一緒ですぐになくなるのだろう、と思っていたが、なぜか減らない???

 

パチンコ自体がほぼ初打ちなんで、仕組みなぞ全くわからずに打っている。減らないのは、つまり確変であったわけだが、そんなことは露知らず。気分良く打っていると、すぐにまた当たる。

 

2回当たったんで、ちょっと見せびらかしたくなって、デブを呼びに行く。

 

「おっ、確変じゃねーか!」とデブ。

「あ?かくへん???」

 

その後、何かいろいろとレクチャーしてくれたようだが、パチ屋内は騒音も酷くて聞き取りづらいし、何より言葉の意味がわからん。奴は親切なのだが、もう少し初心者にわかるように説明して欲しいもんだ。

 

「とにかく、そのまま打ってろ、絶対やめるなよ!」とのこと。

 

 

 

 

昔話・発端・その7

 

ということで、打ち続ける。お、奴の言う通り、調子良くぽこぽこと当たるな、これ。気分いいわ。

 

デブもクマも持ち玉がなくなったようで、こっちに来た。デブが「もうやめていいぜ」と言うので、それでやめ。俺はとにかく酒が飲みたいからな、やめていいならそれでいい。

 

ふーん、こんな風に玉を流して計数するのか。で、教えられるがまま金に。この辺は何もかもが新鮮。

 

このビッグパワフルFX、実は、当時のCR機の中でもかなりスペックは悪い。確変突入率は4分の1。こんな台でよくもまあ、さくっと引いたもんだ。

 

残念ながら、運命の女神なぞこの世にはいない。悪魔の囁きが常にあるだけだ。少なくとも、パチ屋ではそう。当たっても嵌っても道を踏み外すだけ。

 

この悪魔の導きにより、全うな道を代償に、4万ぐらいの換金となった。当時は2.5円が主流の時代。この店は3円で少し高めだった。

 

付き合いで渋々始めたパチだが、はっきり言って気分はいい。こんな短時間でそこそこの金が入ったのだから。勿論、これがいつもではないことぐらいはわかっているが、やっぱり賭博は勝つと嬉しいものだ。

 

どうせこの金は、今日負けたこいつらと自分自身の飲み代に消えるわけだが。

 

「よし、これで派手に行くか!」

「・・・今日も帰れそうもねぇな、まあ、仕方ねぇ。」とデブ。

「まじかよ・・・ま、いっか、ごちです!」とクマ。

 

さて、行きつけの飲み屋丸八。八海山純米吟醸の1升瓶も頼んだことだし、ぐびぐび行きますか。今日の出来事を肴に、いつも通り、朝まで。

 

(終)

 

 

 

 

刹那快楽主義

 

最近はろくに仕事をしてないので、こういうまとまった時間を有効に、ってことで、前回まで、昔話を書いて見た。

 

また気が向いたら続きでも。いつになるかは不明w。書いて見て思ったが、結構労力がいるので。くだらねぇ日常の立ち回りでも晒している方が遥かに楽だわw。しかも、このサイトでニーズがあるのは後者だしねw。

 

さて、書き上げて満足したんでw、飲みながら、タイトルのどうでもいい話をw。

 

昔話とも関連するけど、この稼業の本質は、快楽主義、刹那主義。欲に生きなきゃ何の意味もない。というか、折角の自由が勿体無い。

 

この稼業のメリットは、全てを自分で決められること。仕事をするもしないも自分次第。その責任も全て自分。だからこそ、自分の明確な行動指針を持っていないと何もしなくなってしまう。

 

何のために働くのか?って難しいけど、老後に楽をする為とか言う阿呆が結構いる。呆れるねw。これって、「将来的に怠けたいから、それを目標にして勤勉であれ」ってことだよなあ?

 

「怠惰を目標に勤勉であれ」って、完全に矛盾してるじゃねぇかw。

 

勤勉が美徳なら、死ぬまで徹底的に働けよw。年金なんていらねぇだろw?だいたい、老後にそんな楽しみあるか?今、体が動くうちにしか楽しめないことが腐るほどあるんじゃねぇか?

 

老後に金を持っていて、何に使うんだ?使うなら、今でしょw。

 

長生きしたい願望が皆強すぎる。人間、適度に死ぬべきだよw。人の助けがないと生きられなくなったら、そこで終わり。諦めるべきだ。それが自然の摂理だろう。だからこそ、今が一番大事。

 

俺はそう思うから、この主義。それが行動指針であって、その体現がこのコラムw。最低限度で働き、それでこの主義を貫く。ま、人それぞれ、「生暖かい目」で読み流してくれw。

 

 

 

 

その主義の体現日記

 

11月23日土曜。祝日。仕事に行く気なぞ微塵もなし。昼に起きたが、天気がいいな。これは外に行かんと。

 

ということで、南部へサイクリングへ。最近あちこちチャリで出歩いているせいか、いろいろと慣れてきた。

 

まず、ケツ。以前は、ちょっと乗っただけで、玉と肛門の間およびその周りが痛くてかなわなかったが、今では何でもない。一日走り終わった翌日に、ちょっと痛いかな、ってぐらい。

 

サイクルパンツに厚手のゲルサドルを併用しているのもあるけどね。これはかなりお薦め。スピードとかを気にせず、快適にサイクリングしたい方は是非。

 

次に、筋肉。チャリの筋肉は普段使わないところなんだな。乗ることでようやくついてくる。チャリを買った当初は、豊崎の橋をひいひい言って登っていたが、今はトップギアのままでも登れるようになった。

 

さて、出発。まず、来たことがなかった平和創造の森公園に。ここは地元の公園って感じだな。でも、連休の土曜なのに人は少なかった。展望台からの景色も別に良くはない。グラウンドが広く、自由に使える、ってぐらいしかメリットがないような。全く持って税金の無駄遣いの塊のような公園。

 

帰りに、サーフィン大会に使われる海岸に寄り道。そんなに波はないけど、これでできるんかな。かなりぼこぼこした岩場の海岸。まだ大会前で、誰もおらず。

 

米須から県道7号で帰る。途中に滝とかがあったのは発見。沖縄にもこんな景色があるんだな。山を越えて那覇に戻るんで、アップダウンはきつい。上りは当然大変だが、その代わり、下りの区間は爽快。

 

さすがに疲れた。帰って風呂、寝る。が、深夜に目覚めてしまい、当たり前の如く、街を徘徊w。飲める時にゃ、飲まなきゃ損損w。いつもの日常。